1-2
修斗と莉羅がダンジョンの近くまで来ると、噴き上がる
地が口を開けたかのような
あたりを見回すと、海鳥の屍がそこかしこに転がっていた。濃い
「中の調査はどうなってる?」
「
ダンジョンに巣食う魔物の強さは、その場所の
体感で言えば、かつて皆で突入した魔王の本拠地と同程度に思えた。
「表層でこれなら、無理もねえな」
「あんたに頼んだ理由がこれなのよ。あんたの
「まあ、たしかにな」
修斗が転移に際して得た
自身の身体に、あらゆる
この
回復や強化の魔法すら遮ってしまう欠点も、ひとりなら気にする必要はない。
「じゃ、さっそく行ってみよ~。はいこれ、装備品ね」
莉羅はそう言って、近くのテントからいくつかの荷を取り出した。
大きなリュックがひとつに、ベルトにつける吊り革のついた魔石がふたつ。
最後に取り出したのは、鳥を模した
「リュックは獲物を入れる用ね。お店の建屋に繋がってて、いくらでも入れられるから。口に入る大きさ、ってのが条件だけど」
「こっちの石は?」
「魔封石よ。あんた、スキルのせいで魔法使えないでしょ? あると便利かな~と思って」
「ほう。んで……これは?」
鳥を模した
「
「配信……? 最近、流行ってるあれか」
このレヴァルシアには、“リュミナ”と呼ばれる映像配信サービスがある。
なんでも修斗たちと同じ世界から転移してきた者が、元の世界にあったサービスを
元の世界で流行していたらしい“動画配信”は、ここでも大人気となった。
大食いや未踏破区域の探索など、様々なコンテンツが投稿されている。
「ダンジョンの攻略配信、ほとんど見なくなったからね。しかもここで狩った食材で料理作ります~、とか面白いじゃん?」
「そのあたりは任せるわ。さっさと中に入ろうぜ」
修斗は声を弾ませながら、久々に抜いた愛剣の具合を確かめた。
* * * *
水に飛び込むような感覚とともに、修斗はダンジョンへと降り立った。
大人が何人か並んで通れるくらいの広い洞窟。うっすらと靄がかかっているものの、壁のヒカリゴケのおかげで視界に困ることはない。
(な~んか、見たことあるような場所だな……)
などと思った矢先。
『あ~あ~、テスト、テスト。聞こえてる~?』
浮かび上がったドローンから、莉羅の声が聞こえた。羽ばたきこそしないが、ふらつくこともない。
「ああ、聞こえてるよ。しかし
だが、このダンジョンに満ちるそれは、“ある程度”でどうにかなる範疇を軽く超えていた。
『どういう理屈かは知らないけど、世界中のモンスターがランダムに出てくるみたい。
「へいへい」
「それじゃ、テスト配信――スタート!」
莉羅の声とともに、ドローンの脇に光のパネルが表示される。
〈お? どここれ〉
〈もしかしてダンジョン配信⁉〉
〈リラさんの垢からきますた〉
〈このオッサン誰だろう〉
程なくして、つらつらと文字が流れ始めた。視聴者が
『ご来場ありがとうございま~す!
