第15話 咲子の愛読書
食事をしながら、行正は、まだ悩んでいた。
悩みながらも、ちょっと妻、咲子に話しかけてみる。
「ところで、お前は昼間、なにをしているんだ?」
「はあ、いろいろ。
えーと、本など読んでいます」
なにかいろいろ含みのある口調だったから、なんかしょうもないことをいろいろしてるんだろうなと思う。
ほんとうにこの妻は、顔を見ているだけで、考えていることがわかる。
「どんな本を読んでいるんだ?」
えっ? と咲子は驚いた顔をする。
私になど興味ないでしょうに、何故、そんなことを訊くんですか?
という顔だった。
「は、流行りの探偵小説や……
婦人向けの雑誌ですかね?」
「ほう、面白いか」
面白いです、と言う咲子に、
「では、俺も読んでみようか」
と言うと、ちょっと嬉しそうだった。
ちょうど食べ終わっていた咲子は立ち上がり、いそいそと本を持ってくる。
「どうぞ。
『婦人画報』と『主婦之友』です」
と渡してくる。
いや、そこは探偵小説では……っ!?
と思いながらも、
「ありがとう。
読んでみよう……」
と行正はそれを受け取った。
次の日の朝、咲子が起きると、行正はいなかった。
自室で眠ったのかな? と思っていると、やってきて、咲子に昨夜の本を返してくる。
「お前のお薦めの本。
歯を食いしばって読んだぞ」
……いやあの、そこまでして読んでくださらなくても結構なんですけど、と苦笑いしながら、咲子はそれを受け取る。
自分の愛読書は、彼にはつまらない本だったようだが。
夜中起き出して自室に行き、わざわざ読んでくれるだなんて。
私のことを理解してくれようとしている気がして、ちょっと嬉しいな、と咲子は思った。
まあ、行正からは、
『いくら莫迦嫁とは言え、嫁。
少しは歩み寄らないとな』
という心の声が聞こえていたのだが。
――でも、少し嬉しかった。
ようしっ。
莫迦嫁なりに、なにか頑張ってみようっ。
行正さんの心遣いに応えなければ、と咲子は張り切る。
そうだ。
お料理教室に通ってみるとか、どうだろう?
自分で食事を作ることなんて、まずないし。
そんなことしたら、雇っている料理人に悪い気がするけど。
教養として必要だというので、女学校でも少し習ったし。
女学校の先輩たちから、自宅でシェフを招いて、西洋料理の教室を開いているから、一緒にどう? と誘われたこともある。
よしっ。
文子さんたちを誘って行ってみようっ。
そんなことを考えていたら、なにかすごく楽しくなってきて、咲子は笑顔で行正を見送れた。
すると、行正も笑う、までは行かないが、いつもより穏やかな顔で出かけていった。
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