8 パンフレット
翌朝、クラスにて。
「小谷、聞いたか」
山口が慌てた様子で僕に話しかけて来た。
首を傾けると彼は耳打ちしてくる。
「来宮先輩の片割れ、階段から落ちて意識不明だって」
……そうなったか。
「片割れってどっち? 明日香先輩と、京香先輩」
「さあ。そこまでは知らないが……」
「じゃあどこで落ちたって聞いた? ——もしかして、石階段?」
「……いいや、校内らしい。三階から二階のあいだの階段で、放課後に倒れていたところを見つかったって」
僕と話した後に起きたことだな。
完全下校の時刻までそのまま残っていたのかもしれない。
『倒れていたところを見つかった』ということは、落ちている瞬間は誰も見ていないのか?
いや、双子だからと言って常に一緒とは限らない。一人でいるときに階段から転落した……今はそれしかつかめない。
階段から落ちる、というのは質の悪い偶然だろうか。それとも――。
何を察したのか山口は僕の肩を掴んでくる。一回離した。また躊躇うように触って来た。何がしたいんだ。
「小谷、頼むから変なことするなよ」
「したことないだろ、僕」
「昨日のことが正常だと思っているならお前相当ヤバいと思う。頭が」
「オブラートに包んでくれ」
確かに褒められたようなことをしていないけどさ。
詳しい情報が欲しい。だけど今の僕が山口以外に話しかけて、普通に返事が返ってくるだろうか。
必要な会話をするためにはまず信用を取り戻すイベントが挟まれなくてはいけないってことだな。もどかしい。普段の行いをこんなところで反省しなくてはいけないとは。
「……呪いかな」
山口がぽつりと溢した。
聞こえてはいけなかったんだろう。だけど、聞いてしまった。
僕はその横顔を見上げる。普段快闊な彼には似合わないクマが目元に出来ていた。
「誰の」
俯き、僕はカバンのチャックを弄る。意味はない。
ただ真正面から僕はこの話題に向き合いたくなかっただけだ。どうしてか胸がざわめいて仕方がない。
「……分かんね。例の飛び降りた生徒か――いや」
「江夏とか?」
言いよどんだ山口の言葉を引き継いで、僕はぼそぼそと言う。
「ひとりで死ぬのは寂しいからって、道づれにしているのかな」
「……」
「なーんて、冗談だよ」
僕は顔を上げて笑って見せる。
せっかく山口が話しかけてくれるようになったのに、ドン引きさせてどうするんだ。
死んだ人間はそこまでだ。生きている人間を道づれになんかできるわけないだろ。
――できてたまるかよ。
「そんなこと江夏はしないと思うし。悪かったよ、変なこと言って」
明るい口調で弁明したけれど、山口は痛々しい目で僕を見下ろしていた。
図書室。
詩杏を伴って僕は司書さんに話を聞いていた。
「吹奏楽部のコンクールのパンフレット? ここ最近のは音楽室にあるはずだけど、古いものはそこの本棚にありますよ」
司書さんにダメもとで聞くと、予想外の答えが返って来てびっくりしてしまった。実際のところ無いと思っていたのに。
示されたところは貸出禁止の棚——例の"おまじない"の本 (現在行方不明)が置いてある棚であった。もしかしてこのたくさん並んだ、くすんだ水色の薄い冊子がそうなのか。背表紙に何も書いていないから興味が全く湧かなかった。
適当な冊子を恐る恐る引き出して開ける。ビンゴだ。吹奏楽コンクールのパンフレット。
とりあえず1998年のものを探せばいいんだな。いや、1997年? 年代を絞り込めて入るから作業としては楽だけれど。
ひとつひとつ取り出して確認していると、とある一冊から花模様の付箋が顔を覗かせていることに気が付いた。まだ新しいようだ。
公共物の本に付箋をつけるなよ。心の中で文句を言いながら外そうとして、詩杏が口を出す。
「待って」
「なんだよ」
「この付箋、加代子ちゃんのじゃない?」
「えっ」
慌ててパンフレットを確認すると、これは1997年度ものだ。もしかして、江夏は死ぬ直前に僕と同じことを――西方妙子が出演するはずだったコンクールを調べていたというのか?
震える指を抑えながら開く。
【№18 神奈川県立三花宮高校】と記載されたページ。指揮者と、演奏者の名前が書かれている。
フルートの欄には二名。西方妙子の名前には鉛筆で斜線が引かれている。そしてもう一人は――。
「よ~お、かわいい後輩ちゃん。髪切った?」
「雑なナンパ止めてください」
僕の肩にのしりと腕を乗っけてくる不躾な人間に思考を遮られる。
渡山先輩だ。
「……奇遇ですね。図書委員会の仕事はないんですか? サボりました?」
「それを言うならそっちだってそうじゃん。硬いこと言うなよ」
今日は三年生が当番の日だってこっちは分かっているんだぞ。
詩杏はいやそうな顔をしているものの黙っている。
「そうだ、渡山先輩。来宮先輩が階段から落ちたって聞いたんですけど……」
「あー、それ? 京香のほう。まだ意識戻ってないって聞いた」
「京香先輩が……」
「なんでも、放課後にふたりで先生から頼まれごとしてプリント運んでいたらしい。で、あとから来るはずの京香が来ないから明日香が様子を見に行ったら階段から落ちて倒れていたんだとよ」
質問した僕も僕だが、ペラペラしゃべる渡山先輩も渡山先輩だな。
三年のクラスでは持ちきりのネタみたいだ。というかあの双子のこと下の名前で呼んでいるのかよこの人。
「バランス崩して、とっさに手がつけなかったんじゃないかって。ついたとしても骨の二三本は折ってるだろうな」
「ですね」
「あいつの同級生として言うけど、絶対今機嫌悪いからLINEしないほうがいいぜ」
しねえよ。
しかし運が良かった。思ったよりも傍に情報通がいて助かったな。
あらかた喋り終えて満足したらしい渡山先輩は、僕の手元を覗き込んだ。
「何調べてんの?」
まあ、当然聞かれるよな。
僕は一瞬迷って、隠す必要もないだろうと口を開く。
「渡山先輩は、音楽室の飛び降りる霊を知っていますか?」
「あー、知っている。オカ研だと一度は聞く話だわな」
そうなんだ。
「その元ネタの女の子を、探していました」
「は? 事件調べていたんじゃねえの?」
「……息抜きですよ息抜き。それでほら、ここ見てください」
分かりやすいようにパンフレットを彼の目線まで上げ、指で辿る。
渡山先輩は目を見開いた。
想像していたリアクションだったのでちょっと面白い気分になる。
「マジ?」
「マジです。だからだぶん、あの人は飛び降りる霊の元となった事件の当事者だと思いますよ」
「ウケる」
どこにウケたんだよ。
ひょいとパンフレットを取り上げられた。
「えっ」
「ちょっくら見せに行ってくるわ」
僕は眉をひそめる。
「デリカシーってものがないんですか? もしかしたら避けたい話題かもしれないですよ」
「そっから話題を広げるんだよ。まあまかせとけって」
「……じゃあまかせますけど。あと、それ貸出禁止です」
「あとで戻せばセーフ」
クズのお手本みたいなムーブをかまさないでほしい。
何を言っても無駄だなコレは。どうなっても仕方ない、ということで。
僕はため息をついて渡山先輩の背中を見送った。
というか、あの人委員会の仕事を放り出してないか。
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