ノスタルジア

長月将

1話 帰郷

電車に揺られて


 神様は気まぐれだ。そして残酷だ。

 人の一生を、まるで娯楽を楽しむかのように、ゲラゲラと嘲笑いながら眺めている。

 時には『神様の奇跡』と言うもので、人の人生を引っ掻き回す。

 人は思う、そして嘆く。人の無力に、神様の前では何もできない。

 これは人が神様に翻弄される話だ。そしてそこら辺に転がっているような、よくあるような、そんなありふれた話だ。



〇 〇 〇


 夢を見ている。

 夕焼け色に染められた光景。

 夕暮れの河原。

 川のせせらぎ、水が流れる音が聞こえてくる。

 地面に空いた穴の中にそれを置く。


 お姉ちゃんがこちらを向いた。


「大きくなったら、君が戻ってきたら、ここに埋めたタイムカプセルを開けよう」


 約束――それは子供の頃の、些細な取り決め。

 それでも守らなきゃいけない、心の隅に刻まれた、そんな約束。

 

 お姉ちゃんが笑う。

 輝く笑顔。印象的な笑顔。

 僕の大好きな顔だった。



〇 〇 〇


 ガタンと揺れる。その振動で体が揺れた。

 薄く瞼を開ける。静まった電車内。

 気が付いたら体が傾いている。座席の隅、そこに身を預けていた。

 徐々に移り変わる景色。線路の上を規則的に走る車輪の音、規則的な揺れ。


 ――いつの間に眠ってしまったのか……。


 その規則的な音と揺れによって、眠りの世界に誘われてしまったようだ。

 何か夢を見ていたような気がする。眠気が残るぼんやりとした頭で、その夢を思い浮かべる。

 

「つつ……」


 頭に痛みが走る。

 頭痛。だけどまだ耐えられる痛さ。

 

 周りを見る。寝る前は人で溢れていたはずの電車内。しかし今はその数はまばらだ。

 ポケットからスマートフォンを取り出す。時間を確認する。かなりの時間を眠ってしまったようだ。だいぶ時間が経っている。


 ふと見ていた夢の一部が浮かんできた。

 大切な誰かが傍にいた夢。誰かと何かをしていた。誰かとした約束。

 しかしその夢は、まるで手の隙間から砂が零れ落ちるかのような感覚で、頭の中から抜け落ちていく。

 どんな夢か思い出せない。もはやどんな夢を見ていたのかさえ思い出せない。

 

「ぐっ……」


 頭を走る、締め付けられるような鈍い痛み。だけどまだ耐えられる痛さだ。


 電車が走る。規則的に走る車輪の音。走る振動の揺れ。

 どこまでも進んでいるような気がした。まるで永遠の線路を走っているような感覚を覚えた。

 しかし、それは錯覚だった。


『間もなく天滝、天滝。お降りのお客様は――』


 とある駅を告げるアナウンス。記憶していた地名。そこは俺の降りる場所だ。

 ちょうどいい時間に目覚めたようだった。


 やがて電車は徐行する。そして止まる。

 どこまでも走っていくと思っていた電車は、その足を休めた。

 俺は荷物をまとめ、立ち上がる。


 先ほどの頭の痛みは、もう引いていた。


 電車のドアが開く。

 ふと自分が座っていた座席を振り返る。忘れ物はない。

 もう、後戻りも出来ない。

 俺――相馬祐樹は、ドアをすり抜けて、外へと出た。

 眩しい日の光に当てられ、顔を歪める。思わず手を顔の前に出し、日光を遮る。

 目覚めたばかりの瞳に、直接あたる日の光はきつかった。

 やがて目が慣れる。顔の前に当てた手を下ろす。

 真っ先に見えたのは、桜が咲き誇る――三月下旬の景色。

 そこは山間部の、辺鄙な街の光景だった。


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