02. 虹の先は異世界


 草の匂いと、暖かい風。

 そよ風が気持ちいい。


 誰かが、俺を呼ぶ声が聞こえる。



「……律! 律! 起きて!」

「んー……?」

「やっと起きたか! 律!」

 目の前には、喋る黒猫がいた。

「律! ここは何処なんだ!?」

「うわーーッ!!?」

 俺はあり得ない光景に叫んでいた。

「猫が喋ってる!!」

「僕たちよくわからない場所にいるから、とりあえず先ずは隠れよう……!」

 うわ、どうやって口動かしてんの!? 普通に喋ってる!

 辺りを見渡せば、CMに出てくるような、南アルプスの大自然みたいなきれいな川が流れていて、青空が無限に広がっていた。

 遠くに見える赤い屋根の集落や、遥か先に高くそびえ立つ城は、どう見たって日本じゃない。

「ここ、何処なんだよ……? 翡翠はどうして喋れるんだ?」

 猫より混乱している俺は、呆然と呟いた。

「話せるようになってたんだよ、律は小さくなった?」

「嘘だろ……っ」

 近くの川に走って行き、自分の姿を写せばずいぶんと若返っていた。

 アラサーに近かったのが、大学生くらいの頃に戻ってる。いや、もう少し若いかも、17とか18くらいの俺だ。

 っていうか、俺、服を着てない……っ。

「裸だ……今誰かに見つかったら捕まるな、いや、夢の可能性も……」

「痛みはあるし、現実だよ、僕たちは死んだんだ」

「………!!」

 そうだ。アパートで火事が起きて、俺たちは……。

 俺の脳裏に死の間際の出来事が思い出される。

「翡翠、ごめん……、ごめんな……」

「…………」

 俺はその小さな身体をぎゅっと抱き締めた。

 親としてやるせない思いで、涙が溢れて止まらなかった。大切に、猫又になるまで育ててやるって決めたのに。一緒に逃げることが出来なかった。

「……俺は翡翠と一緒に、虹の橋の行き先に来れたのかな?」

 目の端に滲んだ涙を拭って笑おうと思ったら、クシャっとした泣き笑いになってしまった。

「律……」

「大丈夫だ、お前のことは、どこに行ったって俺が守るから、これからも何も心配するな」

 真っ裸で草原に座り込んでる俺だけど、またお前と一緒に始められるなら、この3ndライフも悪くない。

 ぐぎゅるるる……。

「律、お腹が空いたね……」

「ああ、そんな時間だったよな」

 転生……というか、若返って移動したのか、どっちなんだろうな? 食事の支度をしている時に炎に囲まれたが、死の苦しい記憶はない。眠るように俺たちは……気付いたらここにいたんだ。

 でもあの火事の原因って、結局何だったんだろうな?

 そうしていると、ガサガサと人の歩く気配が近づいてくる。

 翡翠と息を潜め、草むらに隠れながら距離を詰めると、盗賊みたいなのが3人歩いていた。

 3対1+猫か……不利だな。

 勝手に盗賊と決めつけてしまったが、人相はそんなに悪くないし、普通の村人だったりして……。

 都合良く服と食糧と武器と金を奪えないだろうか。

 そこまで考えてから、盗賊は俺だな、と自分でも笑ってしまう。手元に何も無いから、魔法でも使えないかなと思案していると……。

 手のひらにぼやーっとした光が!

