第11話 発覚(2)

 苦痛の中薄目を開けると、部屋の隅で震えている如月と目が合った。


 僕は半魔獣だけど夏原先生たちを殺してなんかいない、と言おうとしたが、口の中が牙でいっぱいでどうやって言葉を発すればいいのか分からず、小さくうなり声が漏れるだけだった。


「た……助けて!」



 如月は後ずさろうとして壁に背中をぶつけ、できるだけ僕から姿を隠そうとするかのように体を丸めると頭を抱えた。



 僕は如月の近くにあるかごをひっくり返した。

あの矢があればもしかしたら元の姿に戻れるのかもしれない。バスタオルを爪でひっくり返し、布の隙間から銀色に光るそれを見つけだす。


 指も変形してしまっているからうまく握れないけれど、長く伸びてしまった爪と鱗に包まれてしまった指で必死に掴んだ。


 波のようにうねって聞こえる耳鳴りの中、少しずつ変な熱さがおさまっていく。

今度は骨が縮んでいくような、何かが溶けていくような感覚に包まれ、視界がチカチカして目の前が真っ白になった。


……どれくらい時間が経ったのか分からない。気づくと僕はシーツにくるまっていて、ちらりと見えた自分の腕は元に戻っていた。


 重い頭を支えながら体を起こす。恐る恐る如月の姿を探して視線を巡らせると、彼は部屋の隅で頭を抱えていた。


 何を言えばいいのか分からず、唾を飲み込む。

如月は蒼白な顔を上げると恐怖に震える声で言った。


「……このことは、誰にも言わないから!だから殺さないでくれ頼む」


「あの、僕、確かに半魔獣なんですけど、夏原先生や上野先生を殺したり、森本さんを襲ったりはしていないんです」


 如月が涙に濡れた目を見開く。


「確かに……葛城先輩の話だとお前がいないときにペンダントが魔獣に反応したって事だったし……。さっきだってアリバイがあるはず、だよな」


 如月は呼吸を落ち着かせるように胸に手を当てると、恐る恐る僕を見た。


「お前はただ半魔獣になってしまっただけで事件には関わってない……という事か?」


「そうなんです。ハザミっていう人に襲われて、魔獣の種ってやつを埋め込まれてしまったみたいで。でも、それだけなんです。誰かを襲ったりはしていないし、これからもするつもりはありません」


「瑠璃羽は、このことは知ってるのか?」


「はい、でも」


 瑠璃羽が僕の魔獣化の事を知りながら隠していたと霧斗に知られてしまったら、彼女の立場が悪くなってしまう。


「それも含めて誰にも言わないでほしいんです。お願いします」


「確かに暴走する様子もなかったし……処分する必要はないのかもな。加えて瑠璃羽がそう判断したなら信用して良さそうな気もする」


如月は戸惑いつつも頷いた。


「分かった、誰にも言わない。俺も正直葛城先輩のやり方が全面的に正しいとは思えないんだ。あの人は確かに優秀だけど、魔獣を殺すことに固執しているような気がする」


どうやら切り抜けられたようでほっと息をつく。


「だけどもう一人半魔獣がいることは間違いない。一刻も早く見つけ出さないといけないな。お前も協力してほしい」


「はい、もちろんです。すでに二人も殺している魔獣を放っておくわけにはいきません」


元々、もう一人の魔獣を早く見つけ出そうと思っていたのは自分が殺されないようにするためだったが、危険な存在を放っておけないのも事実。


怖いけれど、同じ半魔獣である僕ならもしかしたら戦えるのかもしれない。


そう思った。


            *


 翌日も霧斗によって僕とクラスメートたちは再び教室に集められた。

瑠璃羽は一人で何かを調べに行ったようで姿が見当たらない。

山本先生は険しい表情で霧斗を睨みつけている。


『いっそあの時死んでいればよかったのに』


 その言葉を思い出すと背筋が凍るような気持ちになった。

霧斗と何があったのか知らないが、元教え子に対してそんな風に思うのは尋常ではない。


 緊張の中そんな事を考えていると、そわそわした様子の高辻が話しかけてきた。


「本当にこの中に犯人がいるわけ?実はいないんじゃないの?」


「それは、僕にも分からないけど」


 北原は半魔獣ではなかったし、やっぱりこの中の誰かが半魔獣……なんだろうか?


