第7話 優しい味
「自分をダシに勝負しただぁ!? このバカゆいと!」
美装を解除して司令の部屋に戻った後、しずくねぇに一発殴られた。
「負けたら……私と別れる事になったかもしれないんだぞ。嫌なのは私だけかよ、お前は……私なんてどうだっていいんだろ」
「ひなちゃん司令の居場所を守ってやりたかったんだ。その為には戦わなくちゃいけなかった、だから戦ったんだ! 俺はしずくねぇと別れたいなんて思ってない!」
しおらしいしずくねぇは下を向いたまま。
『一人にして』
と、言って部屋から出て行った。
追いかけようとしたが、オキナワに止められた。
「ゆいと君に悪気が無かったのはスターも分かってる。でもね、自分との繫がりをダシに使われたのが嫌だったんだろうね、君が今行っても無駄、時間だけが解決してくれるさ」
そんなつもり無かったのに。
悲しませるような選択じゃないって思ってたのに。
「……ゴホン、えっと、話を続けるわよ」
トウが後ろで電話しているレンを指さしている。
「今日の話は……バカ弟の愚行によって取り消されたわ。ま、その、ヴァルガニカだっけ? ゆいゆいさんは弟に勝ったんだし、美装製作能力は再評価に値する。それにスターさんの美装もあの短時間でかなり変わったわ……貴女達がいる乙女を畳むのは損害になる、って事で収まったわ」
「えっと、えっと、つまりその」
司令があわあわあたふたしている。
きっと意味が分からなかったんだろう、可愛いなぁ。
「司令、まだここにいてもいいんですよ」
そう言いながらオキナワが司令の頭を撫でると、司令は両手を上げて喜んだ。
「……はい、お姉ちゃんに代わります」
レンがトウに電話を渡した。
嫌そうな顔をするトウだったが、レンの真面目な顔をみて顔色を変えた。
「トウです……はい、乙女にいます……了解しました」
「スピーカーにしてもいい?」
オキナワが頷くと、俺の頷きを見ないでスピーカーがオンになる。
『自己紹介をしたいところだけどそれは後、質問も受けつけない。とにかく話を聞いて』
「あ、お姉ちゃんの声なのです!」
『みさと居るんだろ、ガキ黙らせておけ』
「コールサインがあるんだからそっちで呼んでよ……下さいよ」
オキナワが司令にケーキを出して黙らせた。
あの見た目でみさとか……本当に女の子にしか見えないな。
『失礼、とにかく今はフェイスレスの進行が各地で起こってる。抑え込んではいるが数では不利を背負っている状態で気は抜けない、ゆいゆいとか言ったな、いるか?』
「は、はいっ!?」
いきなりの名指しだったので変な声が出た。
変な奴だと思われたかも……うゎ、やっちまった。
『そっちの乙女がかなりキツイ状態なのは知ってる。だが、一つ頼まれて欲しい。私達はそこのトウとレンが戻り次第新たな巣を破壊しに行く、その間、私の地域を守って欲しい。トウを倒す程の実力の君が居れば大丈夫だと思うから』
「えっと……へ?」
こうして、俺としずくねぇは新幹線に乗り、別の乙女の管轄までやってきた。
宿も取られていて(きっちり一人一部屋)
食事や観光の為の小遣いとして二十万が渡された。
この場所の乙女の殆どが巣に向かった。
戻ってくるまでの間、俺としずくねぇの二人でここを守ることになったんだが……。
「こんなきれいな宿取ってもらって、ラッキーだったな、アハハ」
「そうだな」
「………」
「………」
気まずい。
こっちに着いてから、いや着く前からそうだけど、ずっと機嫌が悪い。
「あれ、これ、手紙だ」
気まずくて、何か無いかとうろうろしていた所、机に手紙が置かれていたのを見つけた。
えっと……。
『僕の運命の人、ゆいと君へ。君と暮らすこの町の為、僕は戦いに行きます。早く片付けて、帰ってくるから、その時はキスの一つでもしてくれたら嬉しいな。貴方の彼氏、レンより』
こんなの置いていくなッ!
