第10話 ピンチはチャンス。

 三人の部員たちも着替えてきて、グランドに集合して、改めて紹介した。

野球部の正式な部員は、王島くん、藤田くん、田尾くんの三人。

助っ人のソフト部の女子たち6人は、金本さん、佐野さん、亀山さん、中村さん、江本さん、安藤さんの6人だった。お互い、自己紹介しながら、野球部の三人は、女子であることは、硬く口止めさせた。

 次の問題は、球場までの移動だった。これまでは、田淵くんのお父さんが運転するバスで移動できたが田淵くん本人が入院しているので、お父さんは付き添いしていてそれどころではない。

学校から、今日の球場まで、車で二時間くらいかかる。電車移動というわけにはいかない。

 すると、そこに送迎バスがやってきた。だれが運転してるんだろう?

止まったバスから降りてきたのは、岡田教頭だった。

「よかった。間に合いましたね」

「教頭先生・・・」

「話は聞いてますよ。田淵くんのお父さんも大変ですからね。私が、変わって運転してきました。でも、運転するのは、久しぶりだからドキドキしましたよ」

「ありがとうございます」

 汗をかきながら話す教頭を前にして、俺は、恐縮仕切だ。

校長は、後から応援に来ることになっているが、教頭は、学校に残って、善後策を取らなければならない。

入院中の生徒たちのお見舞いにも行かないといけない。

「教頭先生、入院中の生徒たちのこと、よろしくお願いします。俺も、お見舞いに行きたいんですけど」

「岩風先生は、試合のことだけを考えてください。入院中の生徒たちのことは、教頭の私が責任を持って、お見舞いに行ってきます。彼らだって、わかっているはずですよ」

 その言葉に、涙が出そうだった。しかし、泣いてる場合ではない。

気を取り直して、まずは、今日を乗り切ることが第一だ。

 まずは、全員で送迎バスに乗って、球場入りする。運転は、マヤさんだ。宇宙人だから安心である。

車中では、今日のスタメンを考えてみる。結論から言えば、攻撃重視である。

しかし、今日のウチには、頼れるクリーンナップの三人も足で稼げる二人がいない。さらに、エースと抑えもいない。やはり、頼れるのは、ミギーの分身しかいない。球場までは、約二時間の道のりが、俺には、とても長く感じた。


 本日は、厚木球場で、第二試合だった。一塁側の先攻なのが決まった。

まずは、ベンチに入り、マヤさんに頼んで、シートノックで守備の時間を長めにとった。

ソフト部の女子たちにとっても、初めての球場で、初めての硬球だから、土のグランドと送球に慣れてもらう必要があった。この際だから、ソフト部の女子たちは、打撃に関しては目をつぶる。

「ミギー、そろそろいいか」

「問題ない。右手の指を三本引きちぎれ」

 俺は、ベンチ裏でミギーの言うとおりにした。と言っても、自分の右手の指を自分で千切るというのは決して、気持ちのいいことではない。と言っても、無理に千切るわけでもなく、それはあっさりもげてしまった。しかも、痛くない。そして、千切った部分からは血も出ることもなくすぐに指が生えてきた。

「マジかよ・・・」

 俺は、ニョキニョキ生えてきた自分の指を見て感心してしまった。

そして、千切った指も、あっという間に人間の姿に変わっていく。

しかも、ちゃんとユニフォームも着ているから、仕事が丁寧だ。

「どっからどう見ても、普通の人間だな」

「そりゃ、そうさ」

 三人が揃って口を揃えた。これを三人バラバラでコントロールするのは、かなり気力が必要だな。

「名前は、どうする?」

「好きに決めろ」

 そう言われて、即席に考えたのが、和田、古沢、上田と名付けた。

シートノックが終わり、ベンチに戻ってくるのに合わせて、三人をベンチに入れて紹介しながら、今日のスタメンを発表した。


一番・ショート藤田くん

二番・ファースト田尾くん

三番・ピッチャー古沢(ミギーの分身)

四番・キャッチャー和田(ミギーの分身)

五番・センター上田(ミギーの分身)

六番・サード王島くん

七番・セカンド金本さん(ソフト部女子)

八番・ライト佐野さん(ソフト部女子)

