偽聖女のささやかな復讐

ととせ

第1話

「聖女キャロット・グラッセ! 本日この時をもって聖女としての任を解く。同時に俺との婚約も破棄する! 異論は認めん!」

「はい喜んで!」


 神殿の正面に設けられた王族用の席から告げるドミニク王子に向かい、キャロットは満面の笑顔で即答した。

 言ってしまってからここは狼狽えるべきだったかな? と思ったけれど、王子は満足そうなので安堵する。よっぽど私との婚約が嫌だったのだろう。


(王子が嫌がる理由は単に見た目と地位の低さが理由よね。……まあ、それも理由にしては十分か)


 などと考えている間にも、壇上の王子は満足げに笑いキャロットを見下している。


「物わかりがいいな! 最初からそのようにはきはきとしていればよかったのだ」

「殿下の仰る通りですわ。お茶会に招いても俯いて視線を合わせもしない。陰気でぱっとしない聖女なんて、殿下に相応しくありませんもの」


 ピンクブロンドの美しい髪を揺らしドミニクに寄り添い高笑いするのは、バニラ・ダイヤ公爵令嬢だ。彼女は元々ドミニクの婚約者で、キャロットが聖女となったことにより婚約破棄されている。


(貴族のマナーなんて知らないからね。愛想悪くしていれば、声もかけられないし。なにより庭師と貴族のご令嬢様の話題に共通点なんてないもんね)


 キャロットは庭師だ。鍬とシャベルを遊び道具として育ち、五歳の頃には両親と共に薔薇の剪定ができる腕前を持った生粋の庭師である。


「その赤茶の髪も日に焼けた肌も、聖女に相応しくない!」

「田舎育ちの庭師の娘が、殿下の隣に立てるなんて勘違いも甚だしいですわ!」

(ちょっと待って、髪はお母さん譲りの自慢の髪よ! それに日焼けは立派な庭師の証!)


 親と仕事を侮辱されたキャロットは反論しかけるが両手を握りしめてぐっと堪えた。

 ここには自分に味方してくれる者は誰もいない。それどころか聖女を解雇された今、王太子と公爵令嬢に不敬な態度を示せば問答無用で首が飛ぶ。


「聖女として何の力もないお前を養うことは、国費の無駄遣いだ!」

(それは仰る通り。でもさ、あんたたちやり過ぎだよ)

「さっさと出て行け!」 


 高らかに宣言するドミニクに、キャロットは涙を堪えるように両手で顔を覆った。

 そうしなければ、笑顔に気づかれてしまうからだ。


(落ち着け私、王都に来て十カ月。やっと巡ってきたチャンスを台無しにする訳にいかない)


 自分が偽聖女であるのはキャロット自身が一番よく分かっている


(病を癒やせ、とか命じられたら一発でバレたけど。祈りの内容が「国を豊かにしてください」なんてふんわりしたものだったのはラッキーだったわ)


 ともあれ、本当の聖女が祈りを捧げたお陰で、このロルン国は豊かになりつつあった。隣国からの借金返済の目処が立ったらしいと、キャロットの耳にも噂は聞こえてきている。


 国庫は潤い、王族が多少贅沢をしても数年は余裕のある生活ができるだろう。

 つまりキャロットはお払い箱になったのだ。 

 だから王子は「婚約破棄」を宣言したのである。


(ええ、勿論出て行きますよ。だって私聖女じゃありませんし。ていうか、どうして皆さん気が付かないんでしょうね?)


 キャロットは心の中で首を傾げた。

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