第2話 図書室のマスク男


 翌日の土曜日。


 ぼくは朝からリビングで宿題をしていた。勉強は好きじゃないけど、宿題をいやがるなんて子どもみたいだから、ぼくは必ずていしゅつする。りっぱな大人になるためには、このていど、しっかりとこなさなければならないとぼくは思う。何度か麦茶をおかわりしながら、算数の問題をとき、たまに時計を見た。天井のそばにかかっている丸い時計だ。


 亮にいちゃんはもうアルバイトに出かけた。

 朝早くに帰ってきたお父さんは、今もねむっている。

 お昼ご飯は、ぼく一人で、昨日の残りのカレーを、レンジで温めて食べた。


 そうしていると夕方の四時が迫っていた。

 玄関へむかい、スニーカーを履いていると、お父さんがねる部屋から出てきた。


「出かけるのか?」

「うん、ちょっと学校の図書室に行ってくる」

「勉強熱心でえらいなぁ」


 お父さんはぼくが本を借りに行くと信じてるみたいだ。〝ウワサ〟をたしかめに行くなんてわざわざ伝えることはない。ぼくは大きく二度頷く。お父さんに手を振り、マンションの外へと出て、ぼくはは自転車置き場に行く。


 小学校までは自転車で五分ほどだ。ふだんの通学は徒歩だけど。小学生は歩いて学校に行くと決まっている。中学生になれば自転車で学校に行ってもいいそうだ。。


 第二校舎の三階にある図書室は、土曜日と日曜日も開いている。自転車置き場に自転車をとめて、校舎の中に入ると、廊下にはだれもいなかった。みんなあんまり図書室にいかないし、先生も鍵の開け閉めをするだけだから、三階までのぼる間、ぼくは誰ともすれ違わなかった。


 静かに図書室の扉を開ける。

 最初は首だけで中をのぞいたけど、ほと気はない。

 どうせ馬鹿馬鹿しいウワサだったんだ、やっぱり。そう思いながら、向かいの校舎や校庭から見える位置を目指して進んでみる。夏荻くんが見た場所だ。理科の図鑑の棚のそばで、壁には大きな鏡があるところだと思う。


「ひっ!」


 ぼくは声を上げて硬直した。

 鏡の前に、くすんだ緑の上着をはおり、白いマスクを口につけた、黒いフレームのメガネをかけた男が立っていたからだ。鏡を睨みつけている。黒い短髪の男の服は学校の先生達には見えなかった。


 ウワサは本当だった。

 ぼくは、ふるえた。


「? なんだ? きみは?」

「あ……で、でた! ま、マスク男!」

「――確かに俺はマスクをつけているが……答えになっていない」

「出たー!!」


 ぼくが悲鳴を上げると、男が困ったような顔をした。


「俺は怪しい者ではない。この学校の理事会に、毎週土曜日ここへと入る許可をもらっている。水間廣埜みずまひろのという。俺の方こそ聞きたい。『出た』とはどういう意味だ?」

「4時44分44秒に『図書室のマスク男』が出るって……え?」

「確かに今は16時45分になったところで俺はマスクをしているが……はぁ。今はそんな噂があるのか。『図書室ピエロ』じゃなくなったのか」

「図書室ピエロ?」

「なんでもない、こちらの話だ。それで、なんだ? 都市伝説を調べにでも来たのか?」

「う、うん」


 おずおずとぼくが頷くと、水間さんがあきれたような顔をした。


「もう正体は分かっただろう。なんてことはない。二十四歳の大学院生が、図書室にいたと正確に広めておけばいい。人間だ。だが――危ないから、都市伝説を一人で調べようなんて二度とするな。生徒玄関まで送るから」


 水間さんはマスクの奥で、ため息をついた様子だ。

 ぼくは頷くしかなかった。


 送られて生徒玄関まで歩きながら、ぼくは何度もチラチラと水間さんを見た。

 特に会話はない。

 水間さんはぼくが見ていると気づいているのかいないのか、正面を睨みつけるようにして歩いている。


「廣埜、今帰りか? ――っと、楠谷くすたに?」


 その時、声がした。

 知っている声に、それまで心の中ではビクビクしていたぼくは、顔を上げる。

 廊下のところに今年から担任になった十焔寺泰我とおえんじたいが先生が立っている。紺色のウィンドブレーカー姿だ。ぼくの体から力が抜ける。泰我先生は学校でも人気者で、ぼくも大好きだ。近所のお寺の次男だと聞いたことがある。


「泰我、俺はまだ残る。この子を送りに来ただけだ」

「楠谷はなにをしてるんだ? 不審者についていってはダメだぞ?」

「それは俺を不審者だと言ってるのか?」

「冗談だよ冗談。廣埜が不審者でないというのは、幼なじみの俺がよく証明できる」


 幼なじみという言葉と、親しそうな二人の姿に、ぼくは気が抜けた。


「図書室で会ったんです!」

「勉強か? 偉いなぁ」


 泰我先生もお父さんと同じかんちがいをしている様子だ。

ぼくは言葉につまり、真相を知る水間さんを見た。水間さんは何も言わなかったけど、あきれた顔をしていた。


「ぼく、もう一人で帰れます!」


 早く帰ってしまおうと、ぼくは歩きはじめた。


「おう。また月曜日にな」


 泰我先生の明るい声がする。スニーカーをはいてから振り返ったぼくは、残った二人がろうかで立ち話をしているのを見たけど、そのまま家に帰ると決める。二人の話は聞かなくていい。それにもう、図書室のマスク男のウワサは確かめた。


 急いで自転車置き場へと向かい、自転車に乗ってこぎはじめる。

 途中で神社へと続く石段の前を通り過ぎ、角を曲がってマンションへと戻った。




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