17.難関テイムっ!
『ところでショコラくん!』
『ふぁ、ふぁい!?』
『ナルコレプシー、って知ってるかな』
『は、はい……概要だけは……』
ナルコレプシー──明確な原因が不明の睡眠障害の一つ。
日中に通常ではありえない場面で眠ってしまったり、大きなリアクションをしたのちに突然として力が抜けてしまう。
日本人の600人に1人が羅患しているかもと、決して珍しいものではないものだけど……。
『あっ、確か初めて会ったあの時、菊池先輩が先に喋らなくなったのって……』
ワードデザートにて、菊池先輩がゲームオーバーになったから、同じ部屋にいる紫尾先輩のスマホのマイクに変えて喋っていたと思っていた。
確かにそうなんだろうけど、菊池先輩の性格上、紫尾先輩のスマホからも話しかけ続けていただろうに、彼の声は一つも聞こえてこなかった。
それってつまり、リアルの菊池先輩が突如眠ってしまったから、紫尾先輩がそう対応せざるを得なかったんじゃ……!?
『さすがは学年一位の頭脳だ。覚えも良ければ推測力も高い。その通りだよ。珍しくもないらしいが、僕は珍しくも普通の生活が送れないくらい重度でね。高校生になってからは、特に酷くなった。たとえば階段を下りている時に寝てしまい、危うく死にかけたな! はっはっはー!』
『笑い事ですかね……!?』
『あぁ。笑ってないと辛くなるからね』
聴こえる声も、カッコいいアバターも笑っているようだけど、心の底ではどこか沈んでいるように感じた。
でもそれは病気についてでも、学校に行けないことでもない。
『両親を交通事故で亡くしているんだ。それからだね、オレがこうなったのは。親戚もいないから天涯孤独の身。オレにふさわしい称号だ。だが、友理菜はそんなオレを心配して世話する内に、彼女も高校に行かなくなってしまった。世話好きにも度がある。あぁ、これは笑えないな』
それからも菊池先輩は事情を話してくれた。
両親が加入していた死亡保険のお陰で現状の生活は問題ないけれど、大学進学は目指さず病状が軽くなるまでこの先バイトで生き繋ごうとしていたこと。
家族ぐるみで仲良かったから、紫尾先輩のご両親も事情を理解した上で娘さんをブルアカに転入させたこと。
気にかけてくれてはいるけど、どちらも多忙すぎて看病は紫尾先輩一人に任せきりになっていること。
『あいつは優しすぎる。オレが寝て迷惑かけた時もオレの代わりに謝ってる。男として幼馴染としても頼ってばかりじゃいられない。友理菜にはもっと好きにいてほしいんだよ』
『で、でも菊池先輩は……』
『一人で外に出なければオレは大丈夫だ! それにオレも何もしていないわけではない。治療を続けていけば、いずれは日常生活は送れるようにはなる。だから、何一つとして悲観することはない』
『な、なるほど、です……けれど、どうしてわたしにこの話を……わたしが何かできることなんて……』
『オレの見る目に間違いはない。君は、誰とでも仲良くなれる才能がある』
『えぇっ!? 万年ぼっちのわたしがですかっ!?』
『あぁそうだ。あの気の強い魔獣を手懐けただけあるしな』
『ま、魔獣……? えっとぉ、わたしゲーム下手で、モンスターをテイムしたことなくて……』
『あぁ、ショコラちゃんのことだ。ウサギの方のな』
急に冷静に突っ込まれて、何だかわたしの方が恥ずかしくなってしまった。
『友理菜もなかなか手強いがな。ぜひともあいつと仲良くなってほしい』
『そっ、そりゃ仲良くさせてもらえるなら、嬉しいですけど。で、できますかね……』
『確かに友理菜はオレのことが好きすぎてオレのことしか考えてはいないが!』
『ふぇぇ!?』
『だがショコラくんなら大丈夫だ。友理菜にはもっと選択肢を広げてほしい。ただそれだけだ』
温かく包み込んでくれるような柔らかい声で、彼は願った。
紫尾先輩も菊池先輩を気遣って色々とお世話をしてくれているように、菊池先輩だって紫尾先輩のことを想っている。
『わっ、かりました……わたしにできること、が、頑張ります……』
『あぁ、よろしく頼む。さて、オレたちが住むマンションは小学校と道路を挟んだところにある──』
全幅の信頼を置かれているけど、励まされてもなお自信が湧かない。
別に断れないから依頼を受けたわけではない、わたしだって何かしてあげられることがあったらしたい。
でも、この難あるコミュ力のせいで、友達がほとんど作れなかったリアル学生時代。
そんなわたしが、最難関って幼馴染が言っている紫尾先輩と仲良くなんてできるの……? しかも先輩だよ??
