ASMR系VTuberとの共同生活は耳が幸せすぎて大変ですっ!?

とき兎

プロローグ

「あの……今なんて言いました?」


「はい。ですから、麻宮あさみや様なら、こちらの物件の条件にピッタリなんですっ!」


「は、はあ…………」


 僕こと麻宮絃世あさみやいとせは、今年の春から一年遅れで大学生なる。


 しかし、志望大学に合格したことが嬉しすぎて、肝心な部屋探しのことをすっかり忘れていた。


 急いで新幹線に飛び乗り上京してきた僕は、姉貴から紹介された不動産屋さんに来ているところだ。

 女性の担当者さんに希望条件を伝えるも、部屋探しに出遅れた僕が選べるほどの物件が残っているはずもなく…………。


 そんな僕を見かねた担当者さんが、とんでもない話を持ち出してきたところである。


「こちらの物件ですが、オーナー様の意向で、ルームシェアでの賃貸契約になってまして、すでにお一人のお客様が入居希望されております。あとはもう一人の入居希望者様が出れば、即入居可能なんですっ!」


「はあ…………」


 そう言われても僕は気の抜けた返事しかできなかった。


 なぜならこの物件は――


「いかがですか? 麻宮様の希望条件でもある、四月から通われる大学からも近いですし、交通機関にもアクセスしやすく、近隣にはお買い物にも便利なショッピングモールまでありますよっ!」


「ええっと…………確かに僕の希望条件に合う物件ではありますが、さすがにこの物件は、その、なんと言うか――」


「大丈夫ですっ! 何も心配することはありません! いまどき学生様がでルームシェアとか全然気になりませんからっ!」


 いやいやっ! 全然気にするでしょっ!? 

 なんて物件を紹介してくるんだこの人っ!? 

 どこにタワーマンションでルームシェアする苦学生がいるんですかっ!?


「こ……こういう物件って、お金持ちの人が住むんじゃないんですか? ルームシェアとはいえ、ひと月分の家賃さえ払えるわけないですよ……」


 ルームシェアである以上、同居人同士で家賃は折半になっているはず。

 だとしても、物件はタワーマンション。しかも最上階らしい。そんな物件の家賃なんて最低でも四、五十万くらいが相場だろう。


 すでに入居希望者がいるみたいだが、その人と折半となるとしても、二十万以上は払うことになる。今年から大学生の僕にそんな財力があるわけがない。


「そうですね。たしかにこんな三月もギリギリでお部屋探ししてるなんて、最初は、この方、正気か? って、鼻で笑っちゃいましたよ~。地元との物価の違いで、めまいを起こしそうな学生様がお支払いできるような家賃ではありませんよね、あははっ」


 ……え、待って……?

 いま僕、めちゃくちゃ貶されてね?


「ですがっ! 先ほどもお伝えした通り麻宮様にピッタリな理由があるんです! 実はこちらの物件、ルームシェア以外にもう一つ条件があるんですよ!」


「もう一つの条件、ですか……?」


「はいっ! 最初にお伝えしたルームシェアはオーナー様からの条件なんですが、もう一つは、すでに入居を希望している方からの条件なんです」


「えっ?」


 オーナーではなく、ましてや既に住んでいる住人でもない人が、入居条件を提示することが可能なのだろうか?


 いや、もしかしたら可能なのかもしれない。

 それはつまり、すでに入居を希望している人が女性の場合だ。

 そうだとすれば、同じ屋根の下で暮らす相手は女性だけに絞りたいだろう。


「条件というのはズバリ! ネット界隈に、ですっ!」


「……………………は?」


 僕は担当者さんが何を言ったのか理解することができず、口をあんぐりするしかなかった。


 ネットって、インターネットのことだよな?

 それについて疎いってどういう意味だ……?


「なので、麻宮様がピッタリなんです!」


「えーっと、まったく理解できないんですが…………?」


「え? 麻宮様。もう一度確認しますけど、スマホ……持ってないんですよね?」


「え? あ、はい……」


 担当者さんが言う通り僕はパソコンはもちろん、スマホすら持っていない。

 別に持っていなくたって不便に感じたことはないから、今まで持ちたいという欲がなかった。


 地元では学校と自宅の往復だけ。部活には入らず、代わりに祖父が開いていた道場に通って体を鍛えていた。


 何か調べたいことがあったとしても、家の近所に図書館があったので、そこで知りたい情報を手に入れることができた。


 強いて言えば、学校での友人関係がうまく築けなかったことくらいかな。


「ネット社会の昨今、スマホの一台も持っていない人なんて滅多にいません。そんな世の中に、スマホすらお持ちではなく、今日までほとんどインターネットの世界を知らず平気な顔して生きている人なんて、原始人か麻宮様くらいです! まさに絶滅危惧種ですよっ!」


