千葉正輝1

「秋山まりさんのことでお話を伺えませんか?」


 不愉快な笑みを浮かべた男が名刺を差し出しながら声をかけてきた。


 これで何度目だろうか。


 こいつらは皆週刊誌やゴシップ誌の記者で、戸籍上俺の娘であるまりの事件について俺の話を聞きたいと近づいてくるが、要は俺がまりとどんな関係だったのかを知りたいハイエナのようなやつらだった。


「話すことはありません」


 そう言って無視するのだが、必ず何かしら一言残していく。


「娘さんが死んだのに悲しそうじゃありませんね」


「死んだ娘さんのことをどう思っていますか?」


「自分だけ新しい家族と幸せに暮らしておいて、捨てた妻と娘のことはもう関係ないと切り離すんですか?」


 何を言われようと反応しない。


 前妻である秋山千歌とは同じ職場で知り合った。


 俺は正社員、あっちは派遣。


 千歌は清楚な顔をした美人で、彼女を見た時から欲しくなった。


 千歌を狙っている男は多かったが、彼女は鈍感で、その上恋愛経験が少なく、俺が分かりやすくアプローチすると次第に好意を見せるようになり付き合った。


 だが、付き合ってみると案外つまらない女で、家庭的ではあったが、その当時の俺には一切結婚願望がなかったため、結婚を期待する彼女のことを煩わしく感じ始め、別れを考え始めた時、妊娠が発覚した。


「結婚する気はない。堕ろしてほしい」


 子供を持った今ならばその言葉がどれほど冷酷で残忍な言葉だったのか分かるが、あの時の俺は何も感じずにそう告げた。


 千歌は大きな目から涙をボロボロ流して嫌だと首を振った。


「病院には付き合う。手術費も出す」


 そう言って強引に彼女を病院に連れていったのだが、俺がトイレに行っているうちに彼女は病院から逃げ出していた。


 病院内には幸せそうにお腹を膨らませた妊婦達がたくさんいて、その光景に耐えられなかったのだろうと今にして思えば分かるのだが、若かった俺は「約束を反故にした」という怒りしかなかった。


 千歌は住んでいたアパートに戻らず、俺からの連絡にも反応せず、会社も休み、一週間姿を見せなかった。


 やっと出勤してきた時は異様に顔色が悪く、周囲から心配されるほどだった。


 昼休み、彼女を呼び出そうと声をかけた時、目の前で気を失い、救急車が呼ばれる事態となり、救急車に同乗していった女性に彼女の妊娠がバレてしまい、俺との交際は会社も知っていたため、堕ろしてほしいと頼んでいるなんて言えるわけもなく、結婚する道を選んだ。


 千歌は臨月近くまで働いたが、その後仕事を辞めた。


 結婚してからの彼女は、家事に仕事にと頑張っていたのだが、あの当時の俺にはその姿すら俺へ媚びへつらっているようにしか見えず、とにかく不快で、彼女を受け入れようとはしなかった。


 その結果、まりが生まれても自分の子供だとは思えず、家にいるのも苦痛になり、密かに別に部屋を借りた。


 忙しいなどと理由付けをして週に二日ほどしか家には帰らず、小さなアパートで過ごすその時間だけが唯一寛げる時間になっていて、ますます俺達の間には溝が深まっていった。


 離婚を切り出したのは、もういいだろうという気持ちからだった。


 これだけ冷たくし、家庭をかんがみ無かったのだから、千歌も俺に愛想が尽きているだろうと思っていたのだ。


 だけどあいつは、離婚を切り出した俺の前で久しぶりに涙を流した。


 少しばかり罪悪感が湧き上がったが、それで絆されることもなく、俺達は離婚し、その後娘には一切会うことはなかった。


 離婚後一年した頃に今の妻と出会い、そこに来て初めて俺は「結婚してもいいかもしれない」と感じるようになった。


 千歌のような従順さはなかったが、過去に辛い恋をしていながら明るく前向きな性格に惹かれたのだ。


 佳恵にはバツイチであることは伝えたが、子供がいることは言えなかった。


 言わなくてもバレはしないだろうという気持ちがあった。


 付き合い始めてしばらくして彼女は妊娠し、俺達は籍を入れた。


 佳恵のお腹の中に双子の子供がいると分かった時はとにかく嬉しかった。


 まりの時は何の感情も湧かなかったのに、人が変わればこれほどまでに嬉しいものなのかと笑えるほど嬉しかった。


 と同時に、未だに払い続けている養育費が馬鹿らしくなり、千歌には何も告げずに支払いをやめた。


 それに気づいた千歌に呼び出され、結局慰謝料を払い続けるしかなくなった時は腹立たしかったが、月々三万円のローンを組んでいるんだと自分を納得させた。


 それからは千歌やまりのことを思い出すこともなく、俺は佳恵と築いた家庭で幸せに過ごしていた。


 あの事件が起きるまでは。


 最初はあの事件の被害者が自分の娘だということに全く気がつかなかった。


 正直に言えば、まりが何歳なのかもすっかり忘れていたし、まともに顔も見ていなかったため、成長した姿を見ても分からなかった。


 同じ名前の女の子が死んだんだとしか思わず、佳恵との間に生まれた娘がこんな目に遭ったら悲劇だな、と思っただけで、それ以上は何も感じなかった。


 しかしその後、会社に置いてある週刊誌を読んでいて、あの子がまりだと分かった時は驚いたが、それでも他人事で、俺には関係のない世界の出来事でしかなかった。


 千歌がどんなふうにまりを育てたのか、まりがどんな娘に成長したのか全く知らないし、週刊誌には悪意のある言葉が端々に書かれていて、まりはきっとそういう事件に巻き込まれてもおかしくない少女に成長したんだろうとだけ思った。


 ただ、このことで佳恵に子供の存在がバレてしまうことだけが怖く、いい加減話さなければいけないと思っていた時に、佳恵の方からそのことを聞かれた。


 その瞬間、心臓が止まるかと思ったが、これもいい機会だと感じ、俺は千歌とまりのことを話した。


 だが、それから佳恵の態度は前とは少し変わり、前のような明るい笑顔も減っていくのが目に見えて分かったため、焦りを感じ始めていた。


「あなたが、千歌さんやまりさんを置き去りにして幸せにしている間、千歌さんがどれほど苦労して一人でまりさんを育てていたのか、あなたはしっかりと知るべしよ」


 冷めた目で俺を見ながらそう言ってきた佳恵。


 目の前には佳恵が選んだのだろう週刊誌が何冊も積み上げられていた。

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