第4話こじ開けろ!希望の扉!
わたしの子供返して!
警察署の一室で、時間は重くのしかかっていた。私の必死の訴えは、冷静な刑事たちの前では、ただの錯乱した母親の遠吠えにしか聞こえないようだった。隣室にいる若い女性は、感情のかけらも見せず「知らない」と言い切る。彼女の声を聞くたび、私の体は震え、喉からは言葉にならない悲鳴が漏れそうになる。
「奥さん、落ち着いてください。お気持ちは分かりますが、物的証拠がなければ…」
「証拠なら、あの子を見て!あの子が私の樹なのよ!もっとちゃんと調べてくれれば…!」
「身元は確認済みです。戸籍もありますし、アパートの大家さんや近所の方の証言も取れています。三年前からこの辺りに住んでいて、お子さんもその頃から一緒に暮らしているようです」
刑事の言葉は、私の主張を悉く否定した。目の前にいるのが紛れもない我が子であり、そしてあの女が犯人であるという私の確信は、客観的な事実の前では無力だった。若い女性の淡々とした「こんな人知らないわ」という声が、私をさらに深く絶望の淵へ突き落とす。
もうだめかもしれない。三年間探し求めて、ようやく見つけたと思ったのに。警察は動いてくれない。犯人は目の前でしらを切り通している。私の心は、張り詰めていた糸がぷつりと切れるような感覚に襲われ、半ば諦めがよぎった。このまま、また樹を見失ってしまうのだろうか。
その時だった。
部屋のドアが勢いよく開き、待ち焦がれた、そして一番会いたかった人が現れた。
「友奈!」
夫、浩一だった。彼は私の憔悴しきった姿と、硬い表情の刑事たち、そして隣室の気配を見て、一瞬息を呑んだ。その目に、私の見たものへの理解が宿るのが分かった。
浩一は、私の傍に駆け寄ると、強く抱きしめた。
「よく見つけた…!よくやった、友奈…!」
その声は震え、嗚咽に混じっていた。彼は、3年間の苦しみと、この瞬間の衝撃が混ざり合った感情を抑えきれずに、私の肩に顔を埋めて泣き叫んだ。不甲斐ない警察に相手にされず、しらを切り通す犯人(と私が確信する女)を前に、私はもう完全に孤独だと思っていた。しかし、この腕の温かさ、この声だけが、私の孤独を打ち破る一筋の光だった。私の直感、私の確信を、この人だけは信じてくれる。
夫の涙に、私の目からも再び熱いものが溢れ出した。もう言葉はいらない。ただ、お互いの存在だけが、この地獄のような状況の中で唯一の救いだった。
しばらくして、浩一は顔を上げ、涙を拭った。その目はまだ潤んでいたが、先ほどの慟哭とは違う、強い光を宿していた。彼は私を抱きしめたまま、警察官たちに向き直った。
「…刑事さん。聞いてください。証拠なら、あるんです」
その言葉に、刑事たちの表情が変わった。半信半疑の色はまだ残っていたが、明らかに興味を示した。
「証拠、ですか?」
「ええ。あの女が…三年前、ウチにベビーシッターとして来ていた時、置いていった物があるんです。私物です」
浩一の声は、まだ少し震えていたが、確信に満ちていた。
「いくら顔や姿を変えても、ごまかせないものがあるはずだ。私物に残った、付着した、指紋や髪の毛までは、いくら探しても見つからなかったあの女でも、さすがにごまかせないぞ!」
浩一の言葉は、不甲斐ない警察への、そして隣室の女への挑戦状のようだった。彼は、私たちの手元にあるベビーシッターの私物が、彼女の正体を暴く決定的な手がかりになるはずだと訴えた。
刑事たちは顔を見合わせた。感情的な私の主張だけでは動かなかった彼らが、具体的な「物的証拠」の可能性を提示され、明らかに動き始めたのが分かった。
「…分かりました。その私物、確認させてもらえますか?」
希望だ。絶望の淵に沈みかけていた私に、夫が、その手で掴み取った一筋の光。
「すぐに取りに行きます。家です」
浩一は力強く頷いた。
私たちの、そして樹の運命は、今、三年前のあの日、あの女が置いていった、たった一つの私物に託された。
第五話予告
ベビーシッターが残した私物から、決定的な証拠は見つかるのか? 科学捜査の結果が、真実を明らかにする。あの女性は、本当にベビーシッターなのか? 家族の希望と、対峙する女性の思惑。運命の鑑定結果が、全てを変える。
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