第5話 剣を、ふってみたい

「ようこそ、我が家へ」


 シューンが鼻高く手を向けたのは、童話のような家だった。シルバニアファミリーが住んでいそうな3階建ての木造建築は日本ではまず見かけない。東雲は呆然と立ち尽くす。外壁が存在せず、間取りが筒抜けになっている三角屋根の部屋を見つめながら。


「あのプライベートが無い空間はなんですか?」


「あれはドラゴンの対話する為の部屋だ。あそこなら目を見て話せるだろう」


 シューンはよほどドラゴンを召喚したかったらしい。必要のない罪悪感が積み重なっていく。あの女神め。小言では怒らないと言われたのを良いことに、東雲は心の中で怒りを投げつけた。


「あれぐらいの大きさなんですね。見たことはあるんですか?」


「見たことはない。おぼろげながら3階という数字が浮かんできた」


「環境大臣か」


 剣と魔法の世界といえど、ドラゴンがそのあたりをうろついているわけではないらしい。


「そもそも何でドラゴンが必要なんですか?」


 ダンジョンのようなものを攻略するのに必要なのか、あるいは魔族から家を守るために必要なのか。どちらにせよ、そういった環境では東雲はお荷物だ。シューンがいくら優しくても追放される日、つまり東雲大輝が最強となり無自覚ハーレムを作る日はそう遠くない。


「えっ、ドラゴンかっこいいじゃん」


「小学生か」


 東雲の目論見はあっさりと崩れ去った。彼がもし日本にいたら間違いなく裁縫道具の柄は決まっていただろう。東雲も同じものを持っていた。


「それ以外にドラゴンを飼う必要があるのですか?」


「うーん、なんだろう」


 シューンは顎に手を置いて固まった。そうして、どのぐらい経っただろうか。しばらくして両手の掌を天に向ける。


「特に思いつかないな」


「……戦わせたりはしないんですか?」


「そんな事したらドラゴンが可哀想だろ」


 シューンは目を丸くして言う。スクリーンの中で戦わされている最強の種族も、光属性のイケメンにとっては犬や猫と同じ分類らしい。確かに動物虐待は気分の良いものではないと東雲は思った。


「タイキには何か欲しいものがないのか?」


 最新のゲーム機。期間限定の水着キャラ。彼女。考えれば際限なく、ここでは手に入らないものばかりだ(現実世界でも手に入るとは限らない、特に最後)。どう言おうか悩んでいると、シューンが続けた。


「飯と寝床ならここにある。生きていくのに必要なものはそれだけだ。でも、それじゃ心が満たされない。俺達は感動を求めている。だから、欲しいものが生まれるんだ」


 東雲は数年前の出来事を思い出す。主人公が刀を使うアニメに魅了されていた時、剣道をやりたくなった。道場は近所にあったし、習い事への出費を渋るような親でもない。しかし、東雲は誰にも言わずに諦めた。自分はいずれサラリーマンになる。試合に出るわけでもない。竹刀を振ったところで何の役に立つ? 道場にいるのは幼い頃から取り組んでいる者たちだ。今さら和には混ざれない。そう考えて、今の今まで忘れていた。

 

「タイキ、君の心を踊らせるものは何だ?」


 つまらない話をなぜ思い出したのだろう。それは分からない。それでも、気づけば口が開いていた。


「……剣を、振ってみたい」


 ぼそぼそとした小さな声。自分でさえ聞こえづらかった。それでも、シューンは朗らかに微笑む。


「それは良い。うちに剣士がいるから、稽古をつけてもらおう。きっと喜んでくれるぞ」


 東雲は奇矯な胸の高鳴りを覚えて、背筋を伸ばした。自分の中で何かが変わろうとしている。最強になれる日は相変わらず遠い。それでも、追放されたい気持ちは不思議と消えていた。


「ちなみに可愛い女の子だ。きっと見惚れるぞ」


 やっぱりやめよう。急いで取り消そうとした時、家の扉が勢いよく開いた。

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