10 墓参り
二人組の警察関係者とひぃ兄が何やら話しているのを僕たちは遠目で見ている。
なぜ警察関係者と断定できたというと、ビニール傘ごしに警察手帳を出しているのが見えたからだ。
僕も考えが浅かったけれど、事件が立て続けに起きている学校の付近で生徒でも学校関係者でもない人間がうろうろしていたら当然怪しいと思われるよな……。
しかも彼は保護者という身分ではない。すごい、怪しい点しかない。
余計なことを言って連れていかれても困るので僕たちはしぶしぶ間に入った。
「あの……すいません」
「はい?」
「この人、不審者ではなくて僕らの親戚なんです。迎えに来てもらっていて……」
「親戚ですか?」
警察の人は瞬きをして僕とひぃ兄を見比べる。
疑っているわけではなさそうだけれど、こちらとしてもこの人が不審人物でないことを証明したい。そうでないと怪しい人と帰ったと変な噂になりかねないし。
横から詩杏が出てきて生徒手帳を見せる。
「あの、私、土屋詩杏と言います。その人は、私の未成年後見人の息子で、様子を見に来てくれたんです」
「ああ、そうなんですか。彼と話が一致していますね」
よかった、ひぃ兄も同じ説明をしてくれていたのか。というか、説明できていたんだ。
「今度からは生徒用の校門ではなくて正門か、どうしてもというなら事務所で待っていてもらったほうが紛らわしくないですね。我々も見るだけではどのような人か分かりませんから……」
「はい、次から気を付けます」
あ、ひぃ兄はまったく話を聞いていないスマイルで流したな。反省しろ。
無事誤解も解けたようなので僕は生徒手帳をしまう。近くのコインパーキングに車を置いているというのでそこまで歩く。
「車で待っていても良かったのに。というか車で待っていてよ」
「コインパーキングの位置とか車の特徴を伝えるのがめんどくさくて、こちらから迎えに行ったほうが早いかなと思ったんだけど。恥ずかしかった?」
「職質受ける身内は見たくなかったなぁ……」
白い軽自動車の助手席に乗り込む。ティッシュボックス以外なんにも置いていないな、この車。
ひぃ兄はバックミラーを調整し、エンジンをかける。
「シートベルトした?」
「うん」
「じゃあ出発するよ」
「そういえばどこに行くの?」
「墓参り」
〇
一時間程度の無言のドライブのあと、とある霊園についた。
見覚えがないし、身に覚えもない。
駐車場から降りてしばらく行けば広い敷地と青々とした芝生、そして等間隔に並んだ墓石が視界に入る。
ひぃ兄は黙って歩き出すので僕もその背中を追いかけた。彼は雑に花束を持っているので花弁がひらひらと落ちていく。
「ねえ、誰のお墓参りなの」
「分からない?」
「分からない」
「だろうね」
なんだそれ。
ローカルコマーシャルで見る霊園に似ているが、たぶんここではない。
心当たりがないのでなんとなく居心地が悪い。
「ちょっと歩くから、話しながら行こう」
「え、やだよ」
「最近の調査の成果が聞きたいな」
僕の言うことまったく聞いてないんだけどこの人。
ちょっとは会話をする努力をしてくれ。
「……昨日も話しただろ」
「もう一度聞きたいんだ。復習も兼ねてね」
……なんか企んでるな。
折れなさでいえばひぃ兄のほうが上なので、仕方なく僕はもう一度同じ話をした。
殺人犯扱いされ、探偵ごっこをはじめ、"おまじない"のことを知り、本がなくて図書館で見つけたけど大した内容ではなかったこと、飛び降りた生徒のことと吹奏楽コンクールのこと……。
たどたどしくなりながらもなんとか話し終える。
「なるほどね」
「満足?」
「まあまあ。うん、なるほど」
歩調を緩め、ひぃ兄は振り向かないまま続けた。
「君、あえて言っていないことがあるよね」
「……」
「僕が言おうか。――事件調査の進み具合を、わざと特定の場所で喋っていないかな」
「……ない」
「ダウト」
ひぃ兄はようやく立ち止まり、僕に身体を向ける。
「どうしようか悩んでいたけど、やっぱり言わないといけないね。これが他人なら僕も静観していたけれど、君は僕の身内で――悪いことをしたなら叱らないとならないし、多少は悪いと思っているからさ」
よく分からないことを言って、煙草を取り出して火をつける。さっき見かけた看板に「敷地内禁煙」って書いてあったのを見なかったのかこの人。
茶化しながら指摘しようとしたが、彼の目があんまりにも鋭くて僕は言葉がのどにつっかえる。
こんな顔、初めて見た。怒っているのでも悲しんでいるのでもない。観察している。
「あのね、紫音くんは僕のLINEも携帯番号もすべてブロックしているから本来は連絡なんて取れないはずなんだ」
「は……?」
「僕が職質を受けていても絶対助けないだろうし、車も助手席には座らない。以前はさんざんグズって後部座席だったかな」
「どういう……」
「次の話題に行くよ」
僕の質問を許してくれない。
言いたいことを余さずすべて僕へ叩きつけるつもりだ。
「君は、追い詰められた人間の背中を的確に押すことが上手いね。例えばそれは、夫の浮気に気を揉む女性や、正体がバレないか穏やかではない犯人だ」
「何を言って………?」
「ただ、君には情緒が足りない。『ああしたからこうなる』というのは経験則で応用できるけど、そこに差し込まれた感情は理解できない」
「……」
「実際のところなぜ矢澤優一や矢澤花梨、江夏加代子が殺されたのか、そこにどのような感情があったか、じゅうぶんに想像出来ていなかったんじゃないかな」
「どういうこと?」
「簡単に言おうか。殺された動機ってものを考えていなかったよね」
「出来なかったからなんだっていうんだよ」
「死人が出た」
今日の昼ごはんを報告するような、そんな気軽さで。
「しかも、君にとって大切な人だ」
頭が白くなる。死人。僕にとって大切な人。
点と点を繋げてはならない。脳みそが警報を鳴らす。
「大切な人? 姉さん? それとも……しぃちゃんのこと?」
「違う。紫音くんだ」
ひゅ、と僕の喉が鳴る。
聞きたくない。聞いてはいけない。逃げなくてはいけない。
壊れる前に。
だけど身体に力が入らなかった。
「ここにある墓に、直に彼も入る。両親の納骨以降一切訪れなかった場所に」
指さされた先には「小谷家」と彫られた墓石があった。
「なんで……」
「墓に入る理由はひとつしかないよ」
がくがくと足が震える。
今すぐにでもひぃ兄の口を塞ぎたいのに動けない。
彼は、ゆっくりと言った。
「小谷紫音は、十日前に三花宮高校の石階段で転落し頸椎骨折により死亡した」
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