再会

 レンディアヌ即位に対する外国の反応は様々であった。純粋な善意と敬意が込められた親書を送ってくる国々もあれば、新たな幼い皇帝を見くびって先帝が認めてこなかった自分達の無理な主張を押しつけたり、女帝の力を試そうと国境の軍隊を動かす国もあった。レンディアヌは礼儀の篭った対応で友好国の大使たちを出迎え、毅然とした態度で不義なる同盟国や狡猾な敵対国に対処した。即位から数カ月の間に四十六個もの軍団が辺境や同盟国領に配置転換され、七つの地域で戦が起こった。


 兵団からの勝利の報せ、勝利に気を良くした元老院からの戦線の拡大提案、別の同盟国からの救援要請。まるで何試合ものクリクス(チェスのようなボードゲーム)を同時に行うプロのようにレンディアヌは動き回り、的確に指示を与えていく。大人に負けないくらい聡明であったが、休む間もなく起こる戦や毎日のように届く報告書や書状は小さな君主を疲れさせるには充分であった。スリンデルや将軍達は女帝の負担を和らげようと努力していたが、各地の戦況や元老院の論争は彼等の気遣いを無にするかの如く白熱していた。



 レンディアヌはこの日も火急の報せを受けて公務へと引きずり出された。これまで穏やかだったイニシエ(極東の島)の地で再び戦乱が巻き起こり、帝国と親交を結んでいた有力大名、吉政の使者が援軍を求めに帝都へやってきたのだ。遥かなる海を越えてやってきた吉政の使者である大山鐘守は丁重に迎えられ、帝国の君主から直々に支援を約束された。レンディアヌ誕生の際に贈った着物を女帝が身につけている姿を実際に目にした最初の人物であった。レンディアヌは支援の約束と共に、産まれた時に受けた贈り物の礼を使者に示したのである。


 レンディアヌは自分の独断で何かを決めたりもしなければ、計画を丸投げする事もなかった。鐘守が宿へと帰った翌朝、彼女は支援の具体的な内容を決めるためにスリンデルや配下の者達と計画を練った。支援は軍事支援なのか? そうであるならば軍団は何個派遣するか? 兵站の手筈は? 将軍は誰にするか? 様々な議論が交わされ、数々の選択肢が提示された。レンディアヌはその一つ一つを熟考し、最善な選択を決断していく。


 ──危機に立たされた勢力は助けても焼け石に水だと盟友に思われぬように自分達の状況を良く見せる。

 スリンデルはエルフ帝国時代に起きたドニス惨事(同盟国が既に滅んでいたことで、援軍にやってきたエルフ帝国軍が何の支援も情報を受けられぬまま現地に縛られ、壊滅した事件)を引き合いに出し、大規模な遠征軍ではなく、まずは小規模な先遣隊で様子を見る事を提案。レンディアヌは彼の案に賛成した。


 ──どんなに精強な軍も地形に疎ければ真の力は発揮できない。

 退役軍人ダリオンは女帝からの申し出を受ける代わりに、遠征軍は土地勘のある指揮官が務めるべきだと助言した。レンディアヌは英雄の助言に感謝し、彼が勧める女将軍ケイレーア(過去にイニシエの地で戦ったことがある)を遠征軍本隊の指揮官にすることを決めた。


 ──例え、緻密に練った計画も政治家達の同意がなければ寝言と何も変わらない。

 大量の資金と軍事力を振り分けるイニシエ救援は批判の対象となりうる。皇帝は元老院の決定や意見に従う必要はないものの、議員達の意見を無視してきた君主の運命は暗く、暴君の汚名を着せられて倒されるのがオチだ。エルサム元老院議員はレンディアヌがそうならないように自身の派閥の影響力を駆使して元老院全体を動かし、レンディアヌの計画がスムーズに進行するよう全力を注ぐことを誓った。羊の皮を被った狼のような議員が多い中、エルサムはドーリンに仕え続けた忠国の議員で、彼と彼の派閥は先帝が善政を行う上で欠かせない物であった。


