14 仕向けた

 ――冷えた親指が気管を潰す。握りこまれた他の指が血流を止める。

 普段は意識しない脈動がどくどくと存在を主張していた。

 無意識のうちに唾を呑み込むと、下へさがっていけなくて鼻腔へと侵入する。つんと花の奥が痛くなる。


「どうすんだこれ」


 しぃくんがあきれ顔で私を見下ろしている。

 ひどいよ、どうして私が首を絞められているの。


「自業自得だバカ」


 こういう時は「僕が肩代わりしてやる」ってかっこいいところ見せるべきところなんじゃないの?

 ——なんて言っている場合ではないか。息が苦しくて視界が狭まってきた。このまま気絶をしてしまうと首の骨を折られて死んでしまう。


 しびれる指先でポケットを探ると固い感触がする。防犯ホイッスルだ。

 おばあちゃんに持たされて以来ずっと鍵につけている小さな笛。

 吹く? 呼吸を止められているのに?

 ならもう手段はひとつしかない。ホイッスルを固く握りしめると、渾身の力で相手のこめかみを殴った。


 湯沢先生は痛みに呻いて手を緩め、体勢を崩した。横に押し倒す形で転がすと、私は立ち上がって距離を置く。カバンを片手に迎撃姿勢を取った。いざとなったらこれを投げるつもりだ。

 おばあちゃんが昔、危ない目に遭ったら急所を殴りなさいと部位を口を酸っぱくして教えてくれていたが、まさかここで生きるとは思わなかった。

 咳き込みを抑えて息を整える。


「——口が過ぎました。でも、これでおあいこですよね? お互いに痛いところを突かれたんですから」


 首元をさすりながら言えば、先生は床に座り込んだままこちらを睨みつけてきた。私を忌む両親の目に比べれば微笑にすら思える。

 切り替えるように私はぱちんと手を叩いた。


「西方妙子の話は、後にまわしましょう。まず、事件の全容を、話さなければいけませんね」


 どこからだっけ。


「来宮先輩の話からだな」


 紫音が助け舟を出してきた。

 そっか。私は、なんとなく渡山先輩に視線を向けたあと湯沢先生に戻した。


「小谷紫音が死亡した後、学校は一週間休校となりました。同校生徒が同じところで、同じようにして死にましたから、当然と言えば当然ですね。そして明けて月曜日。私は"おまじない"を行いました。結果はまあ、こんな感じです」


 おかしそうに紫音が笑うものだから、笑い事じゃないとむくれそうになる。


「――私は来宮姉妹こと明日香先輩と京香先輩に、協力を仰ぎました。ひとりじゃどうにも動きにくいから。それで……覚えていますか? 私と山口くんで保健室に来て、しばらく休んでいた日のこと」

「……」

「確か『来宮先輩に江夏のことを聞かないと』と山口くんと話をしました。それが、加代子ちゃんが七不思議をまとめていたスクラップブックの在り処を聞くことだったんです」

「スクラップブック……?」

「はい。さすがに個人のものですから、隠すことはできませんでしたね? 『呪いのヒミツ』を持ち去ったときみたいに」


 ひくりと先生の頬が引きつった。

 私は思わずカバンを構えなおした。すでに一度負けているからな、気を張っていかないと。


「なぜピンポイントに持ち去れたか不思議でしたが、加代子ちゃんが、馬鹿正直に教えていたんですかね……。ねえ先生? どこから何がバレるか分からなくて怖くて本まで隠したんですね。そして、来宮先輩も消そうとした」


 図書室で渡山先輩が話していたことを思い出す。

 『先生の手伝いをしていた』――という内容だった。


「わざわざ部室まで行って急ぎでもない頼み事……荷物運びをお願いしたんですか? 養護教諭が保健室を離れて少し離れた教室に来たことに、先輩たちも不思議に思ったかもしれません。でも根は良い人たちですし、快諾したでしょう」


 先生、静かだけど生きてる? 息してる?


「そして時間をずらすなどして二人が離れた時を見計らい、京香先輩を階段に突き飛ばした。石階段ほどうまくは行かなくて残念でしたね。明日香先輩のほうも手をかけようとしたかは不明ですが、タイミングがうまくいかなかったのでしょうか」


 京香先輩、どうなったのかな。

 もし死んだら天体観測部は廃部になりそうだ。

 別にどうでもいいけど……。


「最後は、そこの――渡山先輩。【加代子ちゃんのスクラップブックから吹奏楽部】【西方妙子】【怪我によりコンクールに出られなかった】という情報を得て、当時のパンフレットを探しに行きました。『ヒミツシリーズ』の横にありましたよ」

「……あれが、そうだったの……忘れていたわ……」


 ぼんやりと先生がつぶやく。話は聞いているようだ。


「1997年、三花宮高校。出演者リストのフルートの項目にはふたりの学生の名が載っていました。――『西方妙子』、そして『湯沢咲』。あなたです」

「……赤の他人かもしれないじゃない」

「私もそう思いました。なので、どう伝えるか考えていると、渡山先輩と遭遇したので教えたんです。渡山先輩はあなたに興味を抱いていたようですし。それから渡山先輩を見届けて――放課後、先生がどのような動きをしたのか確認しに保健室に来ました」