『ぇ、ぇと……』
『まぁ言いたいことは分かる。自信も経験もないから何からしたらいいか分からないと!』
『は、はぃ……』
『仕方ない。友理菜は本当にオレのこと好きすぎるからな! オレと離れたくない気持ちは非常に分かる』
惚気られてるのかな……?
『あ、はぃ……』と返事するしかないけれど、菊池先輩はペラペラと語り出した。
『あいつのオレ好き伝説は昔からたくさんある。幼稚園ではオレと離すと泣くからって先生の間で一緒にするようにお達しがされていた。小学生の時には周りからカップル〜とちょっかいをかけて来たやつを友理菜が全員ボコボコにした』
えぇ!? 紫尾先輩強すぎるし怖すぎない!?
よく菊池先輩もやられている印象あるけど、た、タフなんだなぁ……。
『中学生の時はだな、オレは当然モテたわけだが、度ある告白現場に友理菜が来ては、オレの魅力を語って相手を黙らせたことがあった』
菊池先輩は相変わらず自信がたっぷりだなぁ。
でも聞いていて気持ちがいいくらいだ。
『──罵詈雑言の間違いでしょ? もう一度ここで語ってやろうか?』
菊池先輩のボイスチャットから聴こえる別の声。
紫尾先輩がお風呂から戻ってきたみたいだ……!
『おぉ、戻ったか』
『あゎゎ、ごご、ごめんなさい!!』
『なに謝ってんの? 別に悪いことしてないでしょ。むしろこっちこそ、こんなのに付き合わせてごめんね』
わたしは首を横に振るモーションを一生懸命に連打した。
『つーか、なに後輩口説いてんの? キショいんだけど』
『なんだ嫉妬かー? さすがはオレのこと好きすぎるだけあるか!』
『うっさい。ったく、そのテンション他の人には迷惑なんだからさ。私だけにしときなさいよ、私なら慣れてるから我慢できるし』
……おやおや?
全く姿は見えないけれど、頬を膨らませて髪の毛をイジる紫尾先輩が見える! 気がする!
あと、『ほらな?』って言いたげな菊池先輩まで一緒に見える!!
『じゃ、じゃあー、お、おやすみなさい! また明日!』と、わたしは二人の邪魔をしちゃいけないと思って、『あ、うん。……明日、土曜じゃない?』の紫尾先輩の返事が終わる前に電話を切った。
わたしに何ができるかは分からない。
別に救うなんて思ってもないけど、紫尾先輩と仲良くなれたらなぁ……くらいに思っていた。
でももうすぐ夏休みか……休暇期間のブルアカ
うーん、なら直接会ってみる? でも、それでどうやったら仲良くなれる?
仲良くなることといえば……うーん、うーーん……。
◇ ◇ ◇
「今は大丈夫そ? 病院行ける?」
「ああ、薬も効いてる」
「そ」
ピンポーンと静かな部屋に響く。
「誰か来たようだな」
「待ってて、私が出る。──はい」
『ぅぁ、あの……! き、来ました……ショコラです!』
「ショコラ? あなたが……で、何しに来たの……?」
「えっとぉ、あの……うぉ、ぅお泊まり会しませんかっ!?」
「……はぁ?」
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