第7話:サトイモの大収穫

 ハーレインの秋は、乾いた風に色づく木の葉と、遠くの山脈を染める夕陽で彩られていた。

 オルティア王国の辺境の村は、依然として貧しさの中にあったが、ニーナ・ホンヘルの小さなサトイモ畑は、希望の緑で輝いていた。

 半年にわたる彼女の努力が実を結び、サトイモの葉は大きく広がり、土の下にはゴロゴロとした芋が育っていた。

 ニーナは、ふわっとした栗色の髪をポニーテールにまとめ、麻のエプロンに袖を通し、畑の真ん中でシャベルを手に立っていた。

 朝露が葉に光り、土の匂いが彼女の心を満たす。


「よし、今日はいよいよ……大収穫の日だ!」


 ニーナは興奮で頬を紅潮させ、初級鑑定スキルを発動した。

 視界に浮かぶ透明な文字が、サトイモの成熟度と栄養価の高さを告げる。

 彼女はシャベルを土に差し込み、慎重に掘り始めた。

 ゴツゴツとしたサトイモが次々と現れ、籠に山盛りになる。

 彼女の目は輝き、思わず笑い声が漏れた。


「見て! この立派なサトイモ! やったー!」


 畑のそばでは、村の子供たち――トミ、サラ、そして数人の仲間――がわくわくしながら集まっていた。

 彼らはニーナのサトイモサラダやポタージュを食べて以来、彼女の畑に夢中だった。

 トミが小さなシャベルを手に、土を掘りながら叫んだ。


「ニーナ姉ちゃん! これ、めっちゃ大きい! こんなの初めて見た!」


 サラも泥だらけの手でサトイモを持ち上げ、目を丸くした。


「ほんとだ! 石みたいだったのが、こんな立派になるなんて!」


 ニーナは笑顔で子供たちにウインクした。


「でしょ! サトイモは魔法の芋だよ! さあ、みんなで掘ろう!」


 子供たちは歓声を上げ、畑に飛び込んだ。

 泥にまみれながら、笑い声が響き合う。

 そこに、ルークがぶっきらぼうな足取りでやってきた。

 村長マリアの息子である彼は、がっしりした体格に日に焼けた顔をしていたが、最近はニーナの畑に顔を出すことが増えていた。


「ニーナ、うるさいぞ。子供まで巻き込んで、祭りでもやる気か?」


 ルークの言葉に、ニーナはにやりと笑った。


「ルーク、いいアイデア! 祭り、いいね! でもその前に、ほら、掘るの手伝ってよ!」


 ルークは鼻で笑いながら、シャベルを手に取った。


「まあ、暇だからな。手伝えってんなら、仕方ねえ」


 彼のぶっきらぼうな態度とは裏腹に、子供たちと一緒に土を掘る手つきは丁寧だった。

 ニーナはそんなルークをちらりと見て、くすっと笑った。

 彼女の手帳には、畑の記録と共に小さなメモが書き加えられていた――「ルーク、意外と真面目。サトイモ仲間、増えた!」。


 昼過ぎには、畑から大量のサトイモが収穫された。

 籠に山盛りの芋を見て、ニーナは興奮で飛び跳ねた。

 子供たちはサトイモを手に持ち、まるで宝物を見つけたように騒ぎ合う。

 村人たちも、畑の賑わいに引き寄せられ、遠巻きに眺めていた。

 やつれた顔に、好奇心と疑いが混じる。

 ハーレインでは、豊かな収穫など夢物語だった。


「さて、これだけあれば、村のみんなで食べられる!」


 ニーナは広場に村長に借りた大きな鍋を持ち込み、準備を始めた。


「こんな大きな鍋どうするんだい?」

「見ててください!」


 村長はいぶかし気ではあったが、口元はにやりと笑っていた。


 ニーナはシンプルな塩味の煮物を作ることにした。

 サトイモを丁寧に洗い、皮をむき、ゴロゴロと切る。

