異世界美容院『Angeli』

イタズ

第1話 序章

軽快なBGMが店内に響き渡っていた。

アコーディオン中心の旋律が、躍り出しそうなリズムを醸し出している。

耳を傾けると思わず踊り出しそうになる。

とてもが心地よい。


それに負けじと活気に溢れた声が店内に木霊する。

元気な掛け声がお店の中に響いていた。

よく見るとその中心に一人の男性がいる。


「ジョニー店長、仕上げお願いします!」


「了解!直ぐ行くよ!」

ハサミを腰にぶら下げた男性が、カット台に座る女性に声を掛けながら髪に触れる。

視線は髪に向けているが、神経はお店全体に張り巡らされいる。

集中力が半端ない。

集中と俯瞰を同時に扱ってるようなそんな節があった。

随分と手つきが慣れている。

その様から熟練の美容師であると窺い知る事が出来た。

こう言っては失礼だが、それなりのイケメンだ。

店長と呼ばれていることから、この男性が責任者であるのだろう。


そしてお店全体を見て見ると、この男性を中心にコントロールされている趣きがあった。

手にしているのは散髪用のハサミとコーム櫛ではあるが、それはまるでオーケストラの指揮者がタクトを握っている様にも見える。

お店がまるでオーケストラを奏でている様な、そんな全体感を有していた。

この男性によって、お店のスタッフだけでは無く。

お客もペースを握られている雰囲気があった。

うっとりする様な優雅な時間が流れている。

それをこのお店にいる全員が楽しんでいる様に見受けられた。


「うん、もうちょっと空こうかな・・・」

ジョニー店長と呼ばれた男性が呟く。


「店長さん、空くって何ですか?」

お客であろう女性がジョニー店長に尋ねていた。

空くが気になったらしい。


「空くってのは、毛先を軽く見せるようにするってことですよ。その方が自然な仕上がりになりますからね」

そう簡素に答えていた。


「へえー、そうなんですね。流石は評判の美容師さんですね」

満足そうな表情を浮かべて女性が頷く。


「私は評判なんですか?」

ジョニー店長は本当は分かっているのだろう。

少しとぼけた表情をしていた。

意図的なのは否めない。

この少しばかりの遠慮が大人の嗜みだとでも言いたげだ。


「それはもう評判ですよ!この店に行けば、髪が綺麗になるだけじゃなくて、髪形も自分に合った髪形にしてくれるし、化粧の相談にも乗ってくれるって、街中の女性の話題の中心になってますわよ」

声高に答えるお客の女性。


「そうですか?ありがとうございます」

そう返事しつつもジョニー店長は手を動かし続けている。

ハサミとコーム櫛が一定のリズムで動いていた。

リズム感が心地よい。

一定のリズムが眠気を誘う様でもあった。

現にカットを受けている女性は目がトロンと解けている。

随分と気持ちよさげだ。


ジョニー店長はスタッフであろう女性に声を掛ける。

目線はお客の髪からは離れてはいない。

真っすぐに集中力はお客の髪に向けられている。


「そちらのお客さんのブローをお願いしてもいいかな?」

ジョニー店長は視線を外すことは無かった。


「はい!」

女性のスタッフが元気よく返事を返している。


髪を切り終えたジョニー店長が、カットクロスに着いた髪を払い。

「お疲れ様でした!」

お客の女性に声をかけていた。

とても爽やかな笑顔を添えて。

実に好感が持てる。


「「「お疲れ様でした!」」」

一拍遅れて、女性スタッフ達の元気な声が響き渡る。

お客の女性は満足そうな表情でカット台から降りると、受付カウンターへと向かう。


「そうだった!シャンプーとやらも貰えるかしら?」


「ありがとうございます」

受付の赤髪のスタッフがカウンター後ろにあるシャンプーを手に取り、お客に手渡す。

手渡されたシャンプーを繁々と眺めるお客の女性。

ウンウンと満足そうに頷いている。

これだよと意味ありげに微笑んでいた。


それを良かったと受け止めながら、赤髪の受付のスタッフが使い方を教えた後に、

「カット料金とトリートメントで合わせて銀貨80枚になります」

料金を請求していた。

接客が板に付いている。

熟練の趣きすらも感じる。


「銀貨80枚ね」

何てこと無いとゆとりの表情のお客は、財布から金貨を取り出すと、受付の赤髪のスタッフに手渡す。


「お釣りは銀貨20枚になります」

そう言いながら赤髪のスタッフはレジを打ち込んでいる。

レジのキャッシャーが開き、お釣りの銀貨が手渡された。


「じゃあまた来ますね。ジョニー店長またね!」

気軽にお客の女性は手を振っている。


それを背中で感じながら、

「ありがとうございます!」


「ではまた!」


「お待ちしております!」

スタッフ達が声を返していた。

お客が軽く会釈をしてお店を去っていく。

その表情はウキウキとしていた。

この世の春を我物としたかの様に。

大きな満足と大きな自己肯定感を胸に秘めて。


「「「ありがとうございました!」」」

声を返すスタッフの、大きな声が響き渡っていた。

お店には活気で溢れていた。

でもこれは日常。

このお店にとってはありふれた光景。


異世界美容院『Angeli』は本日も大盛況だ。


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