九番・レフト江本さん(ソフト部女子)


一塁コーチ・中村さん(ソフト部女子)

三塁コーチ・安藤さん(ソフト部女子)

スコアラー・亀山さん(ソフト部女子)


 以上が、本日のスタメンと戦力だった。もはや、総力戦だ。

ミギーの分身の三人とも、初対面なので、臨時の部員ということで説明した。

「そういうことで、各自、それぞれの役目をがんばってくれ。ただし、くれぐれも無理をしないように。気分が悪くなった人、体の調子がおかしいと思ったら、すぐに言ってくれ。キミたちの体が最優先だからね」

「ハイ、大丈夫です。入院してるみんなの分まで頑張ります」

「よし、それじゃ、今日も、がんばって勝とう」

「おーっ!」

 臨時の部員ばかりの即席チームだけど、みんな一丸となって、気持ちは一つだ。

そして、試合開始のサイレンが鳴って、整列する。

「いいかい、藤田くん。キミも、俺の球を打ってきたんだ。自信を持って打って行こう」

「ハイ」

 審判の右手が上がり、プレイボールの声が聞こえる。

先発ピッチャーは、エースの堀内くんだ。オーバースローから投げる球は、とにかく早い。

第一球は、ど真ん中のストライクだった。藤田くんは、手が出ないのか?

しかし、藤田くんは、控えとはいえ、俺のボールを打ってきた選手だ。

 第二球が投げられる。藤田くんは、バットを振りぬいた。すると、ボールは、信じられない速さでレフト戦に飛んで行った。信じられないという顔の堀内くんの顔が印象的だった。

その間に、藤田くんは、一塁を蹴って、迷うことなく二塁ベースに滑り込んだ。

ベンチからは、歓声と拍手が上がる。

「田尾くん、頼むぞ。送りバントなんかしなくていい。積極的に打って行こう」

「任せてください」

 田尾くんは、バットを振りながら右打席に立った。

堀内くんが投げる。田尾くんは、大きく空振りする。すると、藤田くんは、三塁に走った。キャッチャーから三塁に送球された。しかし、藤田くんは、すでに三塁のベースにいた。

足が早い藤田くんと、それをアシストした田尾くんの絶妙な阿吽の呼吸だ。

 1ストライクから、堀内くんは、ボールを二球投げ、次の球をファールにして、

カウントは2-2となる。まだ、一回の表のノーアウトだから、スクイズなどするわけがない。

誰もが思っていた。敵も味方も応援団もベンチも、だれ一人、そんなことするはずがないと思っていた。

だが、その裏をかいて、堂々とやってのけたのが、田尾くんと藤田くんだった。

 一塁線にボールを転がすと、それを飛び越えるように一塁に走り抜ける。

ボールを取ったピッチャーは、そのままホームに投げる。

頭から滑り込んだ藤田くんは、悠々とセーフだった。その間に、田尾くんは、一塁を駆け抜けている。

それだけではない。まさかの展開に、ボールを持ったまま、立ち尽くしていたキャッチャーの隙を見て田尾くんは、なんと、二塁に進塁したのだ。一回の表で、まだ、ノーアウトなのに、一点を先取してなおもランナー二塁という絶好の場面で、ミギーの分身に回ってきた。

