第二話 ムマシル、わくわくホームステイ初体験
夕方六時頃。聡実は一人で、三姉妹はムマシルを連れ、自宅へ帰っていった。
「母さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
そして母のいるリビングへ。
「何かしら牧恵?」
母はにこやかな表情で問いかける。
「この子のことで」
牧恵はそう伝え、ムマシルをリビングへ入らせた。
「あの、はじめましてマキエちゃんのおば様。アタシ、ムマシルと申します」
ムマシルは緊張気味に自己紹介する。
「この子、牧恵のお友達かな?」
母はにこやかな表情で問いかけた。
「うん、ワタシと同じ中学の子よ。インドネシアから来たんだって。あの、お母さん、突然で悪いんだけど、この子を今夜から日曜までホームステイさせてくれない? 日本の家庭を体験したいんだって。日本語はペラペラに話せるから」
牧恵は手短に説明し、お願いする。
「ママ、お願い」
「お母さん、この子を泊めてあげて」
森音と由梨乃も協力した。
「そうねぇ。すごくいい子っぽいし、いいわよ。自分のおウチのようにくつろいでね」
母はほとんど悩むことなく快くOKしてくれた。
「ありがとうございます! おば様」
ムマシルは大喜びし、母にぎゅっと抱きついた。
「外国人らしい反応ね。柏原先生にも相談してみるわ」
母はそのあとすぐに夫、つまり三姉妹の父にスマホにかけ、事情を説明してくれた。
三姉妹の母が夫を呼ぶ時は、中学音楽教師を務めている職業柄からか、いつも柏原先生と呼んでいるのだ。
一分ほどのち、
「OKだって」
母は父からも承諾が取れたことを伝えると、
「誠にありがとうございます!」
ムマシルはもう一度感謝の言葉を伝えた。
「どういたしまして。ムマシルちゃん、今から晩ご飯作るけど、何がいいかな?」
「何でもいいですおば様。贅沢は言いません。豪華にしてもらわなくてけっこうですよ。ごく普通の家庭料理が食べたいので」
「そっか。それじゃ、予定通りに作るわね」
母は機嫌良さそうに伝えてキッチンへ。
三姉妹も後に続く。ほぼ毎日、母の夕食作りを手伝っているのだ。
「お米、お米」
森音は楽しそうに無洗米を計量カップでいつもより一合多い六合量って炊飯器の内釜に移し、水を六合の目盛りまで入れて炊飯器にセット。この作業が大好きなのだ。
「由梨乃、栗の皮剥いてくれる?」
「お母さん、難しくて出来ないよ。包丁滑って怪我しそう」
「由梨乃、将来は桂太ちゃんのお嫁さんになるんだから、これくらいのことはそろそろ出来るようにならなきゃ」
「お母さん、まだ早いよ」
由梨乃は照れ笑いして、母の肩をペチぺチ叩く。
「ケイタさんはユリノさんの将来のお婿さん候補なんですね」
「ムマシルちゃん、違うって」
「由梨乃お姉さん、照れちゃって。ワタシが剥くわ」
牧恵が包丁を手に持ち、器用に栗の皮を剥いていった。
「アタシも手伝います!」
ムマシルも加わった。野菜を包丁で切る作業を行う。
「ムマシルちゃん、手際いいわね」
母に褒められ、
「アタシもよく母のお料理手伝ってますから」
ムマシルは嬉恥ずかしがった。
☆
「ただいまー、ムマシルちゃんって子が来てるんだよね?」
午後七時ちょっと過ぎ、父が帰宅。
「はじめまして、おじ様。ムマシルです」
リビングへやって来ると、ムマシルは愛想よく挨拶した。
「この子がムマシルちゃんか。かわいい子だね」
父に爽やかな笑顔で褒められると、
「日本人は褒め上手ですね」
ムマシルは頬をぽっと赤らめた。
「インドネシア出身ってことは、スリンは吹けるのかな?」
父はこんな質問をしてみる。
「いえ、全然」
何それ? という感じで反応するムマシル。
「そうか。まあ日本人も尺八を上手く吹ける人はあまりいないからなぁ」
父はにこっと微笑んだ。
まもなく、柏原家での夕食の団欒が始まる。
「サンマさんは、むしりにくいなぁ」
「森音、むしってあげるね」
「ありがとう由梨乃お姉ちゃん」
「由梨乃お姉さん、森音はもう四年生なんだから甘やかしたらダメよ」
「まだいいんじゃないか? 僕も中学に入る頃までは母さんにむしってもらってたし」
「さすがパパ」
「お父さん、情けないわ」
「母さんもそう思うわ」
「このお魚、確かにむしりにくいです」
「ムマシルちゃんは、サンマ食べるの初めてかな?」
「いいえおば様、アタシの国の近海でも獲れるので、何度か食べたことがありますよ」
「そっか。ムマシルちゃんの国のと日本のと、どっちが美味しいかな?」
「それはもちろん日本のです! アタシの国のサンマはあまり美味しくないですよ」
他にもいろいろ会話を弾ませ夕食後、三姉妹はムマシルをそれぞれのお部屋へ案内することに。
「おう、すごい! お店みたいだ」
