第8話 ドタバタお掃除
「掃除機は新しい……」
「古いのは壊れちゃったからね。それに、新しいのは吸引力が強いから使い勝手が良いんだ」
物置から掃除機を持ってきたホミは、コードを繋いで掃除を始める。
私はホミが掃除機をかけるところに先回りして、机やモノがあったら退ける仕事を任された。
…なんだか小学校にも行っていないような小さな子が、親の掃除を手伝いたいと言い出した時の対応みたいだけど…ホミにやれと言われた事なので、決して私が自主的にやっているわけではない。
子供扱いされている事に変わりはないけど。
「………」
「………」
けど……暇だ。
話すこともないし、仕事も単調だから暇。
だからといって、ふざけるわけにもいかないので真面目に淡々と仕事をこなす。
でも、私はそこまで我慢強い人間じゃない。
1部屋掃除が終わり、コードを繋ぐコンセントを変えるために、一旦掃除機が切られた段階で話しかける。
「私も掃除機使ってみたい」
「え?…まあ、いいけど」
ただ物を退けるだけの仕事より、掃除機をかける方が絶対楽しいはずだ。
次の部屋では私が掃除機をかける。
キュイーーーンと言う機械音を鳴らしながら、私は初めての掃除機を使ってみる……が、思ったほど楽しくはない。
そのせいか少しずつやり方が雑になり……
「サカイ。この辺全然出来ないよ」
「うっ……分かったよ」
ホミに怒られてしまった。
怒られてすぐは真面目に掃除をするが……やっぱり面白くない。
それでも2度は怒られたくないので、全体的にやってた。
やってたけど…!
「う〜ん…次は私がやるよ。サカイにはまだ早い」
「むっ…!」
そんな事を言われてしまって、怒りが込み上げてくる。
けど、実際私に掃除機は扱えなくて反論できない。
部屋の掃除なんて、物を片付ける以外にしたことなかった。
学校で習う掃除も、箒とちりとり、あと雑巾を使うものばかりで、実際に生活に役に立つことなんてほぼ無いだろう。
掃除機すら使ったことの無い私。
何ならホミを手伝えるんだろうか…
「わ、私だって雑巾がけくらいなら出来るし…!」
なんとか口に出来た反論はもう何年も前の小学校を最後に、やった覚えのない雑巾がけ。
中高でも掃除の時間はあったけれど、基本的に箒とちりとりしか使わない。
だからまだ箒のほうが扱えるけど…家の中の掃除で箒を使う機会がどれくらいあるだろうか?
まだ雑巾のほうが使うだろうと、そう反論してみたけど……ホミはそれを笑った。
「雑巾なんて、うちでもそうそう使わないよ。窓拭きとか、サッシを拭くときくらい?そこの掃除をしてくれるなら、雑巾をあげるけど」
「私のことをバカにしてるでしょ?」
「バカにしてると言うか………まあ、確かに間違いはないか」
「ぐっ…!私だって…!」
ホミを見返そうと掃除機を取り返す。
そして廊下の掃除をするが……綺麗になってる気がしない。
「そんなに雑にやっても意味ないよ。もっとこう、満遍なく全体的にね?」
「むぅ…」
「はい。雑巾持ってきたよ。窓のサッシを拭いてきて」
「分かったよ…」
掃除機を取り上げられ、代わりに雑巾を渡される。
それ自体に何ら思うところはないけれど…いざこうして雑巾を渡されても何をして良いか分からない。
もちろん、窓のサッシを拭いてきて欲しいと言われたので、それはやる。
けど…私にできることは本当にそれだけだろうか?
そんな事を考えながら縁側にやってくる。
ホミの家は縁側に窓が張られていて、長い長いサッシがある。
某日曜日の夜に放送される、海産物一家の縁側を想像すると分かりやすいかも。
そんな感じで、縁側の窓のサッシを拭いていると…確かに汚れが溜まっていてすぐに雑巾が真っ黒になってしまう。
その雑巾を持って洗面台にやってくると、雑巾を綺麗に洗って水気を絞り再度縁側へ。
それを繰り返してサッシを全て吹き終えると、私が掃除した所を見直して達成感に包まれる。
埃や砂っぽいもので汚れていたサッシは、綺麗さっぱり輝いているのだ。
これにはホミも私を褒めるしか無いだろう。
ドヤ顔をしてホミに報告しに行こうとしたその時―――
「サカイー!」
ホミが何処か怒っているような声で私を呼んだ。
…何か怒られるような事をしただろうか?