こんなの見られたら
「ふーん、あの男とよろしくやってんだ」
「いや、あ、これはアイツが勝手に書いたやつでさ、俺は全然レンの事なんて」
「しっかり名前覚えてるんだ、へぇ」
あーもー!
違うんだって!
俺はレンじゃなくてしずくねぇが好き! 大好きなのに何で!
「俺は……し、しずくねぇが好きなのに……何で、何でそんな酷い事言うんだよ! うわぁぁぁぁ!」
俺は泣いてしまった。
泣いて、そのまま部屋を出てしまった。
どこに行くとか、何も考えていない、どうすればいいのか分からなくて、訳がわからなくなったんだ。
「……酷い事言っちゃった」
何言ってんだろ、私。
あんなの置き手紙じゃん、ゆいとがどうにか出来る事じゃない。
それなのに嫌な事言って……名前を覚えてるなんて当たり前じゃない。
あんな衝撃的な出会いなんだから、覚えてない方がおかしいだろ。
「アイツ、チョーカー付けてないし、スマホも置きっぱなし……」
バカ、こんな知らない土地で何も持たずに飛び出すなんて。
「私がもっとしっかりしないと、ゆいとの周りに変な奴が出てきても私がつなぎとめていればいいんだ」
私は女でオキナワやレンは男だ。
負ける訳がない、そう、負ける訳がないんだ。
ゆいとに女の良さを教えれば……や、やるしかない。
「スター様」
「うにゃっ!?」
びっくりした……ヴァルガニカ?
「可愛らしい声でした」
「ゆいとに言ったらぶっとばすからね、それで、どうしたの?」
……まって、ヴァルガニカがいきなり話しかけてくるなんて普通はあり得ない。
何もなしに雑談をするようには作られていないはず。
「フェイスレスが出現しました、場所は水田地区……プリンスバトラーに送信しました、確認して下さい」
私達が来た場所は結構な田舎で、田んぼが広がる場所なんていくらでもある。
その中でも、ここならかなり近い。
「スター様、良い報告と悪い報告があります」
「いい方から聞く」
プリンスバトラーはブレスレットになっている。
私の意思で美装を展開してくれる。
本来は指輪になる予定だったけど……指輪はゆいとから貰いたかったから、止めるように司令に頼んでこの形にしてもらった。
「おそらくそこまで強個体ではありません」
「それで、悪い方は」
プリンスバトラーを展開して場所を再度確認し、上空にテレポートを設定する。
「近くにマスターがいます」
あのバカ!
何も持たない時にフェイスレスと遭遇してるなんて……。
「絶対助けるからな、ゆいと」
上空に移動し、すぐにゆいとを探す。
以前のブラックバトラーには出来なかった事でも今のプリンスバトラーなら問題なくこなせる。
「いた!」
フェイスレスに囲まれそうな親子の為に石を投げて注意を引いてる。
自分も美装を持ってないのに、人の為にあそこまでするなんて。
「やっぱり、私の彼氏は違うな」
ゆいとの前に着地し、剣を抜く。
「美装も持たずにフェイスレスと戦おうとするなこのバカ」
「し、しずくねぇ!?」
これまでとは違う、格段にパワーアップしたこの美装の力を見せる時が来た。
「ほら、捕まって」
「う……うん」
剣の扱いには慣れてない、振り回してゆいとに当たったら大変だからどうするか、悩んだ結果。
「しっかり捕まってろ!」
「こ、この格好は……恥ずかしい……」
ゆいとを抱いたまま、戦う事にした。
お姫様抱っこをして、片手で剣を振るう。
強敵相手なら厳しいだろうけど、この程度ならッ!
「早い……ヴァルガニカと同じぐらい、いやもっと早い?」
「喋ってると舌噛むぞ」
五体のフェイスレスが皆こっちを向いた。
動きも遅く、攻撃も単調で目を瞑っていてもかわせそうだ。
「ヴァルガニカより速度とパワーはある。ま、ゆいとのはパシフィカとヴァルガニカの複合美装だからどっちが上とかわかんないけどなッ!」
殴ろうとした腕を切り落として、その勢いのまた首を刎ねる。
その次も、その次も首を落としていくのが呆れるぐらい簡単だった。
だが、一つ気になる点がある。
私の知っているフェイスレスは、戦う順番はまず決めない。
襲ってきた個体、邪魔な個体を排除しようと攻撃するはず、なのに。
正確に私じゃなく、ゆいとを狙ってきている。
知能が比較的高い個体なのか?