牧恵と森音は相部屋。約十帖のフローリングなお部屋をちょうど真ん中くらいで分けている。
牧恵側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、十八歳未満は読んではいけない同人誌まで。
DVD/ブルーレイプレーヤーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるが、これは三姉妹の共用である。(とはいってもパソコンはほとんど牧恵が使っている)
本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。
「ムマシルちゃん、引いちゃった?」
牧恵は苦笑いで尋ねる。初対面の子にこの部屋を見られるのは恥ずかしく感じているようだ。
「いえいえ、むしろ好感が持てたよ。アタシのお部屋もマキエちゃんと似たようなものだもん。アタシも日本のアニメやマンガが大好きなの」
ムマシルはにっこり笑ってきっぱりと伝える。
「そうなの! 嬉しい♪」
牧恵は仲間意識が強く芽生えたようだ。
「ほら見て。約十時間の長旅中、暇だったからおウチから持って来たの。これらはウキョンブ王国の本屋さんで買ったよ」
ムマシルはリュックから、日本で普通に売られているコミックスやラノベ、週刊少年漫画誌を取り出した。
「えっ! ウキョンブ王国でも売ってるの? 日本で買ったわけじゃなくて?」
牧恵はあっと驚く。
「うん! 日本で流通されてるコミックスや雑誌、小説、その他書籍、玩具、ゲーム、CD、アニメやドラマのDVD・ブルーレイ、食料品、衣類、家電製品、その他日用雑貨といった生活必需品がウキョンブ王国でも入手出来るのは、ウキョンブ王国の国家公務員の方達が超大型ジェット機で頻繁に日本へ出向かい大量購入し、ウキョンブ王国へ持ち帰って転売しているからなの。個人旅行するさいに現地で購入してくる場合も多いよ」
「知らず知らずのうちに国際交流してるってわけか」
「ウキョンブ王国から日本へは、何も与えてないけどね」
「日本のものがウキョンブ王国でも手に入るって、すごいねぇ。あたしもマンガやアニメ大好き♪」
森音の学習机の上は雑多としており、教科書やプリント類、ノートは散らかっていて、女の子らしくかわいらしいぬいぐるみがたくさん飾られてある。収納ボックスにはたくさんのゲームやおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、図鑑などが合わせて百数十冊並べられてあった。
「男の子向けの漫画が多いね」
ムマシルが突っ込むと、
「うん、コ○コロとジャ○プに載ってる漫画が特に好き♪ な○よしやり○んやち○おより面白いよ」
森音は生き生きとした表情で伝える。
「ワタシも少年漫画の方が好きだから、森音も影響されちゃったみたい。由梨乃お姉さんのお部屋は少女マンガだらけよ」
「それは楽しみです。それではユリノさんのお部屋、拝見しに行って来ますね」
ムマシルはわくわく気分で由梨乃のお部屋へ。
「ワンダフル! まさに女の子のお部屋って感じ♪」
「そうかなぁ?」
約七帖のフローリング。ピンク色カーテンで水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスにはトライアングルやタンバリン、小型ピアノ、ヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて、学習机の周りにはオルゴールやビーズアクセサリー、可愛らしいお人形やぬいぐるみなどがたくさん飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。
「ユリノさん、楽器が得意なんですね」
「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」
「そうなんだ! アタシ、ユリノさんの演奏聞きたいなぁ」
ムマシルからこうお願いされると、
「じゃあ、フルートを吹くね」
由梨乃は快くそれを手にとって、メリーさんのひつじを演奏してあげた。
「めちゃくちゃ上手ですユリノさん」
ムマシルにうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、
「いやぁ、そんなことないよ」
由梨乃は照れ笑いする。
「今度はピアノ弾いてー」
「分かった」
次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。
「とっても上手です。次はヴァイオリン弾いて下さいっ!」
「私、ヴァイオリンは上手くないよ」
「ユリノさん、謙遜するところが日本人らしいです」