「頼むぞ、ミギー」

 俺は、右手に呟いた。ミギーは、分身を三人も操っているので、それに集中しているため返事はない。

分身の古沢くんがバッターボックスに立つ。長時間の維持ができないので、ファールで粘るようなことはできない。だから、初球から狙っていくつもりだった。

 堀内くんが第一球を投げた。その途端、古沢くんのバットが鋭い音がした。

ジャストミートされたボールは、センターバックスクリーンに突き刺さるホームランだった。

 これで、いきなり、三点の先取だ。俺たちのベンチは、お祭り騒ぎだ。

次の四番も分身の和田くんだ。ベンチに戻ってきた古沢くんは、ベンチの選手たちの目を盗んで、俺の右手に戻った。守備の時間まで、休養してほしい。

 俺は、そんな自分の右手を見詰めていると、またしても、すごい音がして思わず顔を向けると和田くんは、ライトスタンドにホームランを打っていた。

いくら、ミギーとはいえ、高校生の中でも、剛腕と言われる堀内くんのボールを二者連続でホームランなんて、ちょっとやり過ぎだぞ。

 1アウトも取れない堀内くんは、青ざめているのが、こっちのベンチからでもわかる。

次の五番も、分身の上田くんだ。三者連続ホームランは、やり過ぎだ。それだけは、やめてほしい。

 しかし、そんな心配がミギーに通じるはずもなく、思いっきり打ち返してくれた。

惜しくもフェンスに当たって、ホームランにはならなかったが、センターは、一歩も動けないほどの弾丸ライナーだった。勢いがよすぎて、ツーベース止まりだったのは、俺的には、いくらかホッとした。

 しかし、ホッとしている場合ではない。次は、控えとはいえ、選球眼よくて、強打者の王島くんだ。

一球目、二球目を見逃して、カウントが2-0になってからの三球目を、鮮やかな流し打ちでライト前にヒットを打つ。これで、一塁、三塁となる。

 とはいえ、次からは、ソフト部の女子たちの打順である。

打つ方は、期待できない。三人で、一気に3アウトになるだろうと覚悟した。

すると、マヤさんが、何やら六番の金本さんに囁いている。

金本さんは、ニッコリ笑って、バッターボックスに向かった。

いったい、何をアドバイスしたのだろうか? いくら野球経験があるとはいえ、

初めての硬式野球で、試合である。しかも、投げるのは、堀内くんだ。

どう考えても打てるはずはない。

 打席に入った金本さんは、いきなりバントの構えだった。

送りバントをするのか? それならそれで、ランナーは進塁できるので、まったく問題ない。

 それでも、堀内くんである。あっさり2球で追い込まれてしまった。

これでは、バントも無理だろう。そう考えていた俺は、次の投球で、信じられないものを見た。

 堀内くんが投げた三球目を、金本さんは、当たり前のようにバントをしたのだ。ボールは、三塁線に転がっていく。絶妙な送りバントだ。

 ところが、焦った堀内くんがダッシュしてボールを取りに行ってしまった。

そして、振り向きざまに三塁に送球した。

「よし、いける」

 思わず声に出てしまった。二塁ランナーは、ミギーの分身なのだ。脚だって早い。しかも、三塁手は、ボールを取りに行っている。サードががら空きだった。

おかげで、三塁は、悠々セーフで、一塁に投げたときは、金本さんも一塁を駆け抜けていた。

まさかの展開だ。これで、ノーアウト満塁である。こんなことがあり得るのか?

