第14話:最悪の手口
駅から出て、人通りの多い街中を歩く。そこかしこで蒸気機関らしい機械が動き、真っ白な煙を吐き出す。こんな風景、昔どこかの漫画で見たような気がする。こういうのって、ジャンルに名前がついていた気がするけど、何だっただろうか?
「ん、スチームパンク」
「それだ!……よく俺の考えてること、わかったな」
「ふふ、ソーマは分かりやすいから」
商店街に入ると、大小さまざまな露店が軒を連ねる様子が見えてきた。露店商の男たちが荷物を持って通ったり、歯車に覆われた機械を回したりする傍ら、通りは活気に溢れている。あからさまに夜なのに、人の波は絶えない。火の灯るランプの明かりに照らされ、蒸気に包まれた街はまるで生きているかのようだ。
「……ねぇ、これ、可愛い」
オリヴィアが小さなアクセサリーを手に取り、こっちに見せてくる。
「お、良いじゃん」
「……ん、買って?」
「買わな……そもそも俺たち、この世界のお金持ってないよな」
目の前の露店の札には、見慣れない文字と記号が並んでいる。一部はかろうじて数字だと分かるが、通貨を表しているだろう記号は見たことが無いものだ。日本円でないことは間違いない。通貨の価値も、品物の相場も、さっぱり想像がつかない。
(世界線が違えば、通貨も違う。そりゃあ、そうだよな)
「……デートでプレゼントは基本。ソーマはその辺が分かってない」
「いじけてる場合か!参ったぞ、このままじゃ食事も宿も、ままならない」
その辺を気にせずこの世界に降り立ったのだが、六華さんたちにあらかじめ聞いておくべきだったと後悔する。そういえば…
「……オリヴィアって、俺と高校に通ってた間は、金どうしてたんだ?」
「円は持ってた。千鶴たちの世界とソーマの世界が近いから、同じ通貨だった」
「それにしても、ホテル代とか高いだろ」
「駅の近くにいると、声をかけてくる男の人がいっぱい居たの」
「?!」
それって……まさか。
「オリヴィア?!そういう男にくっついて行ってたんじゃないよな……?」
「……ふふ」
俺の青ざめた反応を面白がりつつ、オリヴィアはピースして言う。
「お金無いの、って言うと大体その場で出してくれるから貰って、ありがとうだけ言って逃げてた。脱兎」
「………なんて奴だ」
オリヴィアはとにかく美少女だ。それを悪用した最悪の手口である。男性たちも別に褒められたもんではないのだが、完全に騙し討ち。可哀そうに。
……そういえばこの子、めっちゃ足速いんだった。
「二度とやるなよ!」
「ん、別に無理やり盗ったわけじゃないし、おじさんたちニコニコしてたし」
「それでもダメ!」
「……わかった。ソーマがそう言うなら、やらない」
この
余談で遮られたが、問題が解決したわけではない。最優先は、通貨の確保。
「そうだ、何かを物々交換に出せば…」
期待を込めて隣を見るが、オリヴィアは空のポケットをひっくり返してひらひら、何も持っていないことを示してきた。かくいう俺も、特にこの世界には何も持ち込んでいないはず…。
ポケットを漁ってみて、チャリッと金属の感触にハッとする。
「キーケース!前の世界で使ってたやつだ」
「おうちのやつ?持ってきたんだ」
「いや、忘れて入ってただけってのが正しい。でも、鍵なんか売れないよな…」
留め金を外すと、家の鍵とか自転車の鍵とかが並んでいた。金属がありふれているこの世界では、大した価値が無いような気がする。
「これは?」
オリヴィアが指さしたのは、キーケースの角に付けてあったLEDライトだ。安い、非常用のやつ。
「これ100均のやつだぞ」
「あれ、みて」
LEDライトに向けていた指を、傍らの街灯に持っていく。いかにも熱を発していそうな、大きな電球のついたタイプ。透明なガラスの向こうに、赤熱したフィラメントが見えている。
「……そうか、この世界だとLEDライトなんて存在しない?」
「ん。しかもこのライト、ソーラーパネルで充電できるから、燃料要らず。買ってくれる人がいるかも」
これが存外に名案だった。いろいろな種類の商品を扱っている雑貨屋のような屋台に持って行って店主に見せると、たちまち目の色を変えて買取を申し出てきたのだ。オリヴィアが散々ライトの性能の良さを力説し、かなり粘って高額(多分)で売ることになった。
ひとまず、俺たちはこの世界で初めての現金を手に入れることに成功した。
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