Episode01 グリコというギャンブラー
#01 オッケ?
***** メル・サプージュが書いたレポートより。
注。都合により、このお話はタレチチパイパイ事件が起こる三日前より始まる。
無論、伝えるべき大切な事が在る為。
では、始めてゆこうか。そろそろと。
場所は、魔王城の最深部、玉座の間。
そこで相対し対峙する女勇者と魔王。
魔王は両膝を床に付け視線を落とす。
玉座の間に在る窓から見える魔界の空は暗転。赤黒く、その中、黒雲と白い月。
微かに忍び込んでくる月明かりで逆光になって女勇者の表情は見えない。いや、ヤツは、敢えて、その位置に立っている。しかも口元だけは見えるよう計算された小憎らしいソレで。クククっと右口角を上げる。しかも出来るだけ不敵にも。
「罪な詰みね。……あなた、本当に魔界の支配者でもある魔王なの? 弱すぎる」
逆光の中、右の青い瞳だけを光らせ上から見下ろす。
フフフ。
赤いベレー帽が上下に、ゆっくりと数回揺れて彼女が笑っているのだと分かる。
窓から見える月は、まるで女勇者のソレに呼応するようグニャリと歪んだよう。
窓の端から威圧感に気圧されたかのよう十数匹ものコウモリが一斉に飛び立つ。
これらは全てあらかじめ決められていた事のようにさえ錯覚する。この女勇者が仕込んだ演出だとも思えるのだ。魔王を極限まで追い込む為の戦術。そう思える。無論、たった今しがた、彼女は魔王を倒す為に、それだけの事をしたのだから。
その概要を滔々〔とうとう〕と語るのは正直ダルい。
済まん。
加えて読んでいる人も興味がないだろうから割愛だ。
全力で。
それよりも重要なのは女勇者に負けたという事実。そうなのだ。魔王は数日前にも勇者に負けている。それは脳筋勇者と呼ばれる力を誇示する輩〔勇者〕に肉体的に敗北したのだ。その上で、今回も負けた。しかも今度は精神的に負けた。
つまり。
肉体的に負けて、更に上積みして精神的にも負けたのだ。勇者という生き物に。
そうだ。
カードでギャンブルを行って、魔王は、見事に、それは、ものの見事に負けた。
これ以上ないくらいにも清々しい負けっぷりだった。
むしろ負けという一点においての戦いがあれば世界一になるほどの負けっぷり。
魔王は、精神的に追い詰められたのか、両肩を落として暗い影を背負っている。
ぐぬぬ。
などという似合わない、ぐうの音を吐き出して、しょんぼりと目を伏せている。
「つうか、魔王、あんた、本当に弱いよね。まあ、固有のスキルが寒いギャグだから仕方がないっちゃ仕方がないんだけどさ。それにしても弱すぎだわさ。魔王」
あたしは吊り上がった赤い瞳をジトッとさせ呆れる。
まあ、魔王には、これに懲りて奮起して欲しいから敢えての苦言を呈しておく。
頼むよ。
本当に。
その魔王は、また、ぐぬぬ、とかいう、謎の吐き出し音を立て目を伏せたまま黙っている。対して窓から見える白い三日月の背筋が伸びシャンとする。黒雲が、どこかから数多にも湧いて出て三日月を援護する。そうだ。あたしの出番なんだ。
いくぜ?
