大正ギャル革命

藤沢INQ

第1話 かわいいは正義。大正ギャル革命、開幕

 帝都東京、銀座四丁目。時に大正十三年の皐月。


 アスファルトに焼かれた空気が、馬車と人力車とT型フォードの排気で濁り、洋館の窓からはジャズピアノが洩れる。舶来香水はくらいこうすいの香りが街角で絡み合い、モダンと伝統のぎに、誰もが“思想”をまとっていた。


 そんな晴れた昼下がり。カフェ店内の中央の席にて。女学生服に紫紺しこんの袴を合わせた少女が、紅茶をすすりながら不機嫌そうにうめいた。


 「はァ〜……。なんなん、ほんま。皆、思想思想って……よう言うわ。うち、もううんざりやわ」


 彼女の名は――綾小路あやのこうじ 千登勢ちとせ

 帝都女子高等師範学校の三年生。髪を栗色に染め、ロンドン製のリボンで大ぶりなツインテールにまとめる。上品な面差しの中に、どこか不遜な眼差しを宿す少女。端正な顔立ちの下、紅をひく口元から、やや乱れた関西弁が飛び出すあたり、如何いかにも「型破り」と呼ばれる所以である。


 「共産主義? 国家主義? いやいや、そういうのちゃうねん。かわいいって思える自分でおりたい。それが一等、大事やろ。ちゃう?」


 その場に誰もいなくても、千登勢ちとせは語る。むしろ、聞いてほしいのは“天”だ。


 「だいたい、女は黙って良妻賢母とか、クソやで。黙ってる女がええなら、石像でも抱いて寝とったらええやん」


 ズズッと紅茶をすすり、まるで煙草の煙を避けるように首を傾ける。


 「せやから、あーし、決めたんよ。ギャル的イデオロギー作るんやって。どんな時代が来ても、好きとキラキラを捨てん女が一番かっこええって、証明したる。大正の世にギャルが咲いたら、どんなけ強いか見せたるさかいな」


 そこへ、重たい鞄を抱えてやってきたのは、眼鏡をかけた文弱ぶんじゃくそうな少年。芹沢拙せりざわ せつ。第一高等学校の哲学科在籍、千登勢ちとせの腐れ縁だ。


 「やあ……また紅茶に哲学を混ぜてるのかい、君は」


 「あーしのは哲学ちゃうで。美学や」


 席に座った彼を見て、女給が寄ってくる。せつは「同じのを」と短く言い、千登勢ちとせと向き合った。


 「じゃあ、君の語るギャル的イデオロギーっていうのは、倫理でも哲学でもなく、ある種の信仰なのかい?」


 「信仰やなくて、宣戦布告や。うちから、世界に対しての」


「そうやって屈託なく言い切れるところ、少し羨ましく思うよ」

 

 せつは肩をすくめると、持っていた本を彼女の机に置いた。分厚い革表紙の西洋書――『ニーチェ全集』。


 「ならば、世界はどう応えるだろうね。汝の欲するままに生きよ、と?」


 「ちゃうちゃう、そんなんとっくにうちは通り過ぎとる。自分が一等かわいいって思った、や」


 「……君は、やはり怖いね。 それに、最近は、思想団体が銀座にまで出没するらしいよ。彼等と君の回合は、いくら物見遊山好きの僕でも、見たくはないものだね」


 「せつ、あんた哲学者やのに、怖がってどないすんねん。ほんならこうも言うたろか。“世の中、正解やなくて、かわいいが正義”ってな」


 その瞬間――カフェのガラスが割れる音がした。

 叫び声。煙。表の通りで、何者かが演説していた。


 「この帝都を蝕む自由主義を駆逐せよ! 西洋に媚びたる精神の病人どもを、正しき道に戻すべし!」


 右手に旗、左手に火炎瓶。狂信的な学生団体が、モダンカフェに火をつけようとしていたのだった。


 「ああ、言ってる側から……。まったくこの国には、何でも主義にしないと気が済まない人が多すぎる」と、せつが呆れる間に、千登勢ちとせは椅子を蹴って立ち上がった。


 「主義やて? ほんま、やってられへんわ」


 そして、懐から取り出したのは――金色の羽飾りとラメで彩られた鋼鉄扇。


 「ギャル的イデオロギーの本質はな、やる時はやるや。うちが可愛いだけやないってこと、教えたるさかい」


 風に揺れるカフェのレースカーテンの向こう、金の扇がキラリと光る。


 帝都に、ひとつの宣言が響いた。


 「さあ、戦争や! 大正ギャル革命、開幕やで!!」


 

 ――(第一話・了)



 ※こちらは更新間隔は未定となっております。

 書き上げ次第、順次投稿していきますので、引き続き、『かわいいは正義』がどこまでいけるのか、お楽しみいただければと思います。


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