 そろそろ怒っていいような気もするが、僕ももう子供ではない。

 とりあえず今は聞き流しておこう。


「麻宮様っ……!」


 急に、担当者さんが僕の手をバシッと握ってきた。


「は、はいっ!?」



 目を潤ませた担当者さんが興奮気味で捲し立ててくる。


「もう一人の入居希望者様が、提示している条件に合う方がなかなか見つからず困っていたんですが、まさか麻宮様のような人がこの世に生き残っていたなんて奇跡ですっ……! 麻宮様はまさに救世主ですっ! 生きててくれてありがとうございますっ!」


 一筋の光を見出したような目で僕を見つめてくるのはやめてください……。

 あと、絶滅危惧種なのか、救世主なのか、どっちかにしてほしいんですけど……。

 ……いや、どっちも嫌なんだけども。


 まあ確かに、学校に行けばみんなスマホを片手に何やら楽しげに話していた気がする。 僕からしたら、友達と会話しているのか、スマホに話しかけているのかわからない状況に見えていた。


 高校まで、まるで空気みたいな扱いをされていた僕が、スマホを持っていないだけで、こんなにも喜ばれる日が来るとは思いもしなかったよ。


 しかし、だ。


 このままの勢いに流されて払えるはずもない家賃を背負わされないよう、ちゃんと断らなくては。


「すみません、やっぱり僕には――」


「それでは早速内見のご予約しますねっ!」


「え? あ、ちょっと……!?」


「あ、もしもし? 最短で内見したいのですが――」


 僕の返事も待たず、担当者さんは嬉々としてどこかへ電話をし始め、どんどん話を進めていく。


「麻宮様。どうやら明日、もう一人の入居希望者様も内見に来られるそうです! ぜひ、ご一緒にどうですか?」


 受話器を手で押さえ、僕に話を振ってきた担当者さんの目は爛々と輝いている。


「えっと……じゃ、じゃあ……お願い、します…………」


「わっかりましたー! もしもし? こちらもOKですので、明日、よろしくお願いします!」


 僕のバカ! どうして断り切れないんだよっ!




      ◇




 気づけば日も暮れ始めていて、町中から眩い光が灯り始める。もしかして昼間よりも明るいのではと錯覚させられるほど明るい。


 ネオンの光に照らされ、自分の影がより一層濃くなるのを見ていると、地元との違いをさらに感じさせられた。


 不動産を後にした僕は、人目を気にすることなく、大きなため息をつく。


「はあぁぁぁ~~」


 不動産屋さんを出るとき、あの担当者さんに何度も頭を下げられた。

 あんなにも担当者さんが嬉しそうにしているところを見てたら、なんだか余計に断りづらくなってしまった。


 いや……いま思えば、もしかしたら、あれも一つの営業力なのかもしれない。


 とはいえ、まだ断るチャンスはある。

 明日は内見に行くだけで、まだ契約書にサインしたわけではないのだから。


 今後住むことなんてないタワマンを内見させてもらって、最後にはちゃんとお断りをしよう。


 僕はそう心に誓った。


 歩いていると、駅前の大きな交差点に差し掛かり、信号待ちのため立ち止まる。

 僕の視線は無意識に、正面のビルに設置されている大型モニターに吸い寄せられていた。


 そこでは、様々なCMの動画が数秒ごとに流れている。


 きれいな女性が新商品の化粧品をアピールする広告動画が終わり、次の広告動画に切り替わる。


 すると、見たことないアニメキャラクターの女の子が登場した。


 背景には、船の甲板から見える海が広がっている。


 バストアップで映し出されているのは、銀髪の少女。

 白を基調とした軍服に、同じ色の帽子を被っている。

 クールな雰囲気を纏い、その手には、新発売の清涼飲料水。


 どこかで聴いたことあるような、爽やかで甘酸っぱい青春ソングに合わせて、銀髪少女が体を揺らす。


 キャップを開ける音と同時に、吐息が漏れる。

 銀髪少女が一口飲み、ごくっと喉を鳴らす。


 飲み物を飲むという一連の流れの中で発せられる音のはずが、なぜか妙に艶めかしく聴こえた。


 銀髪の少女が吐息交じりに一息つく。

 目を細めて小さく微笑み、そして、カメラ目線。


星海そらシーナも、大好き』


 その一言を最後に、次の広告動画に切り替わった。


 画面いっぱいに映し出されていた銀髪少女の表情に、僕は心惹かれそうになっていた。


 高校生の頃、ああいう感じのアニメとかマンガが好きな同級生がいた気がする。

 きっと、彼らもこういう気持ちだったのかもしれない。


 世の中には、まだまだ僕の知らないことがたくさんあるんだな。

 また新たに学びを得た気分――


 ププーーーーーーッ!


「うわっ!?」


 横断歩道を渡ろうとしたら、右から走ってきたトラックにクラクションを鳴らされてしまった。


「やべっ……赤信号…………」


 どうやら僕は青信号に変わっていたことにも気付かず、夢中で画面の中の銀髪少女を見ていたらしい。


「はあ……。こんな調子でやっていけるんだろうか……」


 僕の小さなつぶやきは、背の高いビルが立ち並ぶ街の喧騒にかき消されていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る