「いいわ」
あたしは、後頭部で左右にわけて、まとめた赤い髪をはたいて両口角を上げる。
「魔王が負けたんなら一の側近であるメル様が、その尻を拭う。脳筋勇者の時も、そうしたようにね。オッケ? えっと、名前は何だったかに? 女勇者さん」
魔王との戦いの前、大仰なアクションを挟んで得意満面に自己紹介した女勇者。
それは聞いてましたよ。間違いなくね。……でもね。
あたしは、敢えて、それを聞いてませんでした、あれれ? あんた、なんて、お名前なの? と小馬鹿にした。そうだ。すでに戦いは始まっている。こんな幼稚な煽りになど乗ってこないのは分かっている。分かっているが、これが戦術。
メル・サプージュ様〔あたし〕お得意の精神コンバットの一の定理。霧雨の雲。
……ッ。
ごめん。
いや、イキオイとノリでウソついちゃいました。一の定理とか無いです。正直。
えへへ。
兎に角。
「ふふふ。面白い。……いいでしょう。戦ってあげる」
どうやら煽られたのが分かったらしい。その上で冷静に対処して乗ったようだ。
これも敢えてだろうね。オッケ。やっちゃるけんの。
「ああ。そうそう名前ね。教えてあげる。阿笠久里子〔あがさ・くりこ〕よ。ほとんどの知り合いがグリコって呼ぶから、グリコって呼べばいいわ。オッケ?」
オッケ? は、あたしの口癖だ。パクるな。阿呆が。
クソが。
いや、いかん。いかんぜよ。それが煽り。ヤツの。気持ちを落ち着けろ。メル・サプージュ。ひっひっふぅ。ひっひっふぅ。ひっひっふぅ。と分娩で踏ん張る妊婦の如くラマーズ法的な呼吸だ。呼吸を整えろ。精神統一には呼吸が大事なのだ。
「てかさ。一つ聞いてもいい? メルちゃんだっけか」
「なによ」
訝〔いぶか〕しんで顔を歪めて眉尻を下げるあたし。
「私は魔王を精神的に負かす為に神に召喚された女勇者なの。そんな私と今から戦うのがメルちゃんなわけでしょ。でも戦う前から精神的に負けてるような……」
いや、それを言うな。みなまで言うな。気にするな。全部が台無しになるじゃないか。つうか、あたしはイキオイとノリが大事な魔族なんだよ。魔王の嫁の座を目指しているけど、嫁の座以上にイキオイとノリの方が珠玉なんだ。おろろん。
ピーン。
どこかからともなく鳴り響く謎すぎ効果音。音叉を響きならしたのそれのよう。
「メルよ。聞け。あんな? クマかい。いや、案〔アン〕無く魔界。だ。のほほ」
寒いッ!
魔王だ。
魔王の阿呆が、あたしらの舌戦に水を差しやがった。
つか。のほほじゃねぇ。ここで寒いギャグか。寒いギャグなのか。おおう? あんたの為に、あたしが苦労しているにも関わらずに。しかも負けて落ち込んでいるんだと思ったら寒いギャグを考えていたのか。相も変わらず。阿呆、死ねッ!
あの、ぐぬぬ、とか伏せた目は、なんだったのだよ。マジで。魔王の阿呆がッ!
「というか、どっちでもいいけどさ。本当に私と戦う気があるの。メルちゃん?」
グリコ〔女勇者〕は醒めた目つきでアタシらを見る。
そして、わざとらしく笑って魅せ、そののち見下す。
いかん。
いかんぜよ。魔王に気をとられ過ぎてグリコーゲンから気を離してしまったわ。
大体、戦いは、すでに始まっているって、のたまったのは誰よ。それは誰でもない。あたしでしょうが。クソう。どうしてもイキオイとノリを大事にしてしまう。こんな性格に誰がした。あ、魔王か。魔王の阿呆の隣に長くいたから……、か。
いや、そんな事は、今、どうでもいい。果てしなく、どうでもいい事。オッケ?
ちょっとだけ頬が赤く染まってしまった事を恥じる。
クソう。
ふうぅ。
あたしは大きく息を吐いて黙ったまま窓から見える魔界の赤黒い空を見上げる。
そだね。
いくらイキオイとノリが大事とは言えど、それ以上に大事なのは魔王の威厳を護る事。つまり、それは脳筋勇者達の時と同様に勇者共を返り討ちにする事。すなわち目の前にいる女勇者〔グリコ〕を精神的に打ちのめしてヤツを上回る事だ。
そうだ。
そろそろ真面目にやろう。敢えて寒いギャグをぶっ込んできた魔王の為にもね。
「うむ。そういう事だ。余の最高級なギャグで気づいたであろう。もう、これにておふざけ終幕。終いだと。……最後の最後で最狂のギャグを聞けたからな、と」
最狂のギャグ? なわけねぇだろ。阿呆。まあ、でもソレには気づけたけどね。
それに。
魔王の威厳を保つ為の戦いに赴くのに少しだけ人ごとなのも気にくわないけど。まあ、でも平和が好きで争いを好まない魔王に代わって戦うのは、あたしの役割。しゃないっちゃしゃない。魔王は、そこで見てなさい。あたしが勝つのを。
兎に角。
そうだ。
俺より強いヤツに会いに行ったら普通に負けたとかいうオチにならない為にも。
ふざけるのは終い。グリコよ。刮目せよ。究極魔神、メルちゃんの本領発揮だ!
いくぜ。
オッケ?
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