第8話 迷宮飽和
深く息を吸う。
『心の乱れは刃の乱れである』
修行中、師匠に口酸っぱく言われたっけ。
現在の状況は絶望的である。周りは数多くの怪物に囲まれている。しかもこいつら、迷宮に入ったばっかりのときに出てきたやつらより、強くなってる。
これも
僕ができることは、ただ目の前の敵を切ることだけだ。逆にシンプルでいいな。
「…ふぅ」
呼吸を整える。リズムを合わせる。規則正しく拍動する心臓の音を目印にしながら、刀と自分を一体化させていく。
左足を引き、刀を腰に差したさやに収める。
イメージする。目の前にある一筋の道を。刀が閃くその軌跡を。
ふと、師匠との修業中に言われたある言葉が脳裏を駆け巡った。
「はるか昔、
「技能もないのに…ですか?」
「うむ。当時の人々の武術は、個性を極めたとされておっての。まさしく千差万別、人それぞれの形態があったらしいの」
ワシも人づてに聞いただけなんじゃがな。
そういって師匠は僕に笑いかけた。
「おんしのそれはもはや技能の域を超えたといっていい。そうじゃな、古の人々は、おぬしの技のような、技能に頼らない技術群のことをこう承した」
流派、と。
師匠は言った。これからはお主だけの流派を、自分の力で作っていくのだと。
僕だけの技。僕だけの力。
この力で僕は、この技があれば僕は、前を向ける。夢に立ち向かえる。そのための、最たる刃
ー 最刃流抜刀術 紫電一閃 ー
左足に込めた力を一気に開放する。同時に、さやで抑えていた刀を、てこの原理よろしく抜き放つ。
膂力と反発力が組み合わさった圧倒的速度によって放たれる斬撃は、まさしく空間を雷のごとく切り裂く。
一瞬であった。目前に群れを成していた怪物の半数が、横一文字に切断され、その命の灯を消失させていた。
「次」
あくまで初撃は奇襲。当然目の前に現れて仲間の命を奪った剣士に、怪物たちはいまだ対応できず。
この隙を逃さない手はない。
「シッ!」
右手にいたウルフの頭を一太刀で両断、その流れのまま振り向きざまに背後のスライムの
と、同時に3匹のウルフがとびかかってくるのを視認、左足を再度引き、攻撃と当時にさやに収めた刀を抜き放つ。
ー 最刃流抜刀術 刹那 ー
美しい弧を描いた剣閃は、わずかな狂いもなく3匹のウルフの脳天を引き裂いた。
ここまで、わずか数秒の出来事である。
さらに強襲、背後から再び怪物の攻撃、対処しようと刀を構えた。
が、そこに割り込む存在があった。
「はぁぁぁぁ!」
ひびく鈍い音。およそ5体の怪物の攻撃。いくら階層の低い迷宮のモンスターとはいえ、その物理的な衝撃の大きさは想像に難くない。
しかしエリザヴェータはその大きな盾で見事、怪物の攻撃を防いで見せたのである。
「なんだ…これは…」
確かに、彼は職業を持たない割にはやると思っていた。
だがそれはあくまで職業がないなりに、の話である。
才能がものをいうこの世界、特に冒険者界隈においては、職業や技能の有無は文字通り超えられない壁である。
はずだった。
しかし、今彼女の前で繰り広げられている光景は、その常識を簡単に打ち砕いていった。
おそらく技能は使っていない。ギルド職員として、冒険者に関する知識はそれなりに持っているつもりであった。だからわかる。あれは技能ではない。
では、あれは何だ。技能ではないにもかかわらず、技能を超える力を発揮する人間など聞いたことがない。
ココロが沸き立つのを感じる。
技能や職業に頼らずとも、ここまでのことが本当にできるのであれば、
私はまだあきらめずに済むのではないか。
私はここに、心の奥底にくすぶっていたものをすべて捨て去るためにここに来たはずであった。
だが、私の中の私がささやくのだ。目の前の光景を見て、叫ぶのだ。
まだ、やれると。
まだ、戦えると。
その気持ちを自覚した瞬間には、もう体が動いていた。無意識であった。
背に背負った大盾を、幾年ぶりにその手にもつ。その重さがなつかしさと、あのときの苦い思い出を思い起こさせる。
でも、それでも。
「はあぁぁぁぁぁ!」
私は、怪物とリュウの間に体を割り込ませ、盾で怪物の攻撃を受け止める。
私はつかみたいんだ、目の前のチャンスを。諦められないのだ、私自身を。
「敵の攻撃はすべて私が引き受ける!君は攻撃に集中してくれ!」
「…!ありがとうございます!」
そういうと彼は、まさしく稲妻のごとき速さで敵を切り捨てていく。
防御を捨てたからか、また一段と速度が増しているような気がする。
私も、置いて行かれるわけにはいかない。
彼の動きを視て、敵の動きを予測する。
次の攻撃がどこにくるか、彼がどう動くか、状況を俯瞰で判断し、自分の体を適切な場所に配置する。
彼に攻撃が通らないように、彼の盾となれるように。
私だって前に進むことができるのだと、もう一度私が、私自身を信じることができるように。
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