「じゃあ、きらきら星を弾いてみるね」
由梨乃は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。
最初の一節を演奏してみて、
「どうかな?」
由梨乃は苦笑いで問う。
「……上手ですよ」
ムマシルは三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。
「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」
由梨乃はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。
「気にしちゃダメです。アタシもヴァイオリン全然弾けませんから」
ムマシルが慰めるようにそう言った直後、
「由梨乃お姉さんは、これが理由で中学の時、吹奏楽部には入らなかったんだって。高校でも入るつもりはないみたい。他の楽器は上手いのに勿体無いよね」
「ヴァイオリンもあたしよりは上手だよ」
牧恵と森音がこのお部屋に入って来た。あの演奏がしっかり聞こえていたようだ。
「私、練習厳しいのは嫌だから。見学はしてみたけど、駒高の顧問の音楽の先生もすごく怖かったし、芸術選択で音楽選ばなくて正解だったよ。楽器演奏は趣味だけに留めとくのが私には合ってるよ」
「由梨乃お姉さんらしいな」
牧恵はにっこり微笑む。
「私、高校での部活は中学と同じで図書部に入ろうと思ってるの。聡実ちゃんは生物部も兼部しようと思ってるみたい」
「そうなんだ。聡実お姉さんはリケジョだもんね」
「あたしは昔遊びクラブに入ったよ。明日から活動始まるんだ。どんなことするのかすごく楽しみ♪」
「昔遊びクラブかぁ。けん玉とかあやとりとかお手玉とかめんことか水鉄砲とかで遊んだりするの?」
ムマシルは興味津々だ。
「三年生の時見学したけど、そんな感じだったな」
「ウキョンブ王国では日本で昔の遊びって呼ばれてるのが、今流行りの遊びよ。特にあやとりとけん玉とヨーヨーとめんこが子ども達の間で人気が高いよ。チャンバラごっこや相撲やジャングルでのターザンごっこも流行ってるな。じつはアタシ、日本でいう昔玩具をいっぱい持って来てるんだ。アタシ、ほぼ毎日これで遊んでるの」
ムマシルは自分のリュックから水鉄砲、折り紙、めんこ、あやとり、ビー玉などを取り出した。
「ムマシルちゃん、昭和時代の子みたいだね」
「今の日本ではこういうので遊ぶ子って田舎でもほとんどいないっしょ」
由梨乃と牧恵はそれらを興味深そうに眺めながらこうコメントした。
「それは勿体無いと思うな。アタシ、あやとりが特に得意なんだ。技を一つ見せるね。えいっ!」
ムマシルは輪の形の赤い紐を手につかむと、一瞬で東京タワーの形に。
「すごぉい! 難易度高い技なのにムマシルお姉ちゃん一瞬で出来ちゃった」
「ムマシルちゃん、上手過ぎるよ」
「ワタシ、早過ぎてよく見えなかったわ。まさに神業っしょ」
三姉妹が感心していると、
「牧恵、森音、由梨乃、ムマシルちゃん。お風呂沸いたよ」
母に一階から叫ばれた。
「私と森音と牧恵、いつもいっしょに入ってるの。今日はムマシルちゃんもいっしょに入ろう」
「ムマシルお姉ちゃん、いっしょに入ろう」
「では、そうさせてもらいますね。日本の一般家庭のお風呂、初体験だから楽しみ♪」
「きっと気に入ると思うわ。狭く感じるかもしれないけどね」
「ムマシルお姉ちゃん、水鉄砲で遊んでいい?」
「もちろん♪ アタシと撃ち合いしよう」
四人はそれぞれのお着替えを持ち、いっしょにお風呂場へ向かっていく。
「ムマシルちゃんのパジャマも用意しておいたわよ。さっきユ○クロで買って来たの」
リビング横の廊下を通りかかった時、母はピンク色花柄のかわいらしい春用パジャマを手渡してくれた。
「ありがとうございます。一応おウチから持って来てはいたけど、こっち使わせてもらいますね」
その親切さに、ムマシルはとても嬉しがる。
脱衣室兼洗面所にて。
「ムマシルちゃん、お肌すべすべだね。アンダーヘアは私や牧恵と同じ色なんだね」
「ワタシ南国系の褐色肌の子、大好きよ」
「ムマシルお姉ちゃん、おっぱいは牧恵お姉ちゃんより小さいね」
三姉妹は興味津々にムマシルの裸体を観察する。
「もう、モリネちゃん。貧乳なの気にしてるのに」
「ごめんなさいムマシルお姉ちゃん」
「おっぱいの悩みは日本人女性と共通なのね。ワタシ気になったんだけど、ウキョンブ王国では湯船に浸かる習慣ってあるの?」
「はい、その点は日本と同じ。というより日本を真似たみたい。三〇年ほど前には根付いていたようですよ」
三姉妹とムマシルがすっぽんぽんになって浴室に入り、
「ムマシルお姉ちゃんの専用シャンプー、使っていい?」
