第15話 クロノの正体の片鱗



月曜日の放課後、体育館裏。


「本当に来ちゃった…」


みくは緊張でガチガチだった。隣でれいかとしゅんたも固まっている。


「大丈夫、三人一緒だから」

「そうだよ、何かあったら逃げよう」


でも、みんな声が震えていた。


体育館の陰から、ゾロゾロと生徒が現れた。1年生から6年生まで、15人くらい。


「うわ、結構いる!」


みんな疲れた顔をしている。目の下にクマがある子、肩を落としている子、震えている子も。


「おー!来たね〜!」


たけるが元気よく現れた。相変わらず自信満々だ。


「じゃあ始めよう!チケット使い手の会、第1回!イエーイ!」


たけるが一人で盛り上がっている。でも、誰も反応しない。みんな、お互いを警戒している。


「あれ?ノリ悪いな〜。じゃあ自己紹介から!」


たけるは胸を張った。


「6年の藤原たける!チケット歴2ヶ月、使用回数は正確には覚えてないけど、50回以上!得意な願いは『テストで100点』!」


「50回以上…」


みんながざわついた。


次に、4年生の女の子が恐る恐る手を挙げた。


「あの…4年の田中さくらです。使ったのは3回。でも、もう使いたくない…」


「なんで?」たけるが首を傾げた。


さくらは泣きそうな顔で言った。


「だって、使うたびに大切なものがなくなるから。最初はリボン、次は写真、最後は…」


声が詰まった。


「最後は、親友が転校しちゃった」


場が重い雰囲気になった。他の子たちも、ポツポツと話し始めた。


「ペットが病気になった」

「得意だった絵が描けなくなった」

「毎日悪夢を見るようになった」


みんな、何かを失っていた。


「でも、たけるは?」5年生の男子が聞いた。「なんで何も失わないの?」


「だから〜」たけるは余裕の笑み。「使い方が下手なんだって。小さい願いを重ねれば…」


その時だった。


「違うよ」


静かな声が響いた。みんなが振り向くと、フェンスの上にクロノが座っていた。夕日を背に、金色の瞳が光っている。


「ね、猫が…」

「しゃべった!」

「うそでしょ!?」


初めて見る子たちは、パニックになった。


「落ち着いて」クロノは尻尾をゆらゆら振った。「ぼくはクロノ。チケットの…まあ、管理人みたいなものかな」


クロノは優雅にフェンスから降りて、たけるの前で止まった。


「君は気づいてないだけ。代償は、もう払い始めてる」


「はあ?何を…」


たけるが言いかけた瞬間、顔色が変わった。胸を押さえて、苦しそうに息をする。


「う…ぐ…」


「たけるくん!」


みくが駆け寄ろうとしたが、クロノが前足で制した。


「大丈夫。ちょっと息が苦しいだけ」


「ちょっと!?」


「50回分の『ちょっと』が重なっただけさ」


たけるは膝をついた。顔が真っ青になっている。


「こんなの…知らなかった…」


「知ろうとしなかっただけでしょ」


クロノの声は冷たかった。でも、どこか寂しそうでもあった。


みくは勇気を出して聞いた。


「クロノ、あなたは一体何者なの?」


クロノはゆっくりと振り返った。


「僕はね、願いを見届ける者」


「じゃあ、神様?」れいかが聞いた。


「違うよ。神様なんて、君たち人間の都合のいい言い訳」


クロノは空を見上げた。夕焼け空が、まるで燃えているよう。


「じゃあ何者なの?」しゅんたが聞いた。


「さぁね。ただ、君たちの"選択"を記録してるだけ」


クロノの体が、一瞬透けて見えた。まるで、幻みたいに。


「記録?何のために?」


「それは僕にもわからない。ただ…」


クロノは寂しそうに微笑んだ。


「君たち人間が選択する姿を見るのは、面白いんだ」


たけるが苦しい息の中で言った。


「じゃあ…最初から…遊ばれてたの?」


「遊ぶ?」クロノは首を振った。「違うよ。君たちが勝手に選んだ。ぼくは見てるだけ」


その時、たけるがポケットから何かを取り出した。写真だった。


「これ…妹なんだ」


写真には、病院のベッドで微笑む小さな女の子が写っていた。


「病気で…治療費がすごくて…」


たけるの目から涙がこぼれた。


「だから、宝くじに当たるようにって願った。でも当たらなくて、もっと使って、気づいたら…」


みんなが息を呑んだ。たけるの本当の理由を知って、誰も責められなかった。


クロノは静かに言った。


「願いは叶えられない。でも、祈ることはできる」


「祈り?」


「そう。チケットなしで、ただ祈る。それが一番強い力かもしれない」


クロノの姿が、どんどん薄くなっていく。


「あれ?消えちゃうの?」みくが聞いた。


「君たちが選択を終えたらね」


「選択を終えるって?」


「それは、君たちが決めること」


クロノは最後に、みんなを見回した。


「覚えておいて。選択に正解はない。でも、選んだ後にどう生きるかは、君たち次第」


そう言い残して、クロノは光の粒になって消えていった。


残されたのは、15人の子どもたちと、大量のチケット。


みんな呆然としていた。でも、たけるの妹の話を聞いて、誰も責める気持ちはなくなっていた。


「たける…」


さくらが近づいて、ハンカチを差し出した。


「ありがと…」


たけるは涙を拭いた。強がっていた6年生が、普通の子どもに戻った瞬間だった。


「どうする?これから」


誰かがつぶやいた。


みくは立ち上がった。


「みんなで考えよう。一人で悩むより、みんなで」


一人、また一人と立ち上がる。


「ごめん…ぼく、調子に乗ってた」


たけるが謝った。


「ううん」みくは首を振った。「みんな、理由があったんだよ」


「でも、これからは…」


れいかが提案した。


「使う前に、みんなで相談しない?」


「賛成!」

「それがいい!」


みんなが頷いた。


夕日が沈んで、最初の星が輝き始めた。


不思議な存在を、信じる?疑う?


その答えは――


「クロノ、ありがとう」


みくが空に向かってつぶやいた。


「私たちに、選ぶチャンスをくれて」


風が吹いて、チケットが舞い上がった。でも、もう怖くない。


だって、一人じゃないから。


「帰ろう」


しゅんたが言った。


「明日、また会おう」


15人は、それぞれの道を歩き始めた。


ポケットの中で、チケットはもう光っていない。


でも、心の中に小さな光が灯っていた。


それは、仲間と一緒に選んでいく勇気の光だった。

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