第17話:機械仕掛けのヌル

変身して力の上がった体で、一足に距離を詰める。

今にも瓦礫がれきに飲み込まれそうになっていた人の頭をかばい、頭上で大盾を掲げる。間一髪、瓦礫を防いで作業員を守ることができた。


「……間に合った!」

『ん、蒼真の反応速かった。ないすぶろっく』

「あはは……オリヴィアも、よくすぐに反応できたな」


アイコンタクトも無く、合図も名前をひと呼びしただけ。それでもオリヴィアとの意思疎通がしっかりと取れていたことが、素直に嬉しい。


<繝翫ル繝「繝弱ム!繝上う繧ク繝ァ繧ケ繝ォ!>


「おっと、喜んでもいられないな…」


助けた作業員を工業地帯の外側へ逃がしつつ、目の前で独特の言葉のようなものを発する機械を視界に捉える。大きさは膝下程度。元は採掘機の類なのか前方にはドリルがあり、タンクのような頭部の下には支えとなる脚のようなパーツが何本か伸びている。見た目はまるで、機械仕掛けの蜘蛛のようだ。


しかし、こちらへの“敵意”と接合部から出ている“真っ黒な何か”が、こいつらが決定的に機械ではないことを示している。


「こいつら……ヌルなのか?」

『ん、間違いない』

「ヌルって、あのデカい犬みたいな見た目だけだと思ってたんだけど、違うのか」

『ヌルは発生源になってる親玉次第で見た目が違う。今回は……機械を乗っ取ってるみたい』


ギチギチと鉄をすり合わせる嫌な音を鳴らして、機械蜘蛛型ヌルが俺たちを取り囲み始めた。


「まだ六華さんたちが来てないけど…」

『私たちでやるしかない』

「だなッ!!!」


ドリルを回転させながら飛びかかってきたヌルを盾で弾きながら、オリヴィアへ声を返す。ヌルが思った以上に吹っ飛んだところを見るに、一体ずつはそんなに強くなさそうだ。


しかし……そんな奴らでも、数が集まってくると脅威。騒ぎを聞きつけたのか、あるいは独自のコミュニケーション方法でもあるのか、視界の端々からゾロゾロと同じ形の機械蜘蛛型ヌルたちが出てくる。すでに数は30体に迫る勢いだ。


「うわ、やべ…」

『……いっぱいいる、気持ち悪い』


オリヴィアのズレた感想を聞き流しながら、考える。


(後ろにはまだ逃げてる最中の市民がいる。ジリジリ後退するにしても、増えていくこいつらをどうにかしながらじゃないと…)


そもそも逃げ場があるのか疑問だが、今はこいつらに対抗できる自分たちがどうにかしなくてはならない。ひとまず、武器の無い自分とオリヴィアができることは……


「徹底的に、弾くぞ!」

『ん!』


こちらの気合いを感じ取ったのか、ギチギチと音を鳴らしていたヌルの先頭が数体、一斉にこちらにドリルを向けながら突っ込んでくる。低い位置に構えた大盾を、すべてのヌルに当たるように、横に薙ぐ。


「ッ!!!」


ガツンッという衝撃と共に、硬い機体がまとめて弾き返されて後方へ。間髪入れず、次の一団が突っ込んできている。これも同様に弾きつつ、一歩後退。しかし「この調子で少しずつ下がって…」などと弱気の戦術をとっていたことを、すぐに後悔することになった。


次の一団はこちらへと走って来ながら、ドリルの隙間から細いワイヤーのようなものを吐き出してきた。金属製の糸が、脚や大盾を持つ腕に絡みついてくる。


「⁈ なんだこれ!」

『まるっきり蜘蛛。……さいあく』


オリヴィアは蜘蛛が嫌いなんだな…なんて吞気なセリフが一瞬頭をよぎったが、頭を振って忘れる。吐き出されたワイヤーに粘着性は無いが、とにかく簡単に振りほどけそうに無いほど、硬い!