「はいもちろん。ぜひ使ってね」
「ありがとう、ハイビスカスの香りっていかにも南国だね」
「私もそれ使ってみるよ」
「ワタシもせっかくだから使わせてもらうよ」
ヘアカラーが落ちない特殊なシャンプーで髪の毛を洗い始めた頃、桂太も自宅脱衣室兼洗面所で服を脱ぎ始めていた。
それから十数分のち、
(あの子の件、まだ百パー現実とは思えんな)
体を洗い流し終えた桂太が、湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、
「くらえーっ、桂太お兄ちゃん」
森音が入り込んで来た。すっぽんぽん姿で。
「うぼぉあ、また来たのか森音ちゃん」
桂太は水鉄砲を顔に直撃された。
森音が富坂宅の風呂を頂きにくることは週に一、二度はある。桂太が入っている時に入り込んでくることもしばしばあるため、桂太はタオルを巻いて下半身を隠しているのだ。
ちなみに五年くらい前までは由梨乃と牧恵もしょっちゅう、すっぽんぽんで桂太の入浴時に入り込んで来ていた。まるで同じ家族のように。
「それーっ!」
森音はいきなり湯船に飛び込んで来て、桂太と向かい合った。
「森音ちゃん、体は洗ったの?」
「うん! あっちで洗って来たよ」
「それならいいけど」
まだつるぺたな幼児体型の森音、桂太は当然、欲情するはずも無い。
「桂太お兄ちゃん、いっしょに水鉄砲で遊ぼう!」
「俺は高校生だから水鉄砲で遊ぶのは変だって。森音ちゃんももうそういう年じゃないと思う」
「そんなことないよ。ムマシルお姉ちゃんも愛用して遊んでるもん。これ、ムマシルお姉ちゃんが持ってたやつだよ。対NMA団撃退用の武器なんだって」
「デパートのおもちゃ売り場で売られてるようなごく普通の水鉄砲じゃないかこれ。これで撃退出来るって、NMA団のやつらは本当にたいしたことなさそうだな」
「油断は禁物だよ桂太お兄ちゃん。そういえば今日の算数でね、兆までの数習ったよ」
「そっか。俺も小四で習ったよ」
「数字を漢字に直したり、漢字を数字に直したりするの、めちゃくちゃ難しいよ」
「そうかな? 俺は苦労した覚えないけど」
「いいなあ桂太お兄ちゃん」
桂太が森音とそんな会話をしていたら、
「おーい、桂太くーん。森音ぇー」
窓の外からこんな声が。
「やっほー、ケイタさん」
「桂太お兄さん、また森音がご迷惑おかけしてすみません」
さらにもう二人の声。
由梨乃と牧恵とムマシルだ。
「いやいや、べつに迷惑じゃないから」
桂太は湯船に浸かったまま伝えた。
「やっほーっ♪」
森音はバスタブ縁に上って窓から顔を出し、三人に向かって嬉しそうに叫ぶ。
富坂宅の浴室と、柏原宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっているのだ。
「桂太お兄ちゃん、あたしと同じクラスの子で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う?」
森音から無邪気な表情でこんな質問をされ、
「五年生頃じゃ、ないかな?」
桂太は困惑顔で答えてあげる。
「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。牧恵お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たら桂太お兄ちゃんと一緒に入っちゃダメよって言われたもん」
森音は自分の胸を両手で揉みながら言う。
「森音ちゃん、俺、もう上がるね」
桂太は何とも居心地悪く感じたようだ。
「じゃああたしも上がるぅ」
桂太と森音はいっしょに浴室から出て、洗面所兼脱衣室へ。
「桂太お兄ちゃん、このタヌキさんのパンツ、かわいいでしょ?」
「森音ちゃん、そういうのは見せびらかすものじゃないから。しっかり拭かないと風邪引くよ」
「ありがとう桂太お兄ちゃん」
全身まだ少し濡れたままショーツを穿こうとした森音の髪の毛や体を、桂太はバスタオルでしっかり拭いてあげる。森音の裸をもう少し観察したいという嫌らしい気持ちはさらさらない。
同じ頃、由梨乃と牧恵とムマシルはいっしょに湯船に浸かり、おしゃべりし合っていた。
「牧恵、ニキビまた増えたんじゃない? 夜更かしのし過ぎは良くないよ」
「もう由梨乃お姉さん、触らないで。気にしてるのに」
「ごめん、ごめん」
「ウキョンブ王国でもニキビに悩んでるアタシと同い年くらいの女の子は多いよ」
「そっか。年頃の乙女の悩みも日本人と共通なのね。ねえムマシルちゃん、初めての月一のアノ日はもう来た?」
「はい、小六の夏休みに来ましたよ。けっこう辛いですよね。特に体育の授業がある日に重なっちゃうと」
ムマシルは照れ笑いしながら伝えた。
