第9話

 「慎太郎さん」

 「瞬......。うんめ......さっきの人は?」

 「出口で別れました」

 しばしの沈黙が落ちた。

 「よかったのか? 運命の番だろ」

 「なんでそれを......」

 「龍之介に聞いた」

 今朝龍之介に話したことを後悔した。

 「運命なら、このくらいで壊れたりしませんよ。それに今は、慎太郎さんの方が大切なので」

 俺の言葉に慎太郎さんは微妙な表情を浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。

 「別に何かあった訳じゃないよ。瞬の様子が気になっただけで」

 「気になってくれたんですか?」

 それが単なる兄心だとしても、嬉しい。

 「あの人と付き合うの?」

 「えっ」

 付き合う。将来的には付き合うかもしれないと、漠然と思ってはいる。しかし俺は、慎太郎さんを諦められるだろうか。

 「慎太郎さん、俺のこと振ってくれませんか?」

 「え?」

 「今のままじゃ俺、慎太郎さんのこと吹っ切れなくて次の恋に進めません」

 十年以上想い続けて駄目だったのだ。もう慎太郎さんへの気持ちは断ち切って次に進むべきなのだろう。ちょうど好きになれそうな人を見つけたのだし。

 今まで曖昧な関係を続けて来たけれど、ここで一思いに終わらせてほしい。そうでなければきっと、いつまでも引きずってしまうから。

 「まだ俺に未練があるのか?」

 本気で驚いたように言われて、こちらが驚いてしまう。

 「当たり前でしょう。未練と言うか、現在進行形で好きですもん」

 慎太郎さんの動きが止まる。

 「俺は運命じゃなかったのにか?」

 慎太郎さんの怪訝な表情を見て、何か誤解があることに気付く。

 「あの、俺そこまで運命にこだわりはありませんよ。慎太郎さんが運命だったらいいなと思っていただけで」

 慎太郎さんが運命の番でないと知った日から、俺にとって運命というものは価値を失った。ただ慎太郎さんとの関係に保証が欲しかっただけなのだから。

 でも、今はそんなものなくたっていいと思っている。曖昧でも、不確かでも、一方通行でも。

 再び沈黙が落ちた後、慎太郎さんが片手で顔を覆うようにして話し始めた。

 「今日、龍之介に教えられてわざわざここまで来たのは......お前が盗られると思ったから、要は嫉妬だ」

 「えっ」

 そもそもお前は俺のものじゃないけど、と付け足して更に顔を隠してしまった。

 「ずっと弟みたいに思ってきたつもりだけど、それだけじゃなかった。運命との方が幸せになれるってわかってる。......でも俺は、好きだ。ごめん」

 思わず慎太郎さんを抱きしめた。

 「なんでごめんなんて言うんですか。嬉しいです!」

 「瞬、ここ、外......」

 「あ......」

 逃げようとする慎太郎さんをしっかり捕まえて場所を変えることにした。最も、慎太郎さんの力なら俺の手くらい容易に振りほどけただろうが。

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