Hunter&Swordsman ~金色の戦乙女と、ただの狩人の僕~

柏沢蒼海

第1話:森と鹿と、美女

 穏やかな日差しが木々の合間から差し込んでくる。

 周囲から大小様々な動物の存在、痕跡が感じられた。いつも通りの静寂らしからぬ静寂。


 僕は手にしていた弓に矢をつがえ、視線の先にいる獲物に狙いを定める。

 猛々しい角を生やした雄鹿、その胴に向けて矢を放つ――――直前で雄鹿は森の奥へと消えていった。  


 どうやら気配を察知されたらしい。また追跡からやり直しだ。



 僕が住む[アナフング村]では、収穫期に必ず祭事がある。

 村の近くの[へマット高山]にある訓練施設、そこから旅に出る者のために従者を選び出し、盛大に送り出す……というものだ。

 付近の村からも住人が遊びに来るほどの規模で行われる祭事のために、僕は狩りに出ていた。豪華な食事を振る舞うには、それなりの量が必要だった。


 姿勢を低くして、地面に刻まれた痕跡を追う。

 小さな足跡、豆粒のような糞、それを辿っていけば獲物を見つけられる。

 しばらくして、獲物に追いついたようだ。


 茂みの向こう、比較的大きな川が流れているはずだ。

 清流の水流、人間の腰ほどの水位がある場所だ。水でも飲んでいるのだろう。

 もしくは水浴びをしているのかもしれない。


 

 弓矢は遮蔽物を貫通させられない。それに獲物を直接目視しなければ誤射の可能性がある。

 村に2人しかいない狩人が仕事できなくなるのは、とても大きな問題だ。


 折れ枝や草で足音がしないよう慎重に足を運び、茂みの隙間から覗く。

 獲物である雄鹿はそこにいた。悠長に川へ顔を突っ込んで水を飲んでいる。

 完全に油断し、矢で射殺すことができるはずだ。



 だが、その向こうに……僕は、目を奪われていた。

 川の深いところに立ち、手で水をすくっては自身の身体を濡らしている。風で揺れる長い頭髪は、金貨よりもずっと輝いているように見えた。


 僕は美術や芸術の教養は無いが、その裸体はとても美しいもののように思った。

 きれいで、無駄がない。多少肉付きは良く見えるが、それは贅肉ではなく筋肉だ。

 腕や腿にはしっかりした筋肉。肩周りもがっちり。剣や武術の訓練を長年受けていた特徴のはずだった。

 

 川で静かに水浴びをしている金髪の美女。

 言葉にできないこの気持ちは、美しい馬を見かけた時と全く同じような感覚に近い。




 ――あれは、戦乙女か……?


 山の上にある訓練施設、そこでは[戦乙女]と呼ばれる女性剣士を育てている。

 その多くが孤児で、厳しい訓練を得て、使命のために旅に出るのだと言う。

 人々の苦難を退け、あるいは英雄と恋に落ち……戦乙女の物語は童話から怪談まで幅広い。その存在は幻想ではなく、現実のものなのだ。



 急に、金髪の美女がこちらに振り返る。

 赤い瞳、その鋭い眼光がこちらに向けられている気がした。それと同時に、彼女の生まれたままの姿を、僕は直視してしまう。

 本で読んだおとぎ話。その一場面のような状況――気付けば、息をするのも忘れていた。



「いるのはわかっているぞ、出てこい」


 凜とした声、ずっと耳に残るようなそれに――僕は固まってしまった。

 戦乙女らしく強さや自信を隠そうともしない声色、それに僕は妙な感覚に陥る。

 単に魅力的な美人に見惚れてしまったわけではない、それとは別の何かが……僕にはあるような気がしたが、よくわからない。



 濡れたままの身体で、金髪の女が川から上がってくる。

 そして、荷物の中から――剣を取り出した。


 僕は何も考えず、その場から逃げ出す。

 この後に待つのは……無残な死体になる運命だろう。美女の裸を見て、殺されてしまうなんておとぎ話にもならないようなマヌケの末路だけは避けたい。


 一心不乱に走り続け、山の麓まで降りてきてしまった。

 狩った獲物を隠している木の近くにいる。大物は捕れなかったが、仕方ない。夜にまた出ることにしよう……



 溜息を吐きながら、木陰に腰を下ろした。

 木の幹に背中を預け、息を整える。瞼を閉じると……あの金髪の戦乙女の姿を思い出してしまう。

 女性を美しい、魅力的に感じるなんて酷く久しぶりなような気がする。

 

 幼馴染のエリーという女性と密かに交際していた時以来だ、あの時のような昂ぶりを感じる。

 しかし、それはただ単に美しく、強い女性だから――というわけではない。


 どうして、金髪の戦乙女に見惚れてしまっていたのか……それは自分でもわからなかった。




「さて……昼寝でもするか」


 疲れた時は寝るに限る。

 夜にまた一仕事しなければいけないとわかっていればなおさらだ。


 思考を止め、全身の力を抜く。

 いつもすぐに眠気がやってきて、あっという間に意識を手放せるはずなのに――



 ずっと、あの金髪の女性のことばかり考えてしまう。

 美しいと感じてしまう裸体、凜とした強さのある声――それを何度も思い返していた。


 

 僕は運命なんて信じない。

 この世界では、何か事あるごとに『これは決まっていたことだ』と諦めて受け入れるような言動を取る人が多い。


 でも、今日の僕は……なんとなく、この『運命』というヤツを少しだけわかったような気がした。

 知らないのに、ずっと待っていた。わかっていたような感覚。

 言葉にできないそれに、眠りにつく直前で理解し始めていた。


 

 


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