「使える……!」

 自分が想像した魔法が、使おうとしている種類や威力が、感覚で理解出来る時点で確信する。

 ガサガサガサ……。

 そうとわかれば、俺は全裸で対峙するという一時の恥をも辞さない。

 恨みはないが、俺たちのために犠牲となってもらおう。

「そこのお前ら! その服、金目のもの、食糧、全て渡してもらおうか……!」

 ババンッという効果音が似合いそうな勢いで登場した俺。

 どうせすぐに攻撃するから、どんな冷やかしが返ってこようと構わないつもりだったが……。

 予想外な反応が返ってきたのだ。

 その男たちは、舌なめずりしながら下卑た反応を返してきた。

「こいつ、呪物用の生け贄じゃないか!?」

「可愛い顔立ちだから、性奴隷の脱走かもしれない」

「こいつは値がつけられないぞ! ……すぐに売るのは惜しいな、ヘヘヘ」

「!?」

 物騒なワードが聞こえたし、情報が多すぎて上手く整理出来ない。

 何だこいつら、俺が可愛い…? 女に見えたか? いやいや、全裸だよな!?

 俺は奴らの股間がテントを張っているのに気付いて、ドン引きした。

「気色悪ッ……!」

 こいつらはまともな村人ではない!

「律! 早くやっつけて!」

「猫が喋ったぞ! 伝説の聖獣様じゃないかッ!?」

 やっぱり喋る猫は普通じゃないんだ。あの反応からして、人前では翡翠が喋らないように徹底する必要があるな。

「律!」

 獲物を捕まえようと囲むように襲ってきた盗賊(?)たちに、俺は掌を突き出していた。

 ドォォ……!!

 風による衝撃波だ。

 爆風に飛ばされた1人は、樹木に衝突して気絶。蹴りあげた脚がもう1人にヒットする。

 何だ? 身体がめちゃくちゃ軽くて、思い通りに動く。

「こいつ、強いぞ……!!」

「性奴隷じゃないのか!?」

 こいつら…っ…。

 さっきから、性奴隷、性奴隷って……。裸でいる俺が悪いのかもしれないけど。いったい俺の何処がそう見えるんだっ。というか、性奴隷って、実際に初めて聞いたな……。エロゲの世界じゃん。対象が俺なのはおかしーけど!

 馬鹿にされてることに腹が立たないわけじゃないが、今は驚きのほうが大きかった。

 とにかく排除しようと奴らの1人から腰の剣を奪い、柄の先を腹部に打ち込んだ。初撃で蹴った奴がすぐに向かってきたが、剣を振っただけで地面に風圧が走り軽々と吹き飛んだ。

 チートだな。意識すると動きを細かく追えるし、動体視力がこれまでの人生にあった感覚とまるで違う。視野が広く、意識するとスローに見え、カメラレンズのごとく細部を観察出来る。肉体が別の生き物に生まれ変わったみたいな感覚だ。

 魔法なのかわからないが、俺がイメージした通りの事象が起こる。まるで無詠唱魔術だ。さっきの衝撃波みたいなものも、加減してあれだから、気をつけないと危ないよな。

 身動きしなくなった男たちを見下ろす。

「3人相手に無傷で勝てたぞ……」

 俺、強いのかも……?

 この世界に魔法が存在し、その源が感覚やイメージによるものだったとしたら、もっとすごい魔法が使えるかもしれない。

「律! これパンかな? 僕、人間の食べ物大丈夫みたい」

「待て待て! ネギとかカカオとか入ってないだろうな?」

 俺は慌てて確認する。

「たぶん、もう僕は身体が"猫"じゃないみたい、判るんだ、視界も色も、物凄くクリアだし」

 匂いを嗅いで、安全確認している。どうやら、お互いに目ではわからない変化があるようだ。

 俺は荷物から洗濯済みの着替えを見つけることが出来た。何とか他人の汚れ物を着なくて済んだことにほっとする。

 ついでに手持ちのコイン、字も読めないし価値もわからないけど、武器の剣も全ていただいていこう。

「しばらくは盗賊狩りだな、いや、俺が盗賊になるんだ、何処の世界も金が無いと何も出来ないからな」

 翡翠が器用に口の端をつり上げて笑みを浮かべる。

「盗賊か、いいじゃないか」

 もう猫では無いと言った翡翠が、器用に口の端をつり上げて笑った。

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