恐る恐る顔を出すと……ホミは怒っていた。
私を見つけると床を指差す。
「これはどういう事?畳がビチョビチョなんだけど?」
「うわっ…なんでこんな…」
畳は私が通った跡を示すように、水滴が滴った跡で濡れていて、それが一本ではなく何本もある。
どうしてこんなことに……
「その雑巾をちゃんと絞れてないからでしょ?なんでこんな事も出来ないかな」
ホミはイライラしながらティッシュで畳の濡れている部分をトントン叩く。
それで水気を少しでも拭き取っているみたいだけど…染み込んだ水滴は簡単には取れない。
ティッシュの箱を渡されて、一緒になって畳をトントンする。
一通りトントンを終えると、ホミは縁側を見てため息をついた。
改めて見てみると、縁側は数え切れないほど水滴が落ちていてビチョビチョだ。
ホミは私から雑巾を取ると、窓を開けて外で雑巾を絞る。
びちゃびちゃびちゃ!と大量の水が出てきて、ホミに睨まれた。
しっかりと絞られた雑巾で、濡れた縁側を綺麗に拭いたホミは私を居間で正座させる。
「私はサカイが出来るって言うから任せたんだよ。なのにこれはどういう事?」
「………」
「掃除機もそうだけど、サカイは色々と雑すぎる。次からは私が逐一教えるから、言うこと聞いてね?」
「……はい」
ホミに怒られてしゅんと小さくなる。
けどそれと同時に、なんでこんなに怒られないといけないんだって、反抗心が湧いてきた。
私は頑張ってた。
なのに『よく頑張ったね』とか『ありがとう』を言うまでもなくただひたすら怒られてる。
おまけに次は全部教えるって、子供扱い。
ホミは…私のことをなんだと思ってるんだ。
「…ちゃんと私の話聞いてる?」
「聞いてるよ」
「…何か言いたいこととでもあるの?良いよ。聞くよ?」
「何もない」
「嘘だね。絶対何かある」
「何もないって」
「正直に言って。理由があるなら聞くから――」
「何もないって言ってる!!」
「っ!?」
…思わず怒鳴ってしまった。
反射的に口から出てしまった感情に、吐き出した事で少し冷静になれた私は自分の失敗を理解できた。
「あ、いや…その…」
…冷静になれば、非は私にしかない。
ホミの言っていることは正しくて、間違っているのは私だ。
怒られて、嫌な気持ちになって…何もかもネガティブに捉えて考えてた。
そんな私の間違いなのに…ホミに当たってしまった。
「…もういい」
「まっ、待ってホミ!ごめん!私が――」
「いいよ。出会って2日しか経ってないのに、偉そうにグチグチ言ってた私が悪かった」
「違うよ!」
立ち上がって何処かへ行こうとするホミの手を掴んで引き止める。
けど…すぐに離してしまった。
ホミの目は…すごく冷たかったから。
「ぁ……」
小さく…声にならない声が出ただけで、それ以上ホミを引き止める事は出来ず、ホミは行ってしまう。
居間に取り残された私は、どうすることも出来ずただその場に座っている事しか出来無い。
ただただ居心地が悪くて、胸が締め付けられる思いで座っていると……
「わっ、わっわっわっ!!!」
ホミの驚いた声と、ガラガラ!!と言う何かが崩れ落ちる音が聞こえて急いでそっちに行ってみる。
そこは階段下の収納スペースで、沢山のモノが崩れて廊下まで散らばっていた。
「て、手伝うよ!」
これは好機だと思い、崩れたものの片付けを手伝う。
…と言っても、廊下に散らばった物を集めたり、片付ける順番があるらしく、後のものを私が持って、先のものを渡すだけ。
それでも…居ないよりは役に立ったと思う。
片付けが終わると……それはもう、いつ崩れてもおかしくないような感じでギチギチに詰められた、沢山のモノの山が出来上がっていた。
「う〜ん……そろそろ要らないものを捨てるべきかな」
「絶対そのほうがいいと思う。その…私があんまり言うべきじゃないかもだけど」
ついさっき気まずくなったばかりだから、あまりハッキリとは言えない。
