第11話 着いたぞ!

 

 1993年8月13日、午前0時すぎ。


 風が少し強くなってきた。だけど、空にはもう雲がほとんど残っていない。


 オレたちは、柏木の森に向かって、ゆっくりとリヤカーを進めていた。


 街灯なんてない。周りは真っ暗。


 昼間に何度も練習したルートだけど、夜になるとまるで別の道に見えた。


慎吾「登り坂だ……よし、慎重にいこう。米俵じゃねぇからな!」


 道の傾斜はきつくない。でも、リヤカーにはセーラが乗っている。


 オレたちの大事な「仲間」だ。だから、絶対に転ばせるわけにはいかない。


 ぎし、ぎし、とリヤカーの音が、夜の森に吸い込まれていく。



☆   ☆   ☆


 しばらく進むと、木の陰から何かがぴょこんと現れた。


星良「あっ……あれ……!」


 ひょっこりと顔を出したのは、1匹のキツネだった。


大樹「うわっ、キツネだ!」


 オレンジ色の毛並み。小さな光の中で、つぶらな瞳が光っていた。


星良「かわいい……」


 セーラが声をひそめて言った。


充「ダメだ、近寄らせるな。エキノコックスがある。キタキツネは危険だ!」


慎吾「しっしっ!ほら、どっか行け!」


 キツネは少しこちらを見てから、また森の奥へと消えていった。


 そして、下り坂に差しかかった。


 ここは練習でも一番苦労した場所だった。


慎吾「よし、方向転換!リヤカー、後ろ向きで行くぞ!」


 シンゴとオレとミツルがリヤカーを後ろから支え、ダイキがブレーキ代わりに前で踏ん張る。


 だが——


大樹「っぐっ……!」


 急に傾いて、リヤカーが前のめりに走り出した。


 ダイキが全力で踏ん張って止めようとする。


 が——


大樹「ぐっ……いってぇ!……くそっ!」


 足を滑らせて転びそうになりながら、どうにかリヤカーを止めた。


慎吾「ごめん!だ、大丈夫かダイキ⁉︎」


大樹「大丈夫……でも足、ちょっと捻った。踏ん張りが効かないかも?」


充「了解、無理すんな。ダイキはサイドに回ってもらう。オレら3人で交代しながらメインハンドルをやろう!」


 シンゴが先頭に立ち、歯を食いしばりながらリヤカーを引く。


慎吾「……っっつあああ、重っ……!こんなに、きついのかよ……!」


流星「ダイキ……すげー、頑張ってたんだな……」


 顔中汗だらけになって、誰も余計なことは喋らなくなった。


 ただ、ひたすらに前へ。


 そのとき、毛布の中から声が聞こえた。

 


星良「……みんな! わたし歩くよ!」

 


 4人が、いっせいに叫んだ。

 


  「ダメだっ!」

 


慎吾「セーラに何かあるのだけは、絶対ダメだ!」


大樹「オレらは大丈夫だ。だから、セーラは乗ってろ!」


 セーラは黙って、ぎゅっと毛布を握った。


 あと少し、あと少しだけ——


 メインハンドルを交代しながら進んだ。


 だけど、キツかった。ほんとに。


 心も、体も、ヘトヘトだった。


 そんなときだった。


星良「……ごめんね、ごめんね。わたしが流れ星を見たいなんて言ったから……ほんとうに、ごめん……!」


 オレは、ぐっと歯をくいしばって叫んだ。


流星「セーラ! 謝らないで!」

 


 その声に、空気が震えた。

 


流星「ごめんじゃなくて……ありがとう!って言って!そしたら、オレたち、もっと頑張れるから!」


 少しの沈黙のあと——


星良「……うん。わかった」

 


 そして、少しかすれた声で叫んだ。

 


星良「ありがとう!シンゴくん、ダイキくん、ミツルくん、リューセー! ありがとう!」


 その瞬間——


慎吾「よっしゃー! 行くぞー!」


充「ラストスパートだ!」


大樹「やったろうぜ!」


流星「掛け声行くぞ! せーのっ!」

 


「ロクロク・レモネーズ‼︎」


 

「おー‼︎」

 


 足はまだ痛かった。腕はしびれてた。


 だけど、力が沸いてきた。


 みんなの顔が、ちょっと笑ってた。


 そして、ついに——


 前方に、小さな光が見えた。


 街灯が1本だけ、ポツンと立ってる。


 そこが、柏木地区レクリエーション施設。


 目的地だった。


 オレたちは、ゆっくりと歩を進め——

 

 そして、ついに、到着した。


 誰かが、ふぅ、と長い息をついた。




☆   ☆   ☆


 午前1時30分


木々のトンネルを抜けて、ぽっかりと空が開けていた。


 空を見上げると——


 信じられないほどの星が、広がっていた。


 その星空の下で、セーラがつぶやいた。


星良「……着いたんだね」


 オレはうなずいた。そして、


流星「着いたぞ〜!」



 テスト走行よりも30分くらい遅れたけど、なんとか予定時間には間に合った。


 星たちは、今にもこぼれ落ちそうだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る