「通じたみたいね。ワタシと同じ時期じゃん。気が合うね」
牧恵は嬉しそうににっこり笑う。
「私は中学入ってからだったよ。聡実ちゃんも」
「森音もあと二、三年で来るかな? 森音の同級生でももう来てる子はいると思うけど。ワタシ、もう上がるね。すっかり火照っちゃった」
「アタシも熱いので出ます」
「じゃあ私ももう上がるよ」
この三人が浴室から出てパジャマに着替え、リビングに移動した時には、
「ただいま、由梨乃お姉ちゃん、牧恵お姉ちゃん」
森音も戻って来ていた。暗闇で光るフォトプリントパジャマを着付け、リビングで母といっしょにバラエティ番組を視聴中。
今、時刻は午後八時半頃。
由梨乃はそのまま自室へ向かい、英語の予習を進めて行く。
森音と牧恵とムマシルは、この番組が終わる八時五〇分過ぎまでリビングでくつろいでお部屋へ戻った。
「ねえムマシルちゃん、似顔絵描かせてくれない?」
牧恵はさっそくこんなお願いをしてみる。
「もちろんいいよ」
「サンキュ」
ムマシルから快く承諾が取れると牧恵は4B鉛筆を手に取り、B4サイズのスケッチブックにササッと描いてあげた。
「はいどうぞ」
そのページを千切って手渡す。
「おう、マキエちゃん絵とっても上手。アタシこんなにかわいいかな?」
ムマシルは少し照れくさがる。
「うん、すごくかわいいよ。ムマシルちゃんは絵は得意?」
「はい、まあ、そこそこ自信あります。アタシ、学校で文芸・漫画部に入ってるの」
「ワタシと同じじゃん! ますます親近感が沸いたわ。ムマシルちゃんの学校にも部活動があったのね」
「はい、日本の学校を真似て三〇年以上前には出来ていたそうです」
「やっぱ漫画やイラスト、小説創作が主?」
「はい。日本の漫画やアニメ、ラノベ好き仲間が多くて、めちゃくちゃ楽しいですよ」
牧恵からされた質問に、ムマシルは生き生きとした表情で答えていく。
「ムマシルちゃん、ワタシと森音の似顔絵描いてくれない?」
「えーっ、それはちょっと……マキエちゃんよりは下手だよアタシ」
ムマシルは苦笑いを浮かべた。
「ムマシルお姉ちゃん、描いて、描いて」
「不細工に描いてもいいから。はいムマシルちゃん」
牧恵はムマシルに半ば強引に自分のスケッチブックと4B鉛筆を手渡した。
「上手く描けるかな?」
ムマシルは自信なさそうにしながらも、4B鉛筆を握り締めると楽しそうに森音と牧恵の似顔絵を描いてあげた。
「あたしそっくり。ムマシルお姉ちゃんの絵、少年漫画みたいな牧恵お姉ちゃんの絵と対照的で少女マンガ風だね。あたしより上手だよ」
「とってもメルヘンチック、ムマシルちゃんの純粋さが伝わってくるよ」
「ありがとう。アタシの絵、そんなに上手かな?」
ムマシルはとても嬉し照れくさがった。
「上手、上手。ワタシはこういうタッチの絵は上手く描けないよ。ムマシルちゃん、あとでワタシの漫画原稿手伝って!」
「アタシでいいの?」
「もっちろん。ムマシルちゃん、由梨乃お姉さんの似顔絵も描いてあげて」
「はい」
「由梨乃お姉ちゃんきっと喜んでくれるよ」
三人は由梨乃のお部屋へ。
「由梨乃お姉さん、ムマシルちゃんが似顔絵描いてくれるって」
「そう? ありがとうムマシルちゃん」
その時由梨乃はベッドにごろーんと寝転がって少女マンガを読み耽っていた。
「由梨乃お姉ちゃん、おへそ出てるよ」
「由梨乃お姉さんもけっこうだらしないでしょ?」
その姿を見て森音と牧恵は微笑む。
「牧恵ほどじゃないよ」
由梨乃は照れ笑いした。
「ユリノさん、この表情いいです。この表情ので描きますよ」
ムマシルはイラスト帳にササッと描写し由梨乃に手渡した。
「ありがとう。すごく上手。大切に持っておくよ」
由梨乃は照れくさがりながら、そのイラストが描かれたB4用紙を自分の机の引出にしまおうとした。
その時、
「あっ、桂太くん、何かやってる」
由梨乃は窓の外に桂太の姿を見つけ、ベランダに出た。
由梨乃のお部屋と、桂太のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。
「やっほー桂太くん」
「あっ、由梨乃ちゃん。急に南国系の植物を育てたくなって、みんな帰ったあとちょっとしてからホームセンターまで買いに行って来たんだ」
桂太はジョウロで水を遣りながら伝えた直後、
「桂太お兄さん、ムマシルちゃんに影響されちゃったね」
「ケイタさん、南国の植物を育ててくれるなんてアタシ嬉しくなっちゃいました」
「桂太お兄ちゃん、何ていう植物を買ったの?」
他の三人もベランダへ出た。
「ガジュマルだよ」
桂太は植木鉢を持ち上げ、由梨乃達にかざしながら伝える。ベランダ設置の照明のおかげで、由梨乃達はばっちり確認することが出来た。
