8 机上の花

 翌朝。

 詩杏を保健室に突っ込み教室に行った僕は、わずかな時間だがフリーズしていた。


「あるんだ、そういうこと」


 思わずつぶやく。勝手に口が動いたともいう。

 ――僕の机の上に、ペットボトルに刺さった花が飾られている。

 どう見ても百パーセントの悪意は込められていた。むしろこれに善意なんてないだろ。

 というか、アニメやドラマのいじめ描写でこういうの見るけどあれはちゃんと花瓶と綺麗な白い花だよな。つまりわざわざ花瓶を用意して花屋までお金を出して一輪買った陰の功労者がいるということになる。

 そういう雰囲気重視の人間がこの教室にはいなかったということか。


 廃棄を待つだけのペットボトルと、恐らく校内に咲いていたであろう花を摘むというエコ精神の一欠けらでもいいから僕をいたわる気持ちに変換してほしかった。

 とりあえずすみに寄せてカバンを下ろす。この花本当にどうしよう。巡り合ったものは仕方ないからあとで詩杏になんという名前か聞いてみるか。


 意図的に無視していた周りの視線に注意を向ける。

 やはりというかみんな僕のことを一見無関心のようでいてちらちらと伺っていた。

 こういう時ってどういう反応を起こせばいいのだろう。泣けばいいのか、怒ればいいのか。どっちもめんどくさいな。そもそも僕はエンターテイナーではないんだから、やりたくないならそれでいいじゃないか。

 視界の端に山口が映る。内容こそゲームの話であったが、時折妙な間を置いて僕の方に顔を向けている。


「山口」


 僕は普段通りを意識しながら声を出す。

 あからさまに山口は動揺し、周りも息を呑んでいた。


「おはよ」


 彼は返事を返さなかった。いや、かすかに絞り出すように「……うん」と聞こえた、気がする。

 ――悪いことをした。

 僕と関われば仲間外れにされかねないだろうに、それでも完全に僕を切り捨てることもできなかったか。

 普通にいいやつなんだよな。だから僕みたいなやつともつるむというか、つけこまれやすいというか。


 頬杖をついて、花を指先でつつく。

 昨日より明らかに周りと机が離されていることから見ても、暗黙の了解ルールで僕を排除しているつもりか。僕に関わったら同じような目に遭うことを恐れている者もいるだろう。山口もそのたぐいか。

 実のところ誰が中心人物かというのはそんなに興味がない。

 そいつを見つけて叩いても、僕の「殺人犯」という噂は無くなるわけでもないし。結局根底――事件を何とかしなければダメという話になる。

 普段通りの学校に行きたいのなら、探偵ごっこは否応なしにでもしなくてはいけないということだ。自分の無実を証明しなくては、ここに僕の居場所はない。


 吐き気がする。

 江夏がいたらきっとあの騒がしい声でこんな空気を壊してくれていただろう。それから僕の背中を痛いほどに叩いて叱咤なりなんなりしていたはずだ。あいつはいい意味でも悪い意味でも空気が読めない奴だったから。

 だけど江夏はもういない。死んでしまった。

 江夏の席には花は生けられているのだろうか。それこそ花瓶ときれいな白い花を。

 隣のクラスにある彼女の席を、永遠の空席を、僕は見る勇気がない。


「……小谷」


 佐々木の声に僕ははっと我に返る。

 いつの間にかショートホームルームの出席確認が始まっていたらしい。


「はい」

「それはなんだ?」


 即席花瓶のことらしい。

 どう言ったものか悩んでから僕は答える。


「分かりません。なんか、置かれていました」


 もっと洋画のように皮肉交じりの気の利いたことを出したかったのだが駄目だった。

 佐々木は素っ気なく「そうか」とだけ言い、すぐに次の生徒の名を呼んだ。

 本当に事なかれ主義だなあ……。怒りより先に呆れが出てしまう。普段なら片付けろだのうるさく言うくせに、なにかを察したのか追及してこない。

 こんな澱んだ空気の中に詩杏は入ってこれるはずがない。教室に一歩入った瞬間に倒れてしまうか寝ない。

 ショートホームルームが終わる。

 時間割を確認すると次は現代文だ。昼前の四限までは座学だが、五限は体育だった。雨が降っているから体育館で卓球になるはず。

 この様子では誰も僕とペアになってくれなさそうだし、午後はサボろう。



「アザミだね」


 保健室。ベッドに腰かけて詩杏は僕が渡した花をまじまじと眺める。

 一限終わりから低気圧云々で頭痛が酷くなり、薬を飲んでようやく起き上がれるようになったらしい。お前の方こそ学校を休むべきだったんじゃないか、というのは今更か。

 さっきまで湯沢先生は居たが、プリントを印刷するために席を外している。


「天ぷらにするとおいしいよ」

「……食べたことあるんだ」

「おじいちゃんが元気な時にね。なんでも天ぷらにすれば大丈夫だって口癖で」


 僕は会ったことないが、話に聞く限りだいぶ破天荒な人だったらしい。

 たまに詩杏が突拍子もないことをしでかすのはおじいさんからの遺伝なのではないかと疑っている。


「どうしたの? しぃくんは別に花を摘んでくるメルヘンな趣味はないでしょう?」

「言ってくれるじゃねえか。メルヘンなクラスメイトが摘んできてくれたんだよ」

「え? ……どうして」

「机の上に生けられてた」


 眉をひそめる詩杏へ、できるだけ冷静かつ簡潔に伝えた。

 彼女はきょとんとした顔でしばらく言葉の意味を考えた後、花を持つ手に力をこめる。


「へえ。そういうこと、あるんだ」

「……しぃちゃん、僕は気にしていないから」


 じっとりとした目で僕を睨みつける。言い訳がのどまで出かかったけれど、結局飲み込んだ。

 彼女はそれ以上なにも言わず、ただ乱暴に花をゴミ箱に投げ捨てた。

 それからしばらくお互いに黙っていたが、ひりひりとした緊張感漂う空気に耐えかねて僕は口を開いた。


「頼むから変なことはするなよ」

「変なことって?」

「変なことは……変なことだろ」


 漠然とし過ぎているけれど、とにかく、変なことをしないでほしい。

 こいつのことだからクラスに殴り込みしには来ないと思うが……どうかな。するかな。しないでほしいかも。

 ある日唐突に、なんのきっかけもなく「いらないから」と家族写真全部切り刻んで捨てた前科があるので、嫌な方向に行動力を発揮してしまう可能性があるのだ。


「分かった……」


 しぶしぶ頷いたけど何かするつもりだっただろう。本当に大人しくしてくれ。

 僕たちセット扱いなんだからどっちかが何かをやらかすともう片方も何故か非難浴びるんだぞ。特に詩杏が動くと裏で僕が糸を引いているみたいな認識をされやすい。

 こいつが勝手にする暴走に僕は一切関与していないことが多いののに。


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