第八話 タイムリープの苦しみ


朝の光がまた、だみんちゃんのまぶたを照らす。

2010年の部屋。カーテンの隙間から差し込む光、壁のアイドルポスター、机の上の古びたノートパソコン――すべてが何度も見た景色だ。

だみんちゃんはベッドの上で静かに天井を見つめ、深く息を吐いた。


「また、戻ってきたんだ……」


何度目の死だろう。

もはや数えることすらやめてしまった。

裏切り、絶望、警察の腐敗、仲間の涙――。

死ぬたびに、だみんちゃんの心は少しずつすり減っていった。


最初のころは、死ぬたびに「やり直せる」という希望があった。

だが、今は違う。

死の瞬間の痛み、絶望、恐怖――それらが記憶に鮮明に刻まれ、消えない傷となって残っている。

目を閉じれば、銃声や薬品の匂い、仲間の絶望の叫びがフラッシュバックする。


「私は……何のために生き返っているんだろう」


だみんちゃんは、ノートにこれまでのループで起こった出来事を細かく書き留めていた。

「死因」「場所」「関わった人物」「その時の選択」――。

だが、どれだけ工夫しても、どんなに慎重に行動しても、必ず死が訪れる。


そして、あるループで気づいた。

「自分が死ななければ、誰かが代わりに死ぬ」

自分が危険を避けて静かに過ごしていると、今度は友人や家族、時にはまったく関係のない市民が事件に巻き込まれて命を落とす。

そのたびに、だみんちゃんは新たな罪悪感と絶望に襲われた。


「私だけが犠牲になればいいの?」

だが、そうしても何も変わらない。

また同じ朝に戻るだけ。

死のループは、誰かの死を代償にして続いていく。


あるループでは、ミサキが自分の代わりに殺されてしまった。

「ごめんね、だみんちゃん……私、あなたの分まで生きたかった」

涙を流しながら、ミサキは息絶えた。


別のループでは、田村が組織に捕まり、拷問の末に命を落とした。

「お前は……絶対に諦めるな……」

田村の最後の言葉が、だみんちゃんの胸に突き刺さった。


さらに、ユウが自分の代わりに裏切り者として処刑されるループもあった。

「だみんちゃん……ごめん……」

ユウの声が、何度も夢に出てくる。


だみんちゃんは、ベッドの上で膝を抱え、声を殺して泣いた。

「私が生きている限り、誰かが死ぬ。

でも、私が死んでも、何も変わらない」


心がすり減っていく。

死ぬたびに、少しずつ自分が壊れていくのを感じる。

それでも、だみんちゃんはノートを書き続けた。

「誰かが死ぬたびに、私はその記憶を背負って生きていく」

「私が選んだ道が、誰かの運命を変えてしまう」

「このループから抜け出す方法は、本当にあるの?」


ある日、だみんちゃんは鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。

目の下にはクマができ、表情はどこか疲れ切っていた。

「私、こんな顔だったっけ……」

タイムリープの苦しみが、肉体だけでなく心まで蝕んでいる。


それでも、だみんちゃんは諦めなかった。

「私は、絶対にこの町からフェンタニルを駆逐する」

「誰も死なせないために、何度でもやり直す」


だみんちゃんは、ノートの新しいページにこう書いた。

「私が生きる意味は、誰かを救うこと」

「このループを終わらせるために、私は戦い続ける」


名古屋の空は、今日も曇っていた。

だが、だみんちゃんの瞳には、わずかな決意の光が宿っていた。


――タイムリープの苦しみを抱えながら、だみんちゃんは再び運命に立ち向かう。

彼女の戦いは、まだ終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る