「ケイタさん、ガジュマルはお庭には植えない方がいいですよ。家を飲み込むくらいとんでもなく大きくなっちゃいますから」
「ああ、分かってる。まあ観葉のだから大きくなり過ぎることはないと思うけど」
「美味しい木の実がなるの、楽しみだなぁ」
森音が呟くと、
「森音ちゃん、観葉のだからきっと実らないよ」
桂太はさかさずこう伝えた。
「なぁんだ。残念」
森音はちょっぴりがっかりしてしまう。
「ケイタさん、その言い方はよくないです。観葉のでも実る可能性はあるので、根気強く育てましょう」
ムマシルはきりっとした表情でこう忠告した。
「うん、まあ頑張って育ててみるよ」
桂太はやや困惑した面持ちで約束してあげた。
「桂太くんは植物の育て方上手いから、きっと実るよ」
「桂太お兄ちゃん、実ったらいっしょに食べようね」
「桂太お兄さん、楽しみにしてるよ」
三姉妹からもけっこう期待され、
「……分かった」
桂太はますます困惑してしまった。
みんなそれぞれのお部屋へ戻ると、
「ムマシルお姉ちゃん、ゲーム上手いね」
森音はムマシルと、アクション系のテレビゲームで遊び始める。
「そうかな?」
「ワタシより上手ね。ワタシがなかなかクリア出来なかった面をあっさりと。ウキョンブ王国でもテレビゲームはやっぱ人気あるの?」
牧恵はベッドに寝転がってラノベを読みながら問いかけた。
「うん、わりと人気あるよ。日本で昔流行ったファ○コンやスー○ァミもウキョンブ王国では今も頻繁に遊ばれてるよ」
「そっか。日本ではそれで今も遊んでるの、三〇より上の人くらいだと思うわ。ファ○コンやスー○ァミ、お父さんが昔嵌ってたって言ってたよ。ところで森音、宿題は全部済ませたのかな?」
「うん、ばっちりだよ。今日は算数の宿題は出てないから」
森音が自信満々に答えると、
「あっ! アタシ、宿題片付けなくちゃ」
ムマシルはふと思い出し、テレビゲームを中断して文房具と数学の問題集とノートをトートバッグから取り出した。
「ムマシルお姉ちゃんの学校もやっぱり宿題あるんだね」
「うん、日本の学校と同じくけっこうあるよ」
「ムマシルちゃんの学校の教科書ってどんな風になってるの? ちょっと見せて」
「はい」
牧恵はムマシルの使っている中学二年用の数学の教科書を手に取りパラパラ捲っていく。
「連立方程式とか図形の合同と証明とか確率とか、ワタシ達と同じようなこと習うのね」
「はい、なんといっても日本の学習指導要領を参考にしていますから」
「そっか。国語の教科書も気になるな」
「それも持って来てますよ。はいどうぞ」
「どれどれ。けっこう分厚っ。おう! バカテスが載ってるじゃん。走れメロスとか枕草子とか平家物語とか日本の国語教科書でもお馴染みのもあるけどラノベもいくつか」
「ウキョンブ王国ではラノベも高尚な小説と評価されていますから。ラノベの歴史や作家さんのことも学びますよ。おウチに置いていてここにはないのですが、ウキョンブ王国の中学で使われる国語便覧にはラノベ作家さんも多数紹介されていますよ」
「いいなあ。日本も見習うべきっしょ」
「音楽の教科書もありますよ」
ムマシルは中学二年用の音楽教科書も取り出す。
「音楽の教科書も分厚ぅっ! 日本の歌ばっかり。君が代も載ってるし、『C○gayake! GIRLs』とか『紅○の弓矢』とか『それは僕たちの○跡』とかわりと最近のアニソンもけっこう紹介されてるじゃん」
「A○Bの歌も載ってるね」
「A○Bはウキョンブ王国民の間でも人気あるよ。J○Tもね。秋元康さんの名も広く知れ渡ってるよ」
牧恵と森音がムマシルが使っている教科書を楽しそうに眺め、ムマシルは数学の宿題に取り組んでいたその時、
「ムマシルちゃん、これ、浅草名物の雷おこし。お母さんが差し入れしてあげてって」
由梨乃がお部屋へ入って来た。テーブル上にそれと煎茶が乗せられたお盆を置く。
「どうもありがとうございますユリノさん。勉強が捗りそう」
ムマシルはさっそく口にした。サクサク音を立てて美味しそうに味わう。
「ムマシルちゃん、お勉強してたんだね。真面目だね」
由梨乃が褒めてあげると、
「だって、宿題がどっさり出されてるもん」
ムマシルはうんざりとした様子で伝えて来た。
「ムマシルちゃん頑張って。ムマシルちゃんの通う学校も、中間テストや期末テストはあるのかな?」
「もちろんですユリノさん。ウキョンブ王国の学校制度も三〇年ほど前からは、日本に倣って満六歳を迎えた次の四月に小学校へ入学して、小中高大六、三、三、四制で進級なんだ。大学まで義務教育なのは日本と違うけどね」
「大学まで義務教育なんだ! ウキョンブ王国民が日本人よりも高度な科学技術力を持ってる理由が頷けるよ。ウキョンブ王国には大学入試はないんだね?」