 村で手に入る乾燥ハーブと塩を加え、川の水でコトコト煮込む。

 ハニソスは高価で使えないが、ニーナは前世の知恵を頼りに、ローズマリーとタイムで香りを引き立てた。

 鍋から立ち上る湯気とハーブの香りが、広場に広がった。


 村人たちが少しずつ集まり始めた。

 やせ細った老人、疲れた顔の女性、ぼろぼろの服を着た子供たち。

 誰もが、ニーナの鍋を不思議そうに覗き込む。

 ある老婆が、震える声で尋ねた。


「お嬢さん、これ、ほんとに食えるのかい? 見たことない芋だよ」


 ニーナは笑顔で答えた。


「うん、絶対美味しいよ! サトイモ、食べてみて!」


 彼女は木のボウルに煮物を盛り、村人たちに配り始めた。

 子供たちが最初に飛びつき、トミとサラが大きな声で叫んだ。


「うまい! ホクホクして、腹にたまる!」


 大人たちも恐る恐るスプーンを口に運び、驚きの声が上がった。


「なんだこれ……こんな美味いもん、初めてだ!」

「芋がこんな味になるなんて! お嬢さん、こりゃ奇跡だよ!」


 村長のマリアが、ゆっくりと煮物を味わい、ニーナの手を握った。

 皺だらけの手に、温もりが伝わる。


「ニーナさん、あんたは我々の救い主だ。この芋、もっと作ってくれよ」


 ニーナは胸がいっぱいになり、涙を堪えて頷いた。


「うん、約束! 約束する! もっともっとサトイモ、育てよう!」


 広場は笑顔と歓声で満たされた。

 子供たちがサトイモを頬張り、大人たちも感動で目を潤ませる者もいた。

 ニーナはそんな光景を見ながら、手帳に新しいメモを書き加えた――「大収穫、大成功! 村のみんな、笑顔! 次はもっと大きな畑!」


 その夜、広場で小さな宴が開かれた。

 焚き火の明かりが揺れ、村人たちがサトイモの煮物を囲む。

 トミが突然立ち上がり、即興で歌い出した。


「サトイモ、ホクホク、サトイモ、ニーナ姉ちゃん!」


 子供たちが笑いながら続きを歌い、広場は初めて聞く「サトイモの歌」で賑わった。

 ルークは顔を赤らめながらも、子供たちに合わせて手を叩く。

 ニーナは笑いながら、鍋の底をこそげて最後の煮物を配った。


「ルーク、歌うまいじゃん! 次はサトイモダンス、作ってみる?」


 ニーナのからかいに、ルークは照れ隠しにそっぽを向いた。


「バカ言うな。俺は畑仕事だけで十分だ」


 村人たちの笑い声が、星空の下に響いた。

 だが、その中で、ニーナは小さな出来事に気づいた。

 トミがサトイモを一つポケットに隠し、こっそり家に持ち帰ろうとしたのだ。

 ニーナはそっと近づき、囁いた。


「トミ、こっそり持ってくつもり?」


 トミは真っ赤になり、慌ててサトイモを返した。


「ご、ごめん、ニーナ姉ちゃん! 母ちゃんに食べさせたかったんだ……」


 ニーナは優しく笑い、サトイモを二つ渡した。


「なら、ちゃんと持ってきな。家族で食べて、笑顔になってね!」


 トミは目を輝かせ、走って家に帰った。

 ニーナはその背中を見送り、心の中で呟いた。


「サトイモ、ほんとにすごいね。みんなの心、ちょっとずつ溶かしてる」


 彼女は星空を見上げ、手帳に最後のメモを加えた――「サトイモ、村の希望。次はサトイモ祭り、計画しよう!」。


 ハーレインの夜は、初めて温かな笑顔で満たされていた。

 ニーナのサトイモは、村の未来を少しずつ変え始めていた。


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