 次のバッターは、佐野さんだ。ここは、スクイズで行こうと思って、マヤさんに言おうとするとマヤさんが佐野さんにアドバイスをしているのが聞こえた。

「まっ直ぐを狙って、目をつぶって、一、二の三で振るのよ」

「ハイ」

 えっ? それだけ・・・ そんなことで、打てたら世話はいらない。

いくらなんでも、打てるわけがない。まして、女子である。

「マヤさん、それは、ちょっと・・・」

「監督、大丈夫ですよ。見ててください」

 マヤさんは、自信満々の顔をしていた。しかも、余裕の笑みさえ浮かべている。

打席に入った佐野さんは、左バッターボックスに入ると、ベースよりに構えて、

ホームベースを覆いかぶさるようにバットを握った。

なんだか、堀内くんは、投げにくそうだ。

 まずは第一球が投げられた。判定は、ストライクだった。

第二球は、外角低め。これもストライクだ。追い詰められたのに、佐野さんは、ちっとも慌てる素振りを見せない。

 三球目は、内角低めでボール。四球目もボール。五球目もボールで、2-3とフルカウントになる。

佐野さんは、一度、タイムをかけて、自分のタイミングを計る。

再び、打席に立った佐野さんは、今度は、真っ直ぐバットを構えて立った。

これでは、ストライクを取ってくださいと言わんばかりである。

 堀内くんがセットポジションから、最後のボールを投げた。

その瞬間、佐野さんは、構えをグッと前屈みになる。ボールが来る。バットが振られた。

すると、きれいな音がして、ボールは、セカンドの頭を超えて、ライト前にポトリと落ちたのだ。

三塁ランナーはもちろん、二塁ランナーもホームを駆け抜けた。

打った佐野さんは、一塁ベースでガッツポーズをしている。

俺は、目が点になったまま、動けなかった。こんな展開になるとは、夢にも思っていない。

 ラストバッターの江本さんが打席に立った。もはや、堀内くんは、呆然としている。

第一球が投げられた。すると、江本さんは、大きくバットを振った。

「ストライク」

 審判のコールを聞いた瞬間、一塁ランナーの佐野さんが、二塁に盗塁していた。

「マジか・・・」

 思わず口に出てしまうほど、まさかの展開だった。

動揺している堀内くんが、二球目を投げた。すると、指が滑ったのか、サイン違いなのか、なんと、江本さんの背中に向かってボールが行った。

「いかん!」

 デッドボールは、最悪のパターンだ。いくら進塁できるとはいえ、相手は女子である。

硬球が当たったら、骨折することもある。打撲じゃ済まない。ケガをさせたら、親御さんに会わす顔がない。

ところが、江本さんは、それを避けてしまったのだ。体が柔らかいにもほどがある。

そのボールは、キャッチャーのミットの上を通り過ぎて、バックネットに転がっていく。

 三塁コーチの安藤さんが声を出して右手をグルグル回している。

ランナーの佐野さんが、三塁に向かって滑り込んだ。余裕のセーフだ。

 体に付いた土を叩きながら、再び打席に立つ江本さん。余裕綽々と言う感じだ。

もはや、堀内くんは、投げる球がないという感じだ。

その為か、その後は、ボールを連発して、フォアボールだった。

 これで、一塁、三塁で、一番に戻ってきた。しかも、いまだにノーアウトである。打者一巡で、早くも7点も取っている。

 一番に戻ったことで、ついに相手ベンチは、ピッチャーの交代を告げた。

二番手は、コントロールがよくて、変化球が得意な桑田くんである。

ストレートだけでなく、カーブやスライダー、フォークも投げられる。

藤田くんには、なんとしてももう一点追加してもらいたい。

 控えの守備要員とはいえ、俺のボールを打つ練習をしている。

直角に曲がるカーブや、外に逃げるスライダー、真下に落ちるフォークボールなど、打ってきたのだ。桑田くんと言えども、打てないはずはない。

 藤田くんが打席に入る。いきなり初球が外に逃げるスライダーだった。

振ってもバットに届かない。そのはずだった。ところが、藤田くんは、バットの先端に引っ掛けた。

ボールは、キャッチャー前に転がった。三塁を見てから、一塁に投げる。

当然、一塁はアウトのはずだった。ところが、三塁ランナーの佐野さんが飛び出していた。

それを見た、ファーストが、ランナーにタッチしないで、ホームに投げてしまった。

 ボールを取ったキャッチャーが、飛び出している佐野さんに駆け寄る。

サードにボールを送ると、完全に挟まれた状態になる。走塁ミスだ。

 ところが、佐野さんは、慌てることなく、ホームと三塁の間を行ったり来たりを繰り返していた。

それでも、次第にその距離が縮まってくる。ボールを持ったキャッチャーがタッチしようと手を伸ばす。

すると、佐野さんは、キャッチャーの股の間に滑り込んで、すり抜けてしまったのだ。振り向いたときには、佐野さんは、ホームに滑り込んでいた。

「サード」

 声が聞こえて、慌ててボールを三塁に投げた。だが、誰もベースカバーに来ていない。

二塁ランナーの江本さんが三塁ベースに立っていた。

それだけでなく、打った藤田くんまでが、その隙に、二塁に進塁している。

 なんてことだ。この子たちは、なんてすごい選手なんだ。言われなくても、自分のするべきことをわかっている。しかも、ソフト部の女子たちがである。

こちらのベンチは、もう、勝ったようなお祭り騒ぎで、相手ベンチは、静まり返っていた。

 すると、主審がタイムをかけて、こっちのベンチに歩いてきた。

「ちょっと、監督さん」

 呼ばれた俺は、ベンチから出ると、マスクを取りながらこう言った。

「なぁ、地球人。まさか、こんな手で来るとは思わなかったよ」

 そう言って、ニヤリと笑ったのだ。俺は、背筋に冷たいものが走った。

「そこのマゼラン星人をこっちによこしてくれれば、今日のことは、黙っててやる。悪い取引じゃないだろ。それとも、そっちのチームに、宇宙人と女子が出ていることをばらしてもいいのかい?」

