Fragments
禍々。
プロローグ
第1話
「ちょっと静かにして! 今世界平和祈ってるんだから集中させてよ」
カシャンッ。コッキングの音をかき消さんばかりに蝉が鳴き喚いている。世界平和ねぇ...。頬の内側が透けて見えそうなほど透明感のある肌。少し癖のある髪の毛が、風に煽られて瑞々しい細胞を撫でてゆく。じっと狙いを澄ませる美しい横顔に思わず見惚れていると、突然この娘は発砲した。ドンッという重い音とサイレンサーでも抑えきれない空気を割く鋭い音が耳の奥で反響する。
「うおっ...」
「にゃはっ! 何回目だよ、早く慣れなよ」
終わったよー、と無線の向こうへ報告する少女のあまりにも爽やかすぎる顔。人を殺ったとは到底思えない。十字架でもかざせば苦痛に歪んでくれるのだろうか。
「何ぼーっとしてんの! ご飯食べに行くんでしょ」
今日はなぜだか頭が回らない。久々の暑さのせいか時差ボケのせいか、はたまた異国の安い【焦脳抑制剤】のせいか。やはり自前で用意してくるべきだった。
「ねぇまだなのー? 早くしないと、勝手に食べに行っちゃうよ?」
逃げられないようにと、俺たちを結びつける鎖。少女はいつの間にやら片付けていた愛銃を背負い、見せつけるようにチャラチャラと音を立てて鎖を弄んでいる。彼女がその気になればこんな細い鎖など簡単に引きちぎられてしまいそうだ。
「そうだな、何が食べたい?」
「らーめん! やっぱ本場モンを食べたいっしょ!」
「わかった、いい店がある。」
「ひゅーっ! さすがだよ〜。」
反重力の鎖が風で微かに流されていく。超軽量の鎖は、金属にはまるで見えない。少女は漂う鎖に見向きもせず真っ直ぐに俺の背後に回り込み、車椅子を力強く押して歩き出した。期待に溢れた彼女の足取りに、自然と俺の口角は上がる。いかに言えどもまだ少女なのだと、ふとした時に気付かされる。
「ジャパンってさ、あんたの母国なんでしょ?どんなとこか教えてよ。」
「ん、そうだな...。いや、お前に話すにはまだ早い。」
「えーーなんでよ。なんで教えてくれないのよ。」
「...どうでもいいけどピース、お前さっきからずっと語尾揃えて話してるだろ?」
にゃはっ、と聞き慣れた笑い声が脳に響く。
「ばれちったかー、さすがあたしの相棒ケイク! かっこいいねぇ。」
6km先からカラスが2羽、工場地帯を避けこちらへ飛んできている。頸椎に伝わった振動で次の【焦脳抑制剤】が稼働し始めたことに気が付く。この程度の獲音で小一時間もたないとは粗悪品をつかまされたようだ。【獲音機】の電源を切ると背後から楽し気な鼻歌が聞こえ出した。
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