「くそっ!千切れない!」

『まかせて』

「どうする気だ⁈」

『ふっとばす』


糸の絡まった俺たちに、ヌルがまとめて突っ込んでくる。先ほどまでより、明らかに数が多い。オリヴィアは左手の大盾を前方に構えるよう俺に言うと、ヌルが盾に衝突するタイミングを測って…


『防ぎ退けるっ!』


概念の発声と同時、大盾に込められたエネルギーを弾けさせて、たかってきたヌルたちを一斉に弾き飛ばした。目の前が一気に開け、身体に絡まっていたワイヤーも散り散りにほどけていく。


「……前も思ったけど」

『ん、なに?』

「オリヴィアって、意外と脳筋だよな」

『“大胆”って言って』


頬を膨らませるオリヴィアには、苦笑いを返しておいた。一息置いて、体制を整える。相手はとにかく数が多い。この数をただ盾で弾き返し続けるのは現実的ではない。


(かと言って、それ以外にできることも…)


思考が堂々巡りを始めそうになる。瞬間、オリヴィアが俺の中から声をかけてきた。


『ソーマ、もっと周りをよく見て』

「えっ?」

『私たちは今ふたりだけど、“ふたりだけ”じゃない』


その言葉に、後ろを振り返る。

労働者たちは逃げ出して、ずいぶんと数を減らしている。それでも、残っている人がまだ大勢いた。自分たちの働く場所の様子が気になるのか、あるいは戦っている俺たちの姿に呆気に取られているのか…。


「は、早く逃がさないと…」

『ソーマ、私たちはまだまだ。攻撃できる方法だって無い』

「……あぁ」

『だから、別に誰かに頼ったっていい。それは格好悪くも、恥ずかしくもない』


心のどこかで「俺たちが守らなければ」と思っていた。

——思い過ぎていた。

特異点としての力に目覚めて、自分探しをする俺にしかできないこと。

それに固執するあまり、視野が狭まっていたことに気が付かなかった。


(そうだ。……学校からオリヴィアと飛び出した時だって、そうだったじゃないか)


オリヴィアの手を借りて、千鶴とエレナに助けられて…。そうやって、あのボスだって倒した。今も「俺たちだけ」にこだわる必要なんかない。


目の前に相手にしているヌルは、特異点俺たちの専門分野だ。でも、それらが乗り移っているは?


「誰か、この機械たちを止める方法を知ってる奴はいないか!!!」


盾でヌルの攻撃から身を守りつつ、後方にいる労働者たちに呼びかける。自分たちが使っている機械のことだ。知っている者がいてもおかしくないはず。必死に声を張り上げて、一緒に戦ってくれる誰かを探す。


「なんでもいい! こいつらの攻撃は俺たちが防ぐ! どうにか止める方法を…」

「オラオラ!!! 野次馬してる野郎どもは退けッ!!!」


俺の声に割って入るように、労働者たちの列の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。その声に労働者が驚き、道を開ける。


「てめえら、機械どもを止めるぞ!!!」

「「「「「応ッ!」」」」」


その道を、アッシュと数人の少年たちが走り抜けてきた。手には銃のように構えた無骨な機械――確か、工事現場とかで釘を打ち込むのに使う、釘打機ネイラだ――を持っている。


「アッシュ! 助かった!!」

「てめえのためじゃねえ! これはそもそも俺らの問題だ」

「なら力を貸すから、あいつらを一緒に止めてくれ」

「言われなくても…っ!」


ガンッガンッ!!!


立て続けにアッシュが釘打機ネイラの引き金を引く。近くにいた機械蜘蛛型のヌルが、釘に撃ち抜かれて事切れた。隙間から黒い影が抜け出して、物陰へ消えていく。


(本体のヌルは倒せないか…! でも…)


「行くぞ、アッシュ! 反撃だ!!!」

「命令すんな!!!」

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