 俺は、咄嗟のことに返事ができなかった。

「どうする? ここでバレたら、甲子園とやらに行けないんだろ。どっちにしても、この試合は、そっちのチームが勝つ。

だから、マゼラン星人をこっちに渡してくれないか」

「その前に、野球部の生徒たちに一服盛ったのは、アンタたちなのか?」

「そうだよ。死なせちゃいないから、安心しなよ。一日、二日、寝てれば治るよ」

 やっぱり、犯人は、こいつらなのだ。そんなことをしてまで、マヤさんを手に入れようというのが、許せなかった。

「断るよ。そんな取引なんて、受けるわけないだろ」

「それじゃ、この試合は、負けてもいいって言うんだな」

「それも断る」

「地球人、キミは、もっと頭がいいと思っていたが、残念だよ」

 そう言って、主審が、ベンチ裏に歩いて行った。

もうダメだ。諦めるしかない。生徒たちには、何と言ったらいいか、頭をよぎる。ミギーは、能力を使っているので、今は眠っている。力のなさの普通の人間である自分が情けなくなった。

「志郎さん、私に任せてください」

 突然、後ろからマヤさんがそう言うと、ベンチから出て行ってしまった。

「いけない、マヤさん。行っちゃダメだ」

「大丈夫ですよ」

 俺が止めるのも聞かず、マヤさんは、ベンチ裏に行ってしまった。

俺は、選手たちには、ベンチにいるように言ってから、急いでマヤさんの後を追った。

「マヤさん!」

「志郎さん、心配しないでください。私は、これでも、マゼラン星人ですから、自分のことは、自分で始末をつけます」

 マヤさんは、いつもの優しい笑顔で言った。宇宙人である主審は、マスクを取ってずっとマヤさんを睨みつけている。

いったい、どうするつもりなんだ? まさか、マヤさんにミギーのような力があるのか?

 すると、マヤさんは、右手を主審に付き出しながらこう言った。

「私は、あなたの思い通りにはなりません」

「それじゃ、試合がどうなってもいいっていうんだな」

「それも、ダメです。だから、あなたには、遠くに行ってもらいます」

 そう言うと、両手を掲げて、目を閉じた。

「マハリクマハリタ、シャランラァ~」

 何やら、御呪いのようなことを言うと、主審が目の前で消えてしまった。

一瞬にして、俺の前から消えてなくなったのだ。何が起きたのか、俺にも、わからない。

「マヤさん・・・」

「ハイ、ちょっと、冥王星の彼方まで、転送しました。二度と、地球には、来られません」

 そう言って、ニッコリ微笑んだ。やっぱり、マヤさんは、宇宙人だ。

ミギーと同じ、宇宙から来た、超能力を持ったマゼラン星人なんだ。

「さぁ、試合に戻りましょう」

 マヤさんは、涼しい顔をして、ベンチに戻って行った。

俺は、頭が真っ白のまま、マヤさんの後を追った。まだ、思考回路が整理されていない。

 ベンチに戻ると、試合が中断していた。突然、主審がいなくなったのだから、当たり前だ。現実に戻ると、主審がいなくて、これからどうするんだ?

他の塁審たちが集まって、話を始めた。このまま、没収試合で再試合なんて、それはそれで困る。

 そして、相手チームの監督と俺が呼ばれた。話し合いの結果、主審は、急病で欠場ということになり緊急処置として、一塁の塁審が主審を務めることになり、ライトの線審が一塁塁審となった。