これ以上仲を悪くするような事はしたくないから…保険をかける。
ホミもそれは同じなようで、何とも言えない空気が流れる。
しかしその時……
「……待って。なんか傾いてない?」
「えっ?ホントだ……ヤバいかも」
「かも、じゃなくて絶対やばいって!逃げよう!!」
私は急いでホミの手を引く。
私に引っ張られて体勢を崩し、倒れそうになったホミを受け止めると…受け止めきれずそのまま私も後ろに倒れてしまう。
「ひぎぃっ!?」
「サカイ!?大じょ―――わあああああああああ!!!?」
2人分の体重で尻もちをついてかなり痛かったところに、モノの雪崩が起きる。
なんとか当たったら不味いモノは私にもホミにも当たらなかったものの…雪崩に襲われた衝撃が後を引いて、シーンと静まり返る。
「……ふふっ」
「…ははっ」
「「あはははははははは!!」」
掃除はやり直しだ。
けど…何故か分からないけど面倒だとは思わない。
別に面白い話でもないのに、2人で思いっきり笑って、今度こそ安全な方法でモノを片付ける。
そして、今のうちから要らないものを分別して、庭に置かれた倉庫に運ぶ事になった。
「ただ掃除をするだけのはずなのに…随分騒がしくなっちゃったね?」
「うるさいのは苦手だけど…楽しかったよ。ホミ」
「それは何より。……ごめんね。酷いこと言って」
「ホミが謝ることじゃないよ…私の身勝手が原因なんだからさ。…こっちこそ、ごめん」
片付けが終わると、謝り合って自然に仲直り出来た。
…こうして誰かに素直に謝ったのも、いつぶりだろう?
ホミと一緒にいると――まだ出会って昨日の今日だけど――ずっとずっと前の無垢だった小学生の頃に戻ったかのように、思える。
楽しさと好奇心に溢れ、この世の全てが輝いて見えた…あの頃のように。
「…ホミ」
「なに?」
私はこの時間を…まだ手放したくはない。
「これからも、ここに居て良いかな?」
「…良いよ。こんな、何もない所で良ければ」
何もない、か…
私はそうは思わない。
ここには…私が忘れてしまったモノがある。
けれど…それは取り戻すことは出来ないし、二度と同じものは手に入らない。
ここにある忘れてしまったモノも…似ているだけで本物ではない。
でもそれでいいと思う。
「…なに?また言いたいことでもある?」
「え?何もないけど…」
「嘘だね。私には分かるよ」
「出会って昨日の今日なのに?」
「…そう言うのじゃないの」
ホミはまた怒ってそっぽを向いてしまう。
ぷりぷり怒って家に戻るホミを追いかけ、玄関で靴を脱ぐとき。
「ホミ」
「ん?なに―――んっ!?」
意味もなくいきなりキスして、意地悪する。
ちょっとイタズラをしたい気分だったのだ。
これもイタズラのキス。
……なのに、なんでだろう。
「んっ…ふぅ…んん…」
「んっ…ちゅ……んぅ…」
すぐに離すつもりが、しっかりキスしてしまう。
…これは良くない。
理由を言葉に出来ないけど、そう思って離れると……とても名残惜しい気分になった。
離れたことで全体が見えたホミの顔は赤くなっていて、そして何処か物足りなさそうで……唇がすごく艷やかで、えっちだ。
ボーッと私の顔を見つめるホミと数秒見つめ合って……近くで鳴いたカラスの鳴き声に弾かれるように我に返り、同時に顔を反らしてしまった。
羞恥心から会話がなく、極力距離をとって晩御飯まで過ごす。
…晩御飯も特別会話はなく、『美味しい』とか、『今日は〜〜を作った』とか、そんな話しかしていない。
そして状況が動いたのはお風呂の時。
一番風呂を貰って、少し暑いくらいのお湯に肩まで浸かって気持ちよくなっていると……
「サカイ。私も入っていい?」
ホミが、そんな事を言いながら裸で浴室に入ってきた。
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