五体もいれば一体そんな個体が混ざっていてもおかしくは無いんだが。
「邪魔!」
これで四体目、こいつもだ、こいつもゆいとを狙ってきてた。
「やらせるか!」
そして五体目、こいつに至っては倒れたフェイスレスの腕を使い、剣のように扱いゆいとを狙ってきやがった。
「片付いたな……無事か?」
「あ……う、うん」
ここのフェイスレスは何かがおかしい。
これも巣が原因か?
それとも……。
「あ、あの、そろそろ下ろしてほしいな……あはは」
「あ、ごめんごめん」
ゆいとを下ろし、ヴァルガニカとスマホを渡した。
それにしても……何だあの顔、ニヤニヤと……緊張が入り混じったような顔。
それにやたらもじもじしてるし、女みたいな行動をするな。
あ。
あー、成程成程。
「大丈夫でしたか、お姫様」
「ッッッ!!」
ゆいとの顔が真っ赤になった。
あー、これは確定だわ。
自分で言うのもあれだけど、王子様に助けて貰った乙女の顔してるわ。
いやそんなのマンガでしか見た事ないけど!
「おや、お怪我がありましたか? 見せて下さい」
「さ、触らないで! 今はダメだから、ダメ!」
前のめりになるゆいとを弄り倒そうかなと、笑いながら考えている時に、さっきあった喧嘩の事を思い出した。
「……私って、めんどくさい女だよな」
「……しずくねぇ?」
「お前の考えも聞かず、勝手に暴走して……嫌な事たくさん言っちゃった」
おかしいな、泣くつもりなんて無かったのに。
涙が、勝手に。
「ごめんなさい」
謝る私は、ゆいとを見れなかった。
謝っているのに、どうしたら、どういう態度をとったらいいのか分からなくて、不意に出てきた涙を見せたくなくて。
私はうつむくのと同時に、頭を下げた。
「……し、しずくねぇ!」
そんな私を、ゆいとは抱きしめてくれた。
さっきまで私が抱いていたのに、その時には感じなかった男らしさ、安心感が伝わってくる。
「俺は……えっと、し、しずくねぇが彼女でよかったと思ってる! か、カッコいいし、可愛い所もあるし、さっきなんて、美人だしイケメンだし……」
ギュッと、抱きしめる力が強くなった。
「見た目だけじゃない! 俺みたいな変態を受け入れてくれて、日常から支えてくれて……感謝してる」
私も、ゆいとを抱きしめる腕に力を入れた。
「俺はずっと、しずくねぇの彼氏でいたい、このポジションは誰にも譲らないし、俺は……オキナワやレンの彼女、いや彼氏か……とにかくあの二人とは絶対に変な関係に、しずくねぇを裏切るような事はしない! だから」
「……ま、まだ、俺がしずくねぇの彼氏だって事で……その、いいですか?」
「うん、大好きだよ、ゆいと」
落ち着いてから遺体の処理を後から来た乙女の人間に任せてる手続きを終え、私達は宿に戻った。
「……手、繋ご」
今日のゆいとはちょっぴり積極的で。
「ん。あ、後さ、彼女からお姫様扱いされて興奮するのは止めときなよ? 私じゃなきよドン引きだから」
「う、うるさい! いいんだよ! 彼女はしずくねぇだけなんだから!」
「そりゃそうだ。……それと、一生彼氏ってのはおかしいから言い直して」
「それって……はぅ」
そんな彼にご褒美をあげる事にした。
「ん……何だ、嫁にはしてくれないっての?」
「……い、いまのって……き、キキキ……」
「おいゆいと……気絶してる? 嘘だろ? キスで気絶って、マンガみたいな事すんなって!」
「はぅぅ……」
ゆいとの唇は、優しい味がした。
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