なので、ライトの線審は、不在のままで試合が続行ということの了解だった。

相手チームの監督は、いろいろクレーム的なことを言っていたが、結局、試合はこのまま続行になった。

俺としては、ミギーの分身が休めるので、時間が押せばそれだけ体力が回復できる。

 そんなこんなで、試合は続行されることになった。


「ありがとうございました」

 試合終了の挨拶をして、ベンチに選手が戻ってきた。

結局、この日も11-0の大差でコールド勝ちしてしまった。

優勝候補の巨人学園を相手にして、まさかのコールドゲームである。

一時は、どうなることかと思ったけど、とりあえず勝ててよかった。

それに、こっち的には、かなり反則的なことをしてきたけど、それもバレずに済んでホッとした。

 試合が終わると、俺たちは、送迎バスに乗って、バレる前に帰ることにした。

バスの中は、ソフト部の女子たちも野球部の三人も、大いに盛り上がって、喜んでいた。

俺も、これほどまでにソフト部の女子たちが活躍してくれるとは思っていなかった。それに、控えの選手三人も、大活躍してくれた。ホントによかった。

 夕方前に学校に戻ると、ソフト部の女子たちを先に着替えをさせて、解散となる。次の試合は、三日後だった。それまでには、レギュラーたちも元気に戻ってくるだろう。

「ミギー、ありがとな。それと、お疲れ様」

 俺は、右手に話しかけた。それでも、まだ、ミギーは寝ているようで目を開けない。俺とマヤさんも着替えて帰宅することにした。今夜は、ミギーのために、焼き肉の予定だ。

 買い物を終えて、帰宅しながらマヤさんに聞いてみた。

「今日のこと、バレたらどうする?」

 なんと言っても、女子を選手登録しての出場である。バレたら大問題だ。

「そのことなら、問題ありませんわ」

「えっ? どうして・・・」

「だって、巨人学園という、名門校で、強豪チームが、ソフト部の女子に負けたなんて、プライドもあるでしょ。もし、それが事実だったとしても、言えるはずがないじゃないですか」

 マヤさんは、涼しい顔をして言った。確かに、その通りかもしれない。

あの、チームが、事もあろうか、ソフト部の女子に負けたなんて、口が裂けても言えない。

「それもそうだな」

 俺は、そう思うことにした。また、この日の夜には、入院中の部員たちは、全員が快方に向かい明日には、元気に登校できるということで、これまたホッとした。

ちなみに、原因は、不明とのこと。各家庭で食べた料理を詳しく分析したが、どれからも原因とみられるウィルスは発見されなかったので、ただの食あたりということで、決着したらしい。

「ミギー、今夜は、焼肉だぞ。たくさん食うから、早く元気になってくれよ」

 俺は、右手に言いながら帰路についた。


 翌日、学校に行くと、野球部員たちは、マネージャーの犬飼さんも含めて、全員が元気に登校していた。

放課後にグランドに行くと、みんなは元気に練習をしていた。

とにかく、元に戻って、よかった。俺とマヤさんを見ると、全員が集まってきた。

主将の村山くんが、何度も頭を下げてお詫びをするが、気にしないで次もがんばろうと言った。

休んだ分、試合の感を早く戻ってもらいたい。全員のやる気が満ちているのがわかった。

 すると、そこに、ある生徒たちがやってきた。

「先生、ちょっと話がある」

 やってきたのは、この学校の中で、唯一の問題児と言われる集団だった。

どこの学校にも、先生たちからも持て余したり、生徒たちからは煙たがられたりする生徒は、少なからずいるものだ。それが、この生徒たちだった。

中でも、この集団のボス的存在なのが、力道くんという男子生徒だった。

身体が大きく、制服もだらしなく着崩して、校則違反確定な髪を逆立てて、如何にもガラが悪い。

授業も満足に出席せず、悪い仲間たちを束ねている生徒で、女子生徒たちからは嫌われている。そんな集団が、俺たちに何の用なのかわからない。

 とは言っても、俺も教師の端くれである。ここは、部員たちの手前もあるし、堂々としていないといけない。

「何の用かな?」

 正直、非力な俺は、足が震えそうだった。まして、マヤさんも見ている。カッコ悪いところは見せられない。

「アンタが監督だな」

「一応ね。代理監督だけど」

「ふぅ~ン、アンタが野球部の監督なんて、知らなかった」

 そりゃ、知らないだろ。どこの部活にも所属していない生徒たちだ。

野球部なんて、これまで、一度も勝ったことがないから、興味がなくても当たり前だ。

「俺は、感動した」

 いきなり、なにを言いだすのかと思った。ところが、この一言が、この学校の雰囲気を変えた瞬間だった。


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