失うために産まれる。
最初に断っておく。
これは――捏造だ。
正確には、私が作り話として記憶している誰かの人生であり、
それはたぶん私自身のことではない。
……と思いたいだけかもしれない。
彼は、奇妙な生まれ方をした。
そう、失うために産まれてきたのだと、周囲は噂した。
最初に彼が失ったのは母だった。
次に失ったのは声だった。
その次に、家族、友人、名前、右目、右足、
そして“信じる”ということを失った。
だがこれは、話を面白くするための脚色だ。
本当は彼の母は存命だったし、名前もあった。ただ、彼がそれを必要としなかった。
誰からも呼ばれずに生きるほうが、楽だったから。
「どうせまた、失うことになる」
そう彼は言った。
だがそれも、私の脳内で何百回と繰り返された台詞の捏造にすぎない。
彼が本当にそんなことを言ったかどうかなんて、今さら分からないのだ。
彼は哲学者になった。
と言っても、大学には行っていない。
紙も使わない。机も持っていない。
ただ、夜のベンチに座って、誰も聞いていない哲学を呟く人間になっただけだった。
ある夜、彼は言った。
「人は“得る”ことを愛している。だから“失う”ことに意味がある。
意味とは“苦しみ”であり、苦しみとは“輪郭”である。
つまり、“輪郭ある人生”が欲しいなら、失い続けるしかない」
その理屈は、理解しがたかった。
が、それを記憶している私は、なぜか腑に落ちている。
理由は分からない。
でもたぶん、それは――私の体験談だからだ。
……いや、ちがう。
たぶん、それも捏造だ。
ある時、彼は“幸福”を試した。
拾った猫に名前をつけ、
拾ったレコードで音楽をかけ、
拾った人間と一緒に暮らした。
3週間だけ。
そのあと、猫は死に、レコードは割れ、人は出ていった。
彼はまたひとりになった。
……でも、それらが存在していた証拠は何一つない。
彼が書いた日記も、写真も、痕跡も残っていない。
だからこれは、私の“都合のいい悲劇”として書き加えた物語だ。
捏造である。
誰かが、彼に訊いた。
「あなたの人生、意味ありますか?」
彼は、しばらく考えて、こう答えた。
「意味があるなら、失ってもかまわない。
意味がないなら、そもそも失わない」
「それって矛盾してない?」
「そう、だから生きてる」
その矛盾が、人間であり、物語であり、
そして哲学であると、彼は思っていた。
……たぶん。
――いや、これも私が勝手にでっちあげた言葉だ。
そして、ある日。
彼は突然、「自分は物語の登場人物だ」と言い出した。
「僕を読んでる人間がいる。
誰かが、僕の生き方を“描いている”。
だから僕は、失うことを恐れない。だって、それすら予定調和なんだから」
私には、それが他人事に聞こえなかった。
不思議と、彼のセリフが内側から聞こえてくるような感覚があった。
それから数年、私は彼のことを調べ続けた。
だが、彼に関する情報は一切、存在しなかった。
戸籍も、住所も、SNSも、墓も、記録もない。
ならば――
この“彼”とは誰だったのか?
私が創り上げた空想の人物か?
それとも、忘れてしまった私自身なのか?
いや、そもそも、ここまで語ってきた“私”とは誰なのか?
もう一度、最初に戻ろう。
これは――捏造だ。
正確には、あなたが作り話として記憶している“誰かの人生”であり、
それはたぶんあなた自身のことではない。
……と思いたいだけかもしれない。
そして、今あなたは――
この物語を読んでいる。
そう、語り部はあなただったのだ。
いつからか?
分からない。
この文章のどこから“君”がいたのか、私にも分からない。
だが確かに、あなたはこの話を“思い出して”いた。
最後に、一言だけ。
これは私のものではない。
これは、誰かの夢であり、あなたの現実かもしれない。
そして、
彼がこう呟いただろう。
「知りたくないから作り続けている。彼も、君も。…それから俺も。」
――さあ、続きを。
また、捏造から始めよう。
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