 暗い顔をしている生徒たちの中にいる一人の女子生徒に目が留まり、僕は思わず声をかけた。


「森本さん。もう大丈夫なの?」


 腕に包帯が巻かれ、頬にもガーゼが当てられた森本茜は心配するように寄り添う七瀬繭香の隣で小さく頷いた。


「うん。そんなにひどい傷じゃなかったみたい。


「そっか、よかった」


 少し離れた場所では竹内美々や新藤莉愛たちの女子グループがひそひそと何かを話しながらこちらを見ている。


「君は体育の時に移動せず教室に残っていて、その時に魔獣に襲われたんだよね?」


 霧斗がいつもの軽い調子で尋ねる。


「はい。あまりしっかりとは覚えてないんですけど……」


 おそらく霧斗とは初対面である茜は緊張をにじませた細い声で答えた。


「魔獣はどこから入ってきたのか分かる?」


「普通に教室の入り口から、だと思います」


 確かにそれ以外に侵入できる場所はない。


 窓が開いていたなら窓から入れるかもしれないけど、外から飛び込んでくるのは結構大変だろう。僕にはそんなことをできる自信がない。


 そういえば。他の魔獣も僕と同じような身体能力なんだろうか。

確か僕は完全な魔獣になるのを瑠璃羽によって阻止されている。

もしかしたら完全な魔獣よりだいぶ弱いのかもしれない。昨日は戦えるかも、なんて思ったけどやっぱり戦わない方がよさそうだ。


「で、窓から逃げた、と」


「そう……です」


 霧斗は考え込むような顔をしたが、それ以上何かを質問することもなく黙ってしまった。

茜がそこまではっきり覚えていない以上、もうこれ以上問い詰めても意味がないと思ったのかもしれない。


「なんで教室に残ったのか、とか森本さんには聞かないんだねー」


 竹内が独り言にしては大きすぎる声で言うと、笑いが巻き起こった。七瀬が森本の前に立つと笑い声の方を睨みつける。


霧斗は首を傾げると言った。


「それは昨日あの子から聞いたよ。さすがに昨日聞いたことを忘れるほど俺も馬鹿じゃないからさ」


「私は忘れたから聞きたいんですけどー」


 霧斗にそんな風に言い返せるなんてすごいとは思ったが、鼻の穴を広げて口元をゆがませるその表情が何だか嫌で思わず眉を顰める。


「そんなの君が個人的に聞いたらいいじゃん。俺は忙しいんだよね」


霧斗に軽くあしらわれたのに腹が立ったのか、竹内はわざとらしく声を上げた。


「森本さんっていつも大げさなんだよねー!怖くて教室から出られないとかさあ。襲われたっていうのも嘘で体育をさぼりたかっただけなんじゃないのー?」


「そうそう。メンタル弱すぎなんだよ」


新藤も竹内に加勢するように笑いを含んだ声で言った。


「静かにしなさい」


山本先生が言いかけた時。


「そんなのどうでもいいだろ!誰だって苦手なことはあるんだから!なんでそんな風に被害者を責めるんだよ!」


高辻が急に声を上げたので、僕は息を呑んだ。竹内と新藤も目を丸くしている。


「絶対怖かったはずなのに、嘘だったんじゃないかなんてひどすぎる!いい加減にしろよ!」


「そんなに怒らなくても」


 竹内が呆れた声を作るが、周りからの冷たい視線に気づいたのかため息をつくと自分の席についた。新藤も慌てたように竹内の方へ移動する。


「茜、気にしなくていいからね」


 七瀬が声を掛けるが、茜は無表情で霧斗に視線を合わせると言った。


「あの。誰が半魔獣なのか分かったらどうするんですか」


 霧斗は目を丸くしたが、すぐにいつもの口調で答えた。


「もちろん始末するよ」


「その場で、ですか」


茜が、どこか切羽詰まったような口調で更に続ける。


「うーん、魔獣化した状態だったらそうなるかな。まあ君には関係ない話だけど」


「そう、ですよね」


 茜はどこかほっとしたような顔で、少し笑みを浮かべて頷いた。


その顔は紙のように白かった。

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