8節

 ベルクの語る内容は、戦後の西大陸や北大陸ではよく耳にする類の話だった。権力の空白に取り残された残留兵が犯罪に手を染め、組織を作るという、ありふれた話だ。分割され軍備を禁じられた西大陸の諸国は、民間防衛企業――PDSへ委託してそうした空白地帯を潰して回った。これにより、一時期よりも遥かに治安は回復しているが、トカーレ島は、その戦前からの特殊な立ち位置ゆえに、今もなお空白地帯として取り残されているのだという。

 

 ベルクは長々とした説明に一呼吸置くように、とうに湯気の収まった珈琲をすすった。バンは、壁の地図に視線を向けたまま、低い声で口を挟む。 

「……ウィヴァンの連中が使っていたのか」

 不意を突かれたように、ベルクはカップをカチャリとテーブルに置いた。

「旦那の方がお詳しそうだ。その通り。戦前はここの港で、ウィヴァンの大型船から俺たちみたいな小型船へ積み替えててね。北大陸の港湾税が、船の大きさで跳ね上がるんだそうな」

「……租税回避地タックス・ヘイブンか」

 バンの言葉に、ベルクは驚きを隠さず、やがて苦笑いを浮かべた。

「……旦那には説明不要でしたね。会長の言葉を借りれば『そのせいでこの島はややこしいことになった』だそうで」

 ベルクは、まずい珈琲を飲むように顔をしかめ、テーブルに置いたカップを見つめて続ける。

「どこの領土でもない、ただの便利な中継点。だから戦争で負けた後は、誰も責任を取らない。残ったのは、面倒を作る荒くれ者と、使い道のないデカいクレーンだけですよ」

 バンは地図から視線をベルクへと向ける。

「……だが、戦っている。そうでなければ、もっと悲惨だ」

 ベルクはカップから視線を外し、バンのを見てきた様な瞳と視線を合わせると、少しだけその頬を緩める。

「ええ……ええ、そうです。向こうは島民全員の徹底抗戦で金にならないと判断したんでしょうね。最後が一番大きくて向こうの船を3隻、こっちの船2隻が沈みましたよ」

 少しばかり誇らしそうに微笑むベルクに、バンが静かに口を開く。

「……抗争は銃での撃ち合いがほとんどか?」

 バンの質問に、ベルクは当然といった顔で頷いた。

「ええ、そうですよ。なんせ、敗戦直後に軍の連中が武器を山ほど横流ししましてね。ガルバン会長が、先見の明でそいつを買い溜めてたお陰で、俺たちもこうして戦えるってわけです」

 バンは少し視線をメモ帳に移し、さらりとペンを走らせ終えると、パタリと音が響いた。

 バンはカップの中身を空にした後に、玄関に立った。靴先を床で数度叩いて足を馴染ませる。扉越しの気配を確かめるように僅かに佇み、やがて扉を開けて外へ出た。

 背後から見送りに外まで出てきたベルクが別れの挨拶をかける。

「旦那、ご苦労さまです。また何かあれば耳に届けますよ」

 バンは目線を背後にベルクに送り、左手で帽子のツバを軽く下げて応える。

「……その時はよろしく頼む」

 次の人物へ話を伺いに一歩を踏み出した。


 島の西側の事情に関して精通していると言う人物『ミッツァー』が普段居るという小屋へと向かっていた。家々を抜けた途端に田園が広がっていた。

 田園を南北に切り分けるように舗装された道をバンは歩き、周囲を観察する。ここは二期作を行っているらしく、北側の畑は収穫を終えて作物の姿はない。ただ、土が掘り返された跡だけが、そこかしこに残っていた。対して南側の畑では秋に収穫するであろう芋の花が咲き誇っている。

 路端に転がる土が雄弁に語る足跡達からは農夫達の勤勉さを物語っていた。しかし中には同じ靴底であっても不慣れなを持ったかのようにふらつく足跡も僅かばかり残っていた。

 少し歩けば左に生け垣に囲まれた一角の前に近づく。足元に車輪の轍の目立つ木々の切れ目は出入り口らしく両脇には石柱が立ち、『農業用倉庫』と立て札が打ち付けられている。

 バンはポンチョをさらりと畳み、次いで帽子を脱ぐと左腕に抱え、門を跨ぎ倉庫へと歩を進めた。そのまま軒下にて一人で紫煙をくゆらせる老人へと声をかけた。

「……ミッツァー殿に違いないか」

 

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