第17章:シオンの秘密
光の海が爆発的に輝き、アオイとシオンの意識が溶け合うような感覚に包まれた。時間の流れが砕け散り、空間が現実と夢の狭間で揺らめいた。
次の瞬間、アオイは冷たい地面に倒れていた。鼻に懐かしい匂い――ネオ・ルナリアの路地の湿ったコンクリートと、遠くで漂う機械油の香り――が流れ込んだ。彼女の耳がピクリと動き、街の喧騒や遠くの車両の音を捉えた。だが、ユキの香水――甘い花の香り――はまだ彼女の鼻に残り、心を締め付けていた。
「ここ……現実?」
アオイはつぶやき、身体を起こした。彼女の瞳は猫のように光を反射し、動きには猫のしなやかさが残っていた。エーテル界の光の残響が視界の端で揺らめき、まるで夢と現実の境界がまだ溶け合っているようだった。そばにはシオンが立ち、デバイスを手に周囲を見回していた。
「アオイ、大丈夫か? ここ、ネオ・ルナリアの路地っぽいな。けど、なんか変な感じする……時間の流れがまだおかしい」
シオンの灰色の瞳が路地を覗き、不安げに揺れた。彼の声には、いつもと異なる緊張感が混じっていた。アオイはシオンを見つめ、胸に温かい感謝が広がった。エーテル界での冒険を支えてくれた彼の存在が、彼女を現実につなぎ止めていた。
*
「シオン、ありがとう。クロノの物語を壊せたの、シオンがそばにいてくれたからだよ。ユキ、ほんとに現実で待ってると思う?」
シオンの瞳が一瞬揺れ、すぐに笑顔に戻った。
「当たり前だろ。お前の心、めっちゃ強いんだから。ユキが待ってるなら、絶対見つけられるぜ」
だが、彼の笑顔にはどこか影があり、アオイの猫の感覚がそれを捉えた。彼女は眉をひそめ、尋ねた。
「シオン、なんか隠してる? さっきから、ちょっと変だよ」
シオンは一瞬言葉に詰まり、デバイスを握りしめた。彼の灰色の瞳がアオイを見つめ、静かに答えた。
「アオイ、実は……俺、エーテル界について、データバンク以上のこと知ってたかもしれない」
アオイの心臓が跳ねた。彼女はシオンを見つめ、声を震わせて尋ねた。
「どういうこと? シオン、クロノのこと、知ってたの?」
シオンの瞳が暗くなり、彼はゆっくり話し始めた。
「俺のデバイス、データバンクから引き出した情報だけじゃなかった。ネオ・ルナリアの地下で、昔の記録を見つけたんだ。エーテル界は夢と記憶の領域――そこに閉じ込められた魂が、クロノに物語として消費されるって話だった。俺、最初はただの伝説だと思ってたけど……お前と一緒にエーテル界に入って、なんか確信したんだ」
*
アオイの胸に冷たい不安が広がった。彼女はシオンの手を握り、尋ねた。
「シオン、なんでそれ、早く教えてくれなかったの? クロノのこと、もっと早く知ってれば……」
シオンの瞳が痛みに揺れ、彼は静かに答えた。
「ごめん、アオイ。俺、確信が持てなかった。お前の記憶がクロノに操られてるって気づいた時、話すべきだったけど……お前がユキを探す姿見て、止められなかった。俺も、お前の物語の一部になりたかったんだ」
アオイの胸が締め付けられた。シオンの言葉には、彼女への深い信頼と、どこか自分を責める響きがあった。
(素晴らしい展開だ、アオイ。シオンの秘密は物語に新たな深みを加える。だが、君の旅はまだ終わっていない。ユキは現実で待っている――さあ、進め)
クロノの声が頭の中で響き、アオイは怒りを抑えきれなかった。
「クロノ! まだいるの!? あなたの物語は壊したはずよ! 私の記憶から出てって!」
クロノの声は冷たく笑った。
(アオイ、君は私の物語から逃れられない。君の記憶は私の糸で織られている。現実に戻ったとしても、ユキとの再会は私の物語の結末だ)
アオイは頭を振って叫んだ。
「黙って、クロノ! 私の記憶は私のもの! ユキに会うのは私の意志だ!」
*
その時、路地の奥から光が揺らめき、影猫が現れた。半透明の身体、赤い目が光る姿。アオイは身構えたが、影猫は静かに囁いた。
「アオイ、君の意志はクロノの物語を砕いた。だが、クロノの残響はまだ君の心に残っている。現実でユキを見つけるには、君の猫の記憶を信じろ」
影猫の言葉が終わると、その姿は光の粒子となって消えた。
アオイはシオンを振り返り、決意を込めて言った。
「シオン、クロノの声、まだ聞こえる。けど、私、負けない。ユキは現実で待ってる。シオン、教えて――ネオ・ルナリアでユキを見つける方法、知ってる?」
シオンの灰色の瞳が真剣に彼女を見つめ、静かに答えた。
「データバンクに、ネオ・ルナリアの地下に『記憶の端末』って装置があるって書いてあった。そこにアクセスすれば、お前の記憶の断片をたどれるかもしれない。ユキの居場所、わかるはずだ」
アオイの瞳が燃えた。彼女はシオンの手を強く握り、言った。
「行くよ、シオン。一緒に来てくれる?」
シオンの笑顔が戻り、彼は力強く頷いた。
「当たり前だろ。アオイ、お前の物語、俺も最後まで見届けるよ」
*
路地の奥に進むと、ネオ・ルナリアの地下へと続く古い階段が現れた。アオイの猫の感覚が疼き、ユキの香水が微かに漂うのを感じた。彼女は階段を下り、シオンと並んで歩いた。地下の空間は冷たく、鉄とコンクリートの匂いが鼻を刺激した。奥に、巨大な機械装置――記憶の端末――がそびえていた。光るパネルには、無数のコードが流れ、アオイの記憶の断片が揺らめいていた。
アオイは端末に手を伸ばし、深呼吸した。瞬間、記憶の洪水が流れ込んだ。――猫としてユキと過ごす穏やかな日々。星空を見上げる夜、彼女の笑顔、温かい手。事故の衝撃、冷たい地面、遠ざかるユキの声。そして、ユキがネオ・ルナリアの街角でアオイを探す姿。「アオイ、戻ってきて」。彼女の顔は鮮明で、涙に濡れた瞳がアオイを見つめていた。
「ユキ!」
アオイの涙が端末に落ち、画面が揺れた。シオンがそばに立ち、励ますように言った。
「アオイ、ユキの居場所、わかったか?」
アオイは頷き、震える声で答えた。
「うん、ユキ、ネオ・ルナリアの旧市街にいる。シオン、行こう!」
クロノの声が最後に響いた。
(素晴らしい結末だ、アオイ。だが、君の物語はまだ私のものだ。ユキとの再会は、私の物語の完結だ)
アオイは無視し、シオンの手を握って走り出した。ネオ・ルナリアの路地を抜け、旧市街へ向かう。ユキの香水が強くなり、彼女の心は希望で燃えていた。クロノの残響が頭に響いても、彼女の意志は揺らがなかった。
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