エピローグ
「ネオ・ルナリアとゴーストライターの冒険(窓辺の星空)」
数週間が経過した。ネオ・ルナリアの旧市街にあるユキの小さなアパートの窓辺で、アオイは丸くなっていた。
彼女の身体は、慣れ親しんだ現実の猫の姿だった。温かい毛皮、鋭い爪、しなやかな動き。すべてが、エーテル界での人間の身体よりずっと自然だった。
アオイの鼻がひくつき、ユキの香水――甘い花の香り――と、部屋に漂う穏やかなコーヒーの匂いを捉えた。ユキはテーブルで古い本を読んでおり、時折アオイを見て微笑んだ。
アオイは窓の外を見た。ネオ・ルナリアの夜空には、ガラス塔の間にホログラム広告が輝いている。それは、エーテル界で見た無限の星屑の光景とは全く違うものだったが、アオイは目を細めた。
(私はここにいる。ユキのそばに)
エーテル界での冒険は、全てが夢の中の出来事であった。クロノの正体は、「ユキを失いたくない」という彼女の無意識が生み出した、物語を編集する分身だったのだ。
だが、アオイの心はもはや猫のそれだけではなかった。夢の中で人間として得た記憶や感情は、彼女の中に静かに残っていた。シオンの灰色の瞳、彼が語った「エーテル界と現実をつなぐ境界の門」の秘密。そして、彼がこれから「新しい物語を探す」と言った言葉。
(シオン……あなたの物語も、いつか見つかるといいな)
アオイの意識の中では、人間の言葉で思考が続いていた。これは、エーテル界でクロノの支配を拒み、自己の意志で夢を終わらせたことで得た「人間の心」だった。彼女は猫の姿でユキの隣にいるという真実を選んだが、その視点は広がっていた。
ユキが本から顔を上げ、アオイに優しく語りかけた。
「アオイ、いい子ね」
ユキはアオイを抱き上げ、毛皮を優しく撫でた。猫としてユキと過ごす穏やかな日々の記憶 が、現実の温もりと重なる。
アオイはユキの腕の中で喉を鳴らした。彼女はもう、エーテル界の記憶に惑わされることはなかった。クロノの残響は消え、夢と現実の境界線は明確になった。
アオイの物語は、人間の姿という幻想を終え、現実の猫の姿でユキのそばに戻るという形で完結した。だが、彼女の内に残る「人間の心」が、窓の外の星空を見つめ、静かに囁いていた。
この場所から、終わらない「物語」がまた始まるのだ、と。
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