第6話 償うべき者(3)
——霧斗——
『半魔獣の正体について葛城先輩にだけ伝えたいので、寮の裏まで来てください』
霧斗は、如月から届いたメッセージを元に指定の場所へ向かいながら、高校時代のことを思い出していた。
あの頃、復学したルキヤともあまり話すことはなく、魂が抜けたような日々を送っていた。
そんな時、モルモットたちと遊んでいる如月を見つけて思わず声をかけたことがある。
『実験動物にはあまり思い入れを持たないほうがいいよ』
普段なら後輩が何をしようと無視するところだったが、なんだかモルのことが頭に浮かんだから。
如月は目を丸くしていたが、
『分かりました』
とだけ言っていた。
その後、如月は時々話しかけてくるようになった。最初はあまり関わりたくなかったが、そのうち話しかけられるのもそんなに嫌ではなくなった。
そして。
太陽が沈み、生暖かい風が吹く中。
コンクリートの壁と鉄柵に挟まれた、数名の人間がかろうじてすれ違いあえるくらいの場所で、如月はところどころ苔の生えた壁にもたれていた。
足元では古びた長いプランターがさかさまになっていて、その上にはコンクリートブロックが乗せられている。
短い茶髪は汗のせいか乱れ、左腕に巻かれた包帯には血がにじんでいた。巻き方がなんだかおかしい。自分で手当てをしたのかもしれない。
「わざわざ呼び出すってことは瑠璃羽には聞かれたくなかったの?」
問いかけると、如月は顔を上げて口元を苦笑の形に歪めた。
「はい。瑠璃羽は正直甘すぎなんですよね。半魔獣の正体を知っても、どうせ殺さずにおこうとか言いだすに決まってますし」
普段とは違う棘のある言い方からは彼に余裕がないのを感じ取れた。
「まあ瑠璃羽はそうかもね?で、誰が半魔獣なの?」
もしその答えが「灰咲玲央」だったとしたら、今の会話には何の意味もないけれど。
如月は目に暗い輝きをたたえたまま言った。
「高辻修也です。さっき襲われたとき、魔獣になる瞬間を見ました」
「へえ」
高辻修也に関しては怪しいと言えば怪しい程度のものだったが、言われてみれば彼の動き自体はあまり把握できていない。
「でも、上野先生を殺したのは高辻じゃなく、倉敷花音と北原幸也だと思います」
「えっと、それって誰だっけ?」
とぼけた言葉を返す。霧斗はほとんどの人間に興味がない、そのことは如月も知っているはずだ。
「1年生で、ほら、先輩を魔獣に襲わせようとした奴らですよ」
「あー、そっか。びっくりしたけど、俺が犯人の正体に気づきそうだったからあんなことをしたんだね」
「びっくりしたけど、じゃないですよ。無事でよかったですけど」
如月はやけに大きなため息をついた。
昔、初音やルキヤに注意されていた時に見たのと同じ表情。だけど。
「でもなんで知ってたの?」
首をかしげて如月の目を覗き込む。
「えっ?何をですか」
「彬って俺がピンチになった時そこにいなかったよね?」
如月は瑠璃羽が医務室へ連れて行った。霧斗が魔獣に襲われるところを見てはいないはずだ。
「それは。瑠璃羽に聞いたんです」
「えっと、瑠璃羽がそんなことを言うってことは、あいつもその二人が半魔獣の仲間だって気づいてたってこと?」
そう考えるとやはり色々おかしい。
すでに瑠璃羽も知っていることなら、わざわざ霧斗を呼び出す必要もないはずだ。
でも、霧斗はその答えをもう知っていた。今さらそこから目を背けるつもりもない。
「いや、そうじゃなくて、先輩が魔獣に襲われたってことだけを言ってました。だから」
「それだけだと高辻が自己判断で襲ってきただけかもしれないじゃん?ねえ彬、本当は聞いてたんじゃない?二人が相談してるのを。『殺すしかないよね』『うん、私が囮になるから』みたいな」
そう考えるしかない。そうでもしないと如月があの二人のたくらみに気づくはずがないだろう、とも思う。
如月は気まずそうに俯いた。
「……すみません。その時は怖くて何も言えなくて」
あまりにも白々しい言葉に笑みがこぼれそうになる。如月は多分何も変わっていない。二年前のあの冬の日から。
「まあいいんだけど。そうそう、俺も君に確認したいことがあったんだ。だから呼び出してくれてちょうどよかった」
如月の肩がかすかに震えたのが分かった。
見慣れた顔が仮面のような無表情に染まっていくのを見つめながら、霧斗は言う。
「君は最初から半魔獣が誰なのか知っていたんだよね?」
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