 わざと怪我をして。

 二人きりにならないように山口くんと一緒に。


「待って。……待って」


 先生は震える声を出す。


「ま、まるで、わたしが……来宮さんにも、渡山くんにも、手をかけることが分かっていたみたいな言い方をするのね……?」

「分かっていたというか」


 私は首を傾ける。



 炭鉱のカナリアという言葉がある。炭坑内で発生した有毒ガスを察知してさえずりを止め、周囲が危険に気付くという毒ガス検知のために飼われた小鳥。

 私がしたのは、それに似たこと。彼女らをカナリアにした。


「しぃくんが死んだ段階では、私も犯人が誰かを掴めていませんでした。同級生のせんも考えましたが、遠回りに嫌がらせをしているような人間が直接的に人を殺せるかと言われたら疑問があります。殺すにしても対象は私でしょう。多数の面前で貶めたのですから」


 紫音を逆恨みして殺すのもあり得なくはないが――根岸さんか加藤くん、どちらかが彼に接触した段階で注目は浴びそうだ。だからあえて選択肢から外した。

 そういえば根岸さんってアザミの花言葉知っていたのかな。今度会ったら聞いてみよう。


「だから、カマをかけました」

「カマ……」

「私は、『加代子ちゃんを殺した理由に気付かれるとまずい』というのがしぃくんを殺した動機だと仮定しました。そうなると同一人物の可能性は強くなりますね。後は簡単な話です。探偵ごっこをしていることを知っている人間が犯人候補としてあがる」


 姿勢を直しながら私は続ける。ここまでずっとカバンを構えていたから腕が疲れた。


「探偵ごっこを知るのは、身内の一人、来宮姉妹、そして湯沢先生の三人です。身内はそもそも部外者ですし、絶対についていきません。来宮姉妹は多少嘘をついていましたが加代子ちゃんの死には関与していません。消去法で湯沢先生、あなたになります」


 ひっでえ推理。

 紫音が呟いたけれど私は聞かないふりをする。そもそもミステリーなんて消去法じゃないか。


「ただ、あまりに判断材料が少なすぎる。しぃくんを殺すまでに追い詰められているのなら、こちら側からなんらかのアクションを起こせば尻尾を出してくれると睨みました。なので、手始めに探偵ごっこを継続していることと来宮姉妹に協力を仰いでいることをほのめかしたのです」

「保健室に来たのは――」

「はい、その話をするためです。ひとりで行けばそこの渡山先輩のように殺されてしまう危険があったので、山口くんを伴って。体調不良を装うつもりでしたが本当に体調崩したのは誤算でしたけれど――まあ結果オーライですね」


 ひぃ兄は気づいていた。

 だからこれ以上やらかしてしまわぬように釘を刺してきた。


「結果、京香先輩が重体で見つかりました。『先生に頼まれて荷物を運んでいた』しか聞いていないのでどの先生かは不明ですが――階段から突き飛ばすという殺し方を過信している湯沢先生かな、と」

「……それだけでわたしって決めつけたわけ?」

「はい」

「……」

「吹奏楽部のパンフレットに載っていた『西方妙子』と『湯沢咲』の名前を目にして、一連の事件はあなたの仕業だと確実しました。ただひとつ懸念があるとすれば、私の推理は合っていたのかということです。ええと……。『過去のことを持ち出されたから加代子ちゃんを殺した』のかということですね」


 それ以外は思い浮かばなかったけれど、やっぱり正しいのか不安はある。

 西方妙子の話は、湯沢咲にとって殺意が湧くほどタブーであるなら、それを確かめなければならない。


「なので、渡山先輩を唆し、過去のことを引き合いに出してもらうことにしました。結果、彼は殺された。先生は殺してでも、過去のことを持ち出されたくなかったんですね」

「そ、そんな、答え合わせのために、渡山くんを……? わたしに殺されると分かっていたのに!?」

「はい。よほど先生が追い詰められていると分かりました」

「あなた、自分で何を言っているかちゃんと理解しているの!? 死なせたのよ!? くだらない思考ゲームのために、死ななくてもいい人間を殺したのよ!?」

「殺したのは先生ではありませんか」


 何を言っているんだ。

 私に責任を押し付けないでほしい。


「……でもそっか、探偵ごっこをしようなんて、誘わなければ、しぃくんは死ななかったのかな。……どうかな。死んでほしかったのかも」


 私は首を触る。絞められた跡が痛い。


「加代子ちゃんが羨ましくて……。この先ずっと、しぃくんの後悔の記憶と共に在る彼女の存在が羨ましかったんですよ。死んだ人間は美化されて衰えません。一生、加代子ちゃんはしぃくんの心を占領する」


 私はこのまま生きていたら、彼に愛想をつかされるかもしれないのに。


「だから、私、しぃくんを探偵ごっこに誘ったんです。彼の後悔を減らすため、それから……僅かな希望だとしても、一緒に死んでくれる口実がほしかった」


 一息ついて、私は犯人を見据える。

 感傷は後だ。

 事件を終わらせよう。


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