〈え、このオッサン十二勇者なの⁉〉
〈新ダンジョンかあ~、久々だね〉
〈何年ぶりかってレベル〉
〈ちょっと拡散してくる〉
(来た時にはダンジョンも魔物もなくなってて、悠々自適って転移者もいるんだろうな。羨ましい限りだわ)
この異世界レヴァルシアには、転移者が定期的に現れる。
莉羅曰く、元の世界で行方不明になった人間の何割かは、別の世界に転移しているらしい。どこかで聞いたような言葉遣いは、転移者ゆえなのだろう。
身体能力と
そのせいか、適度に労働しながらまったり過ごす者が多いらしい。
「んじゃ、ささっと進むぞ。まずは洞窟がどこまで続いてるか、だな」
洞窟を小走りで進むと、前方に影が三つ現れた。修斗の腰ほどの身長に、人間の赤子を不細工にしたような顔。手には剣や鈍器など、思い思いの得物を持っている。
異なる点があるとすれば、ダンジョンの入口で見た紫の靄が、彼らの全身を覆っていることだろう。
『うっわぁ~。いきなり食べられないの来ちゃった~』
〈
〈三体でも楽勝っすね〉
〈俺でも勝てるわ〉
〈すぐ攻略終わっちゃいそうだな~〉
莉羅の声と視聴者コメントに苦笑していると、
槌を持った一体が正面から。剣を持った二体は散開して、修斗の左右から挟み込むように駆け込んでくる。
『わ、けっこう速いね』
莉羅が事もなげに言った時には、修斗の剣が正面の槌を受け止めていた。押し込んでくる力も、
〈えええ〉
〈いや速くね〉
〈ちょちょちょ〉
〈
コメントが流れる中、剣を持った二体が迫る。
修斗はゆらりと身を引き、正面の個体の腹をひと息に薙いだ。紫の血が飛び散る。次の瞬間には、左の個体の腹をも貫いていた。
「ギヨォエエエッ……」
「ギョワッ⁉」
紫色の血しぶきとともに、三つの屍が倒した順に塵となって消えた。ダンジョンの中で魔物を倒すと、こうして
〈うおおおおお⁉ マジで見えねえ〉
〈さっきの光って
〈あんな強く光ってるの見たことねえぞ〉
〈事も無げに倒すって何者よ〉
〈↑だから勇者って言ってんだろw〉
『さっすが~! 見た目は老けても腕は鈍ってないみたいですね~、シュウトさん!』
(どやかましいわ)
莉羅のわざとらしい実況が響くと、音に釣られたか大きなコウモリが四匹ほど飛んでくる。
翼を広げた大きさは、ぱっと見で一メートルほどだろうか。先ほどの
〈
〈ザコだけど、さっきの感じだとそうでもないのかね〉
〈つうかこのダンジョン、魔物の強さヤバくねえか〉
〈まったく情報出てなかったけど、どっかが隠してた?〉
『お、そいつは食べられそう~! 消える前に捕獲よろしくね!』
つらつらとコメントが流れる中、インカムから莉羅の声が聞こえる。
「おいおい、マジかよ」
『血抜きとかは考えなくていい、ってシェフが言ってたから! 倒したらリュックに放り込んじゃって!』
(シェフ、って……?)
考える間もなく、
やはり正面には一匹だけで、他の三匹は左右と頭上から回り込む動き。
『あとあとっ! ちょっと配信映え、意識してっ! 派手な技とか使ってよ~!』
迎撃しようと構えた時、ふたたびインカムから莉羅の声が流れる。
(ったく、しょうがねえなあ……!)
フェイントがてら正面の一匹のほうへと走り、すれ違いざまに横薙ぎ一閃。
振り向いて一匹が落ちたところを確認すると、諸手に持った剣を肩に担ぐように構えた。
「
斜めに振るった剣の刃から、三日月のような白い弧が飛ぶ。
「キキイッ……!」
紫の
残り二匹が突っ込んでくるが、それぞれ腹と翼を薙いで落とす。
〈しゅげえええええ!〉
〈魔王との決戦で
〈そんなすごい人なの……?〉
〈おいおい伝説の決戦メンバーかよ〉
〈突破口を作ったの、この人なんだねえ〉
〈なんで今までずっと目立たなかったんだろ〉
『ご明察~! シュウトさんの
(さっきから一言、余計なんだよ)
倒した
「……キャアアッ!」
(悲鳴……⁉)
〈今なんか聞こえた?〉
〈女の子の声?〉
〈え、ここ他にも誰かいるの?〉
『ウソでしょっ……⁉ この
(おいおい、実況のほうに声がダダ洩れだぞ)
莉羅の失態はさておき、悲鳴のほうは放っておくわけにもいかない。
修斗は、声が聞こえたほうへと駆け出した。
*――*――*――*――*――*
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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