「うん、みんな高校を卒業したらウキョンブ王立大学で学ぶの。入学する時に希望の学部学科を選ぶんだけど、ウキョンブ王国の高校生はみんな現代文、古文・漢文、英語、数学、物理、化学、生物、地学、公民、日本史、世界史、地理、保健体育、家庭科、書道、美術、音楽全てを習うんだって。だから日本の高校みたいに文系クラス理系クラスって分けることもないみたい。中一の時の担任が言ってたよ」
「ウキョンブ王国の高校生は理科・社会、芸術は選択じゃなくて全科目習わなきゃいけないんだね。入試はないけど、日本より勉強がずっと大変なんだね」
由梨乃は憐憫の気持ちを示す。
「科目数がすこぶる多くて負担は大きいけど、日本の高校と比べて特段高度な内容を学習しているわけではないらしいですよ。ユリノさんの通う高校も、机に貼られてた時間割表から察するにけっこう濃密な教育が行われてるみたいじゃない。毎日七時限目までびっしり埋まってたし、使ってる教材もレベル高そうだったし」
「毎年東大合格者が出てる進学校ではあるけど、私はたいしたことないよ」
由梨乃は謙遜気味にそう言い、自分のお部屋へ戻っていった。
「由梨乃お姉さん相変わらず控えめだな。駒高なんてワタシの成績じゃ入れそうにないよ」
牧恵は少し感心する。
「あたしもきっと無理だろうなぁ。あっ、もう十時過ぎてる。今日はもうやめよう」
森音がゲームを元の場所に片付け、おトイレも済ませてくると、
「森音、明日の授業の用意はちゃんと出来てる?」
牧恵はこう問いかけた。
「うん! 今日はちゃんと出来てるよ」
森音は水色ランドセルを一回開けて見せ、自信を持って答える。
「ランドセルは、ウキョンブ王国の小学生も日本のと同じ形のを使ってるよ。四〇年くらい前にはそうなってたみたい」
ムマシルはそんな情報を教えた。
「そうなんだ。さすが親日国だね。なんか嬉しいな。それじゃ牧恵お姉ちゃん、ムマシルお姉ちゃん、おやすみなさーい」
森音はいつものように二段ベッド上の布団に潜り、一分後にはすやすや眠りついた。
それから三〇分ほどして、
「やっと片付いたよ」
ムマシルは宿題を終え、腕を伸ばして一息ついた。
「ムマシルちゃん、ワタシの描いたマンガ読ませてあげる」
牧恵はこの時を待ってましたと言わんばかりに自作マンガ原稿を手渡す。
「ありがとう。やっぱ絵がとっても上手いね」
桂太に見せようとしたあのマンガだ。ムマシルは全三十一ページ熱心に読んであげた。
「ムマシルちゃん、どうだった?」
牧恵はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。
「エッチな描写が多くてアタシの方が恥ずかしくなったけど、面白かった。最後ドリアンの臭さに屈せず結ばれたシーン、感動したよ。マキエちゃんの描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いね」
「ワタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないんだ」
「そっか。マキエちゃんは、年下の男の子が好きみたいね」
「うん、小五から中一くらいの男の子が特に好き。第二次性徴が始まるこの年頃の男の子はかわいいよ」
「アタシもその辺の年頃のひょろい系の男の子が好みだな。でもひょろくても日本の女性達に大人気らしいジャ○ーズ系のイケメンはダメ」
「気が合うね。ワタシもイケメン過ぎるのは苦手なんだ。ムマシルちゃんもマンガ原稿手伝って」
「分かった。頑張るよ」
二人は折り畳み式ローテーブルに向かい合い、マンガ原稿作業に取り掛かる。
同じ頃、富坂宅。
さっきまで英語の予習に励んでいた桂太は、休憩のため布団に寝転がり、コミック単行本を読み始めた。
それから数分後、彼のスマホの着信音が鳴り響く。
「やっぱ邦靖(くにやす)か」
桂太はこう呟いて、通話ボタンを押した。彼の小学一年生時代から九年来の親友で、今クラスも同じの大野邦靖からの連絡であった。
『よぉ桂太、数学の宿題プリント出来たか?』
いきなり陽気な声でこんなことを尋ねてくる。
「まあ、一応な」
『さすが桂太、明日の朝、写させてくれ。おれ、全く分からんからまだ白紙なんだ』
「邦靖、俺の返答は分かってるだろ。自力でやれ」
桂太は呆れ顔でこう伝えて即、電話を切る。ほぼ毎日のことなのだ。
さらに一分ほどのち、今度は一通のメールが。
(また邦靖からか)
と桂太は思ったが違った。
おトイレなう! ケイタさん、あの時アタシ、ケイタさんさっき会ったばっかりでしょって言おうとしたんだけど空気読んであげたよ♪
こんな文面だった。
ムマシルからであった。
(あれ? ウキョンブ王国製のスマホからは通信出来ないんじゃなかったのか?)