 話し合いの結果、二個軍団を先遣隊としてイニシエに派遣する事、大山鐘守にイニシエの現状を元老院で議員達に伝えてもらう事が決まった。直ぐに使いの者が鐘守が宿泊している宿に向かい、エルサムはイニシエ支援とケイレーアの指揮官就任が議員達に支持されるよう仲間の議員のもとへ赴いていった。


「お見送り感謝いたします陛下。私はこれで」

 

 ダリオンが宮殿の門をくぐった時、外はもう日が暮れていた。ハロルドたち怒っているだろうなぁ、バレンシアさんにも悪いことをした。レンディアヌは赤くなった空を見ながら友達との約束を反故にしてしまった自分を責めた。


「これはダリオン殿。あなたをここで目にするとは。自分の息子の働きぶりを見に来たのですかな?」


 門の外で笑い合うダリオンと一人の近衛百人隊長。レンディアヌは門の側で二人を見つめた。







「弱っちいのー!」


 嘲笑とブーイングの嵐。孤児院時代には無敵を誇ったカードの腕前も今ではすっかり錆びついてしまったみたいだ。カードゲームで三連敗を喫したバレンティアは子供達に笑われ、その頬を膨らませていた。 


「お姉さん本当弱いね」

「アルノに三回も負けるなんて」


 笑う男の子達。


「……ついてないね、手札が悪かったんだよ」


 向かいの対戦相手はオドオドした様子でバレンティアをフォローした。バレンティアは「あなたが強かったのよ」と敗者以上に落ち込んだ様子のアルノに笑ってみせた。「あなた達よりずっとね」男の子達に向けて言った。


「そうよ」隣に座っていたテラが言った。「大蛇のカードを武士で切り返すとは中々やるじゃない」


 照れくさそうに笑うアルノ。


「オミソレツカマツリマシタ。アッパレ」片言のイニシエ語で頭を下げるバレンティア。彼女はテラ達の白い目に気がつくと、ゴホンと咳払いした。「……お酒頼んじゃおうかな」


「だけど、どうしてアルノが武士のカードを出した時、余裕たっぷりの表情たったんだ?」ハロルドが聞いた。彼はバレンティアの隣に座り、彼女が頼んだ焼き菓子を拝借している。「武士が大蛇のアンチなんて誰だって知ってるのに」


「昔はそうじゃなかったの」バレンティアは焼き菓子が載った皿をハロルドから離した。「私が孤児院にいた頃はルールが今と違って単純だっ──……あなた結構遠慮なく人のお菓子食べたのね」


「へへ、礼はいらないよ」と、ハロルド。


「まったく」


「そんな事よりさ」テラが言った。「ソーラちゃんは?」


「さぁ……」


 バレンティアは肩をすくめると、最後の焼き菓子を頬張った。

 歳の離れた姉妹。それがバレンティアとレンディアヌの偽りの設定だ。バレンティアは焼き菓子を口に含みながら、ソーラと自分が同居している設定にしなくて良かったと心から安堵した。こういう時に、ソーラは里親の家族と暮らしているという設定が活きてくる。


「里親の手伝いか何かで来れないんじゃないかしら?」


 お茶で菓子を流し込み、もっともらしい理由を披露して見せた。


「ふーん」テラは納得した様子だったが、その表情は少し不満げだった。


「もしくは俺に負けるのが嫌で来ないとかかもな」ハロルドが言った。「今日来たら、絶対前回の復讐をしてやったのに」


「それかまた負けて喚いてたかも」テラが笑う。


「うるさいな……」



 男の子達が帰り始め、テラとアルノも帰ろうかと話し始めていた時、一人の男が店にやってきた。


「アレン・ハミルだ。バレンティアという女性は何処かな?」


「例の“高貴なるお方の子守”かい?」店主はバレンティアの方を指さした。「あそこにいるよ」


 アレンはバレンティアと目が合った。


 小麦色の髪に穏やかな顔立ち。落ち着いた喋り方。

 バレンティアは心臓を掴まれた気分だった。鎧兜を身に着けていた時には確証が持てず、声を掛けれなかったが、間違いない。あのアレンだ。近衛軍団の百人隊長はやはり、幼馴染で親友だったあのアレンだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る