第10話 空白の5年間
「幸せになったはずなのに、どうして満たされないんだろう」
目標を叶えても、心が埋まらない日がある。
“意味”のために走り続けたのに、気づけば足元にぽっかりと空いた空白。
それは、置き去りにした過去が、静かに牙を剥く音だった。
──第10話「空白の5年間」
失われた時間の記憶が、ついに動き出す。
*
両親への手紙を、そっと机の引き出しにしまったあと。
俺は、静かに歩き出していた。
胸にあったのは、たったひとつの想い。
「この夢は、自分との約束だ。
会社を成功させる。それが、俺の“意味”になるんだ」
そうして俺は、不動産会社の設立に向けて奔走し──
そして、ついに会社は軌道に乗った。
売上は右肩上がり。
社員も育ち、世間の信用も手に入れた。
……だけど。
なぜだろう。
社長室のソファに体を預けるたび、
胸の奥に、妙な“空洞”が広がっていく。
「これが俺の目標だったはずなのに……
なのに、どうしてこんなにも、満たされないんだ?」
そんなときだった。
受付から内線が入る。
「社長、金田という方が……」
聞き覚えのない名前だった。
だけど、どこか冷たい風が、背中を刺す。
──ドアが開いた。
現れた男は、見るからに柄が悪かった。
鋭い目つき。場の空気を支配するような威圧感。
瞬間、俺は無意識に拳を握っていた。
金田
「……お前、あの時のガキじゃねえか」
言葉が、空気を凍らせた。
田中さんの言葉がよみがえる。
“君は何者かに殴打され、意識を失っていた”
まさか──この男が?
声を整え、表情を保つ。震えを抑えながら問いかける。
俺
「僕をご存じなんですか?
……記憶がなくて、20歳から25歳まで、意識不明だったと聞いています。
もし昔、どこかで会っていたのなら……教えてください」
内心、息が詰まりそうだった。
金田(鼻で笑って)
「10年くらい前の話だな。
お前の親が借金返せなくてよ、俺たち借金取りが回収に行ったんだ。
そしたら、生意気に両親を庇うガキが出てきてなぁ──」
「……そいつが、お前だ」
頭の奥が真っ白になる。
怒り、恐怖、嫌悪。
あらゆる感情が、一斉に押し寄せてくる。
金田(ゆっくりと)
「俺が、お前をぶん殴って、病院送りにしてやったんだよ。
まさか生きてたとはなあ」
口角をゆがめて、男は笑う。
「リベンジマッチしてやってもいいぜ?」
足が震えた。
心臓がざわめく。
でも──逃げられなかった。
このとき、はっきりと感じた。
“本当に弱い奴”ってのは、
自分が“強い”と疑わずに人を踏みにじる奴のことだ。
俺は、まだ弱い。
けれど、あの頃の俺とは違う。
俺は、逃げたくなかった。
⸻
✅ 次回予告:第11話「それぞれの悪意」
暴力。支配。偽善。そして復讐。
それぞれが信じた“正しさ”と“悪意”が、結志の前に姿を見せはじめる。
そして現れる、もう一人の“犠牲者”。
忘れていた記憶の中に、
本当の痛みが隠れていた。
*
読んでくれて、ありがとうございます。
どれだけ努力しても、逃げ切れない“過去”がある。
結志が目を背けてきた5年間。
それがどんなに苦しくても、彼は今、そこに向き合おうとしている。
“強さ”とは何か。
“弱さ”とは誰のことか。
答えはきっと一つじゃないけれど、
この先の彼の選択が、あなたの心にも何かを灯せたら嬉しいです。
次回――第11話「それぞれの悪意」
暴力も、偽善も、復讐も。
それぞれが信じた“正しさ”が、静かに交差していく。
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