BURNOUT
羚傭
Section.1
烟る夜雨に紫煙が滲む。梅雨の湿気を吸ってくたびれた煙草はなんとなく不味い。客もレジ打ちも誰も居ない丑三ツ時、コンビニの外に据えられている灰皿の前で、
「禁煙すっかな……」
「それ聞くの今年に入って6回目ですよ。毎月1回言わなきゃ気が済まないんです?」
「一々数えるなよ」
ため息に煙が混ざって目の前が曇った。小言がうるさい相棒は降り頻る雨に打たれたまま、じっとこちらを見上げている。
「煙草のないアナタは想像できませんね。死んでも地獄で煙草を吸っていそうですし。おかげでワタシにもヤニの匂いが染み付いて不快です」
そう言って不満気に低い唸りを上げるのは1台の真っ黒なスポーツカー。特徴的な四つの丸いヘッドライトとボンネットに開いたダクト。どっしりとした低い車高は精悍さを湛えている。
車体自体は古く細かな傷や凹みはあるものの、コーティングの行き届いた漆黒のボディは世に出てから30年以上の経年など感じさせない。雨粒を弾いて店内の光を細かく反射する姿に自然と目を奪われる。
「人を当たり前のように地獄送りにすんじゃねえよ。こんな仕事、吸わなきゃやってられんだろ」
静かにアイドリングする相棒の佇まいに見惚れていると、車内に積んでいる無線からノイズ混じりの男の声が流れ出した。パワーウィンドウが静かに降りて無線の声が少し鮮明に聞こえる。
『……こちら
一拍おいて若い女性の声。
〈――こちら西部管轄。対応にあたります、どうぞ〉
『怪異の特定もできていない状況だ。十分に警戒するように』
〈西部管轄、了解〉
ザザ、とノイズを吐いて無線が沈黙した。鬼瀬と愛車の間に妙な間が落ちる。
煙草を灰皿に押し付けてスマホをジャケットの胸ポケットにしまい込む鬼瀬の表情は、どこか置き去りにされたような曇りを帯びていた。しかしそれも一瞬で、咳払いと共に曇りを追い払うと、何かを企むように小さく口角を上げる。
「さぁ、て……」
「嬉々として横槍を入れに行くぞって顔してますね」
「人聞きの悪いこと言うなよ。先輩として、後輩の負担を減らしてやるんだよ」
「普段あまりにも本部に帰ってこないから、幽霊社員って呼ばれてるアナタに後輩もへったくれもないでしょう」
「物腰柔らかくすれば悪口言って良いってワケじゃねぇんだぞ」
「何のことですか?」
「お前な……」
鬼瀬の小言を完全に無視して、そんな事より、と話題が立ち戻る。
「もう少し若手を信頼しても良いんじゃないですか?」
「俺のホームコースを下っ端に任せられるかよ。それに、どうもさっきから山に“呼ばれてる”気がするんだ」
鬼瀬はもう一度煙草を咥えた。オイルライターで火をつけ、空っぽの中身を満たすように、深く、深く息を吸い込む。
ニコチンでも収まらない妙な焦りに苛立って鬼瀬は首を傾げる。何か心の深いところで小さな火種が燻っているような。落ち着かないまま吸いかけの煙草を灰皿に落とし、鬼瀬は相棒のドアを開けて運転席に乗り込んだ。
「さてと。行くぞ、セリカちゃん」
「ちゃん付けはやめてくださいといつも言っています」
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