桂太はそう疑問に思っていると、
ウキョンブ王国製の、手のひらサイズのパソコンから送ったよ。こっちからは送れるんだ♪
もう一通、さっきと同じアドレスからこんな文面のメールが届いた。
(そういうことか。由梨乃ちゃんか牧恵ちゃんか森音ちゃんが、俺のスマホメールアドレス教えたんだな)
納得した桂太は一応、感謝の旨のメールを返信してあげた。
※
まもなく日付が変わろうという頃。
「ムマシルちゃん、ここ、このトーン貼ってね」
「了解」
牧恵とムマシルは引き続き漫画執筆活動に勤しんでいた。
ぐっすり眠る森音をよそに。
「そういえば、日本では深夜にアニメをたくさん放送してるんだよね。ウキョンブ王国では日本より数日遅れで輸入販売されるDVD・ブルーレイか、ニ○動とかのネット配信で見るしかないからリアルタイムでは楽しめないんだ。全て入荷されるわけでもないし」
「ウキョンブ王国でもニ○動見る人けっこういるの?」
「うん、ネット環境は日本に住んでるのと変わりないけど、欲を言えば、日本のテレビ放送もリアルタイムで見られるようになればいいなぁって思ってる。今日は何を放送してるのかな?」
ムマシルはふと気になり、テレビリモコンを手に取ろうとした。
「このテレビ、アンテナ繋いでないからテレビ番組は見れないんだ。ゲームかブルーレイDVD視聴用なの」
「そっかぁ。中学生にはまだ早いってことか」
「そうそう。大学生になったら繋いでもらうって約束してるけど、まだ少なくとも五年近くは先よ。今はリビングのテレビで録画してるの。リアルタイムでこっそり見たらお母さんに叱られるし。早くリアルタイムで自由に見られるようになりたいよ。桂太お兄さんのお部屋のはテレビ番組も見れるから羨ましい」
牧恵が苦笑いしながら嘆いたその直後、コンコンッとノックされる音が聞こえて来て、
「牧恵もムマシルちゃんも、夜更かしはダメだよ。私はもう寝るよ」
由梨乃は眠たそうにしながら入ってくる。
「由梨乃お姉さん、あともう少ししたら寝るって」
「ムマシルちゃんは、私のお部屋でいっしょに寝よう」
「そうした方がいいと思う。ワタシも森音も寝相悪いから」
「そうですか。では、そうしますね」
こうして由梨乃はムマシルを連れ、自室へ戻る。
電気を消し、同じベッド同じ布団に寝転がった。
「あの、ユリノさん、ケイタさんは、あなたのボーイフレンドですか?」
ムマシルは、唐突にこんなことを尋ねてくる。
「何回か訊かれたことがあるけど、桂太くんは彼氏じゃなくて、幼馴染のお友達だよ」
由梨乃は照れ笑いしながら答えた。
「やっぱり。思った通りの答えね」
ムマシルはにこっと微笑む。
「でも、将来的に……十年後くらいに、私の旦那さんにしたいなって思ってる。結婚相手は昔から知ってる人の方が安心出来るし」
由梨乃の頬はカァーッと赤くなった。
「そうなんだ。ウキョンブ王国では狭い世界だから幼馴染婚はごく普通のことだけど、日本じゃあまりないらしいね。ユリノさん、ケイタさんとの幼馴染婚が実現出来るよう、頑張って下さいね」
ムマシルはきらきらした眼差しでエールを送った。
「うん。あの、さっきのことは、桂太くんには絶対に言っちゃダメだよ」
由梨乃は念を押してまお願いする。
「アタシ絶対言わないよ、ケイタさんもきっと戸惑っちゃうだろうし」
ムマシルは事情を理解し、にっこり微笑む。
「ありがとう」
由梨乃の頬はまだ、ちょっぴり赤らんでいた。
「ではユリノさん、おやすみなさい」
「おやすみムマシルちゃん」
これにて会話をやめると、二人はほどなくすやすや眠りについた。
牧恵はその後も夜更かしして、
「ドリアンは人間の姿ならこんな感じかな? 髪型は角刈りだよね? 理想のカップリングはやっぱマンゴスチンだよね。ドリアン王がマンゴスチン姫を性奴隷にして、臭い液をぶっかけて……って何考えてるんだろ、ワタシ。きゃはっ♪」
南国フルーツをかっこよくかわいく擬人化したイラストを描いて妄想して、二時頃まで楽しんでいたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます