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 修斗と莉羅がダンジョンの近くまで来ると、噴き上がる魔力マナが激しさを増した。

 地が口を開けたかのような虚穴うろあなから、紫の靄が立ちのぼる。この世界に果てがあるならば、こんな景色なのかもしれない。


 あたりを見回すと、海鳥の屍がそこかしこに転がっていた。濃い魔力マナてられたのだろう。


「中の調査はどうなってる?」


光の国ミズガルズの先遣隊が頑張って入ったらしいんだけど……すぐ逃げ帰ってきたみたい。魔物が強すぎるんだってさ」


 ダンジョンに巣食う魔物の強さは、その場所の魔力マナの濃さに比例する。

 体感で言えば、かつて皆で突入した魔王の本拠地と同程度に思えた。


「表層でこれなら、無理もねえな」


「あんたに頼んだ理由がこれなのよ。あんたの能力スキル、こういう場所でこそ輝くでしょ?」


「まあ、たしかにな」


 修斗が転移に際して得た能力スキル――断魔絶奏コード・クリーヴァ

 自身の身体に、あらゆる魔力マナによる影響を軽減する力場を纏うもので、武器に纏わせてぶつければ、魔力マナを相殺することすら可能にする。


 この能力スキルを活用し、修斗は多くの高難度ダンジョンを単独ソロで攻略してきた。

 回復や強化の魔法すら遮ってしまう欠点も、ひとりなら気にする必要はない。


「じゃ、さっそく行ってみよ~。はいこれ、装備品ね」


 莉羅はそう言って、近くのテントからいくつかの荷を取り出した。

 大きなリュックがひとつに、ベルトにつける吊り革のついた魔石がふたつ。

 最後に取り出したのは、鳥を模した魔力機構マナ・ギアだった。


「リュックは獲物を入れる用ね。お店の建屋に繋がってて、いくらでも入れられるから。口に入る大きさ、ってのが条件だけど」


「こっちの石は?」


「魔封石よ。あんた、スキルのせいで魔法使えないでしょ? あると便利かな~と思って」


「ほう。んで……これは?」


 鳥を模した魔力機構マナ・ギアを指して問うと、莉羅は得意げに胸を張った。


魔力吸収機構マナ・アブソーバーを搭載した撮影ドローンよ。これであんたの状況チェックして、ヤバそうなら助けてあげる。あと配信もやるから、このインカムつけといて」


「配信……? 最近、流行ってるあれか」


 このレヴァルシアには、“リュミナ”と呼ばれる映像配信サービスがある。

 なんでも修斗たちと同じ世界から転移してきた者が、元の世界にあったサービスを魔力機構マナ・ギアで再現したものと聞いている。


 元の世界で流行していたらしい“動画配信”は、ここでも大人気となった。

 大食いや未踏破区域の探索など、様々なコンテンツが投稿されている。


「ダンジョンの攻略配信、ほとんど見なくなったからね。しかもここで狩った食材で料理作ります~、とか面白いじゃん?」


「そのあたりは任せるわ。さっさと中に入ろうぜ」


 修斗は声を弾ませながら、久々に抜いた愛剣の具合を確かめた。


 *  *  *  *


 水に飛び込むような感覚とともに、修斗はダンジョンへと降り立った。

 大人が何人か並んで通れるくらいの広い洞窟。うっすらと靄がかかっているものの、壁のヒカリゴケのおかげで視界に困ることはない。


(な~んか、見たことあるような場所だな……)


 などと思った矢先。


『あ~あ~、テスト、テスト。聞こえてる~?』


 浮かび上がったドローンから、莉羅の声が聞こえた。羽ばたきこそしないが、ふらつくこともない。


「ああ、聞こえてるよ。しかし魔力マナの濃さがすごいな。あの魔王バカの城よりヤバいかもしれねえ」


 魔力マナが濃い場所で活動を続ければ、ある程度は魔力マナに耐性がつく。

 だが、このダンジョンに満ちるそれは、“ある程度”でどうにかなる範疇を軽く超えていた。


『どういう理屈かは知らないけど、世界中のモンスターがランダムに出てくるみたい。魔力マナの影響で思いっきり強くなってるだろうから、注意してね』


「へいへい」


「それじゃ、テスト配信――スタート!」


 莉羅の声とともに、ドローンの脇に光のパネルが表示される。


〈お? どここれ〉

〈もしかしてダンジョン配信⁉〉

〈リラさんの垢からきますた〉

〈このオッサン誰だろう〉


 程なくして、つらつらと文字が流れ始めた。視聴者が魔力機構マナ・ギアを介して送ったコメントらしい。


『ご来場ありがとうございま~す! 光の国ミズガルズの東にできた、新しいダンジョンの配信です! 実況はわたし、リラ・ミドウ! 攻略するのはなんと……十二勇者がひとり、シュウト・フワさんです!』


〈え、このオッサン十二勇者なの⁉〉

〈新ダンジョンかあ~、久々だね〉

〈何年ぶりかってレベル〉

〈ちょっと拡散してくる〉


(来た時にはダンジョンも魔物もなくなってて、悠々自適って転移者もいるんだろうな。羨ましい限りだわ)


 この異世界レヴァルシアには、転移者が定期的に現れる。

 莉羅曰く、元の世界で行方不明になった人間の何割かは、別の世界に転移しているらしい。どこかで聞いたような言葉遣いは、転移者ゆえなのだろう。


 身体能力と能力スキルの存在が相まって、この世界の住人も転移者に好意的だ。

 そのせいか、適度に労働しながらまったり過ごす者が多いらしい。


「んじゃ、ささっと進むぞ。まずは洞窟がどこまで続いてるか、だな」


 洞窟を小走りで進むと、前方に影が三つ現れた。修斗の腰ほどの身長に、人間の赤子を不細工にしたような顔。手には剣や鈍器など、思い思いの得物を持っている。


 魔蝕小鬼ゴブリンだ。

 異なる点があるとすれば、ダンジョンの入口で見た紫の靄が、彼らの全身を覆っていることだろう。


『うっわぁ~。いきなり食べられないの来ちゃった~』


魔蝕小鬼ゴブリンって、よっわ〉

〈三体でも楽勝っすね〉

〈俺でも勝てるわ〉

〈すぐ攻略終わっちゃいそうだな~〉


 莉羅の声と視聴者コメントに苦笑していると、魔蝕小鬼ゴブリンたちが動いた。

 槌を持った一体が正面から。剣を持った二体は散開して、修斗の左右から挟み込むように駆け込んでくる。


『わ、けっこう速いね』


 莉羅が事もなげに言った時には、修斗の剣が正面の槌を受け止めていた。押し込んでくる力も、魔蝕小鬼ゴブリンのそれではない。


〈えええ〉

〈いや速くね〉

〈ちょちょちょ〉

魔蝕小鬼ゴブリンの速さじゃねえよ〉


 コメントが流れる中、剣を持った二体が迫る。

 修斗はゆらりと身を引き、正面の個体の腹をひと息に薙いだ。紫の血が飛び散る。次の瞬間には、左の個体の腹をも貫いていた。


「ギヨォエエエッ……」

「ギョワッ⁉」


 魔蝕小鬼ゴブリンを貫いたまま剣を振るい、なおも駆けてくる最後の一体にぶつけてやる。仲間の屍によって体勢を崩したところを、二匹同時に首を払う。

 紫色の血しぶきとともに、三つの屍が倒した順に塵となって消えた。ダンジョンの中で魔物を倒すと、こうして魔力マナに還っていく。


〈うおおおおお⁉ マジで見えねえ〉

〈さっきの光って魔力障壁シールド?〉

〈あんな強く光ってるの見たことねえぞ〉

〈事も無げに倒すって何者よ〉

〈↑だから勇者って言ってんだろw〉


『さっすが~! 見た目は老けても腕は鈍ってないみたいですね~、シュウトさん!』


(どやかましいわ)


 莉羅のわざとらしい実況が響くと、音に釣られたか大きなコウモリが四匹ほど飛んでくる。

 翼を広げた大きさは、ぱっと見で一メートルほどだろうか。先ほどの魔蝕小鬼ゴブリンたちと同様、紫色の魔力マナが全身を包んでいる。


巨大蝙蝠ジャイアント・バットだ〉

〈ザコだけど、さっきの感じだとそうでもないのかね〉

〈つうかこのダンジョン、魔物の強さヤバくねえか〉

〈まったく情報出てなかったけど、どっかが隠してた?〉


『お、そいつは食べられそう~! 消える前に捕獲よろしくね!』


 つらつらとコメントが流れる中、インカムから莉羅の声が聞こえる。


「おいおい、マジかよ」


『血抜きとかは考えなくていい、ってシェフが言ってたから! 倒したらリュックに放り込んじゃって!』


(シェフ、って……?)


 考える間もなく、巨大蝙蝠ジャイアント・バットが飛来する。

 やはり正面には一匹だけで、他の三匹は左右と頭上から回り込む動き。


『あとあとっ! ちょっと配信映え、意識してっ! 派手な技とか使ってよ~!』


 迎撃しようと構えた時、ふたたびインカムから莉羅の声が流れる。


(ったく、しょうがねえなあ……!)


 フェイントがてら正面の一匹のほうへと走り、すれ違いざまに横薙ぎ一閃。

 振り向いて一匹が落ちたところを確認すると、諸手に持った剣を肩に担ぐように構えた。


断魔絶奏コード・クリーヴァ――飛矢撃アローッ!」


 斜めに振るった剣の刃から、三日月のような白い弧が飛ぶ。

 巨大蝙蝠ジャイアント・バットが散開。だが一拍遅れた左の個体に、白い弧が直撃した。


「キキイッ……!」


 紫の魔力マナが弾けた。かと思うと、黒い身体が洞窟の岩肌に叩きつけられる。

 残り二匹が突っ込んでくるが、それぞれ腹と翼を薙いで落とす。


〈しゅげえええええ!〉

〈魔王との決戦で魔力障壁シールドを破った人やね〉

〈そんなすごい人なの……?〉

〈おいおい伝説の決戦メンバーかよ〉

〈突破口を作ったの、この人なんだねえ〉

〈なんで今までずっと目立たなかったんだろ〉


『ご明察~! シュウトさんの能力スキル魔力マナを遮断する断魔絶奏コード・クリーヴァ! この性質を使って、魔力障壁シールドをあっさり破ることができるんですね~! 地味だけどスゴイ能力スキルなんですっ!』


(さっきから一言、余計なんだよ)


 倒した巨大蝙蝠ジャイアント・バットをリュックに放り込みつつ、毒づいた時。


「……キャアアッ!」


(悲鳴……⁉)


〈今なんか聞こえた?〉

〈女の子の声?〉

〈え、ここ他にも誰かいるの?〉


『ウソでしょっ……⁉ この魔力マナ濃度の中に入れるヤツが、他にいるわけ……!』


(おいおい、実況のほうに声がダダ洩れだぞ)


 莉羅の失態はさておき、悲鳴のほうは放っておくわけにもいかない。

 修斗は、声が聞こえたほうへと駆け出した。


 *――*――*――*――*――*

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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