第6話 もう一人の半魔獣(3)

「にしても疲れたな。もう俺は休むからね」


 霧斗がそんな気の抜けたようなことを言いながら立ち去ろうとすると、七瀬はそばに転がっていた机を蹴飛ばして泣きながら叫んだ。


「なんでわざわざ茜が隠そうとしてたことを明るみに出すの!もう二人とも死んじゃったんだからそのままでいいじゃん!」


 霧斗は面倒そうな顔で七瀬を見てため息をついた。


「あのさあこっちは遺族に説明とかもしないといけないんだから。そういうのも分かって?」


「そんなの知らない!茜がどんなに苦しんだかあんたには分からないんだ!」


 七瀬が言っていることはめちゃくちゃだけど、親友が半魔獣ですでに死んでしまったなんて、どうしたって受け入れられるものではないだろう。


新藤はそんな七瀬を怯えるように見つめていた。


七瀬は霧斗の肩をつかむと言った。


「あんたなんか死んじゃえばよかったのに!」


その手が面倒そうに振り払われる。


「はいはい。そういう風に言われるのは初めてじゃないから別にどうでもいいよ。っていうか本当に疲れたから寝てくるねー」


霧斗は七瀬に視線を合わせることさえもせず、いつものふざけた口調で告げると、片手を上げて去っていった。


「葛城先輩!ちょっと待ってください!」


如月が後を追う。


「まったく葛城君は相変わらずですね」


 山本先生は眉間にしわを寄せ、同意を求めるように瑠璃羽を見た。


「それに比べて君は本当に素晴らしい狩人だ。彼のせいで降格さえされなければ君の成長をずっと見守ることができたのに、残念です」


 山本先生が霧斗のせいで降格された?

それは瑠璃羽が言っていた「霧斗は感情に流されて嘘をつく」という言葉と関係があるんだろうか?


「そうですか」


 瑠璃羽が淡々と答えると、山本先生はどこか不満をにじませたような顔で首を振った。


「先生は二人をお願いします。行こう、灰咲君」



 硬い表情のまま廊下を歩く瑠璃羽の横顔を見ていると、何も言葉はかけられなかった。

 瑠璃羽はすでに「狩人」として働いていると話していた。さっきみたいなことに何度も遭遇しているんだろうか。


「彼女が私ではなくて霧斗を狙った理由」


瑠璃羽がぽつりとつぶやく。


「霧斗なら確実に殺してくれると思ったからだと思う。私だったら躊躇すると思ったのかもしれない」


「そう……かもしれませんね」


「助けられるなら助けたかった。でも私にはその術がなかった」


 灰色がかった目には悲しみがにじんでいるように見えた。

瑠璃羽は僕のことだって助けてくれた。「狩人」としては間違っていることだとしても。


「でも君のことは絶対に死なせない。もしも普通の人間に戻ることができなかったとしても私が守るから。だからあの子みたいに自暴自棄になったりは絶対にしないで」


瑠璃羽が僕をまっすぐに見る。


 それがなんだか怖くて、少し嬉しくて、嬉しいなんて感じてはいけないと思って下を向いた。


「……わかりました」


そんなことしか言えない。

僕はいつだってそうだ。


「森本さんを半魔獣にしたのはハザミだと思うけど、彼女がこの学園を狙ったのは『魔獣の種』を魔獣を使って渡してくれた人物に手紙で助言されたかららしい。父が言っていた」


瑠璃羽の表情が曇る。


「その人が誰なのかはハザミも分からないんですよね?」

「そう。魔獣が運んできた手紙にそう書かれていただけみたいだから……」


「魔獣って使役することもできるんですか?」


問いかけると、瑠璃羽は首を傾げた。


「何か特殊な道具があればできるのかもしれない。だけど私はその方法は知らない」


 もし魔獣を使役できるのだとしたら夏原先生を殺した魔獣を誰かが操っていた可能性もある……のか?


「狩人」ではない僕が考えても分かるはずがないから瑠璃羽に任せるしかないのかもしれないけど、早く犯人を見つけないと、と気持ちが急く。


 霧斗が持っていたペンダントが再び使えるようになるまでの時間はあと1日。もうそんなに時間は残っていない。


もしその間に犯人が見つからなかったら……?


こっそりペンダントを盗むか、もしくは。


……もしくは、なんて頭の中で考えはしたけれど何も思い浮かばなかった。

とりあえず「ペンダントを盗む」が今のところの唯一の解決法だ。


霧斗がそんな隙を見せてくれるとは思えないけど。


瑠璃羽と別れて教室に戻ったが、そこには霧斗の代理らしい女性の「狩人」しかいなかった。


「灰咲君ですね。もう寮に戻ってもいいですよ」


 驚くほど穏やかな落ち着いた声でそう言われ、僕は小さく頭を下げると寮があるほうの棟へ向かおうとした。


重い足取りで歩く廊下の途中。


「あの、2-Bの方ですか……?」


不意に声をかけられて思わず大げさに振り返ってしまう。


「あ、はい」


どこかかすれた不愛想な自分の声が小さく響く。


「修也君ってもう寮に戻りました?」


 そこに立っていたショートボブで切れ長の目をした、小柄な少女が遠慮がちに尋ねる。修也、と言われて一瞬分からなかったが、高辻のことだと思い当たった。


 リボンの緑色からすると1年生のようだ。

そういえば高辻は1-Aに彼女がいると言っていた。この子がそうなんだろうか。


「多分戻ってると思うよ。呼んでこようか?」


「いえ、また明日で大丈夫です。急にすみません」


少女は小さく頭を下げると去っていった。

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