第六章「動詞:人称と時制」

練習問題⑥老女

 今回は全体で一ページほどの長さにすること。短めにして、やりすぎないように。というのも、同じ物語を二回書いてもらう予定だからだ。

 テーマはこちら。ひとりの老女がせわしなく何かをしている——食器洗い、庭仕事・畑仕事、数学の博士論文の校正など、何でも好きなものでいい——そのさなか、若いころにあった出来事を思い出している。

 ふたつの時間を越えて〈場面挿入(インターカット)〉するころ。〈今〉は彼女のいるところ、彼女のやっていること。〈かつて〉は、彼女が若かったころに起こった何かの記憶。その語りは、〈今〉と〈かつて〉のあいだを行ったり来たりすることになる。

 この移動、つまり時間跳躍を行うこと。


一作品目:人称——一人称(わたし)か三人称(彼女)のどちらかを選ぶこと。時制——全体を過去時制か現在時制のどちらかで語りきること。彼女の心のなかで起こる〈今〉と〈かつて〉の移動は、読者にも明確にすること。時制の併用で読者を混乱させてはいけないが、可能なら工夫してもよい。


二作品目:一作品目と同じ物語を執筆すること。人称——一作品目で用いなかった動詞の人称を使うこと。時制——①〈今〉を現在時制で、〈かつて〉を過去時制、②〈今〉を過去時制で、〈かつて〉を現在時制、のどちらかを選ぶこと。

 なお、この二作品の言葉遣いをまったく同じにしようとしなくてよい。人称や動詞語尾だけをコンピュータで一括変換してはいけない。最初から終わりまで実際に執筆すること! 人称や時制の切り替えのせいで、きっと言葉遣いや語り方、作品の雰囲気などに変化が生まれてくる。それこそが今回の練習問題のねらいだ。


任意の追加問題:引き続き他の人称や時制でも試してみるのもおすすめだ。


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一作品目:①一人称(わたし)、全体を現在時制


 都会から遠く離れた片田舎に、山小屋のような小さい家がある。その中で机に向かって、否、原稿用紙に向かってがりがりと鉛筆を動かしているのが、私だ。

 立派な肩書きは持っていない。ただの作家くずれとして地方に赴いては、駆けずり回って取材し、メモを積み重ねて、誰にも読まれない本を書く。

 そんな生活も、さすがにこの歳では厳しくなってきている。『鉄血女』などという不名誉な渾名。今では形無しだ。

 渾名の名付け親、スティーブが鉄砲に弾を込めている。その姿だけは今でも鮮明に思い出せる。

 彼の手元は手慣れていて、タバコを咥えながら、ひとつひとつの弾を丁寧に詰め込んでいく。私は胡乱な目つきでそれを見つめる。恋しているというわけではないが、そういう作業に没頭している人をずっと見ていたいのは、作家の職業病というやつだろう。

 

「何を見てる」

 

 スティーブが目線を上げないままに私へと問う。


「弾込め。敵はもう来るの?」

「来るさ。鉄血とはいえ、お前みたいのが見つかればすぐさま蜂の巣にされるぞ。隠れてな」

「うん」


 まだ若い私が素直に返事する。長いブロンドを首の後ろに流すと、この即席民間軍が身を隠している防空壕の奥へと進む。

 洞窟の奥は暗い。でも、書くことしかできない私は戦えないから逃げる。逃げ帰って書く。それだけである。


 鉛筆が止まっている。私は慌てて続きを字に記していく。スペイン内戦のために取材した民間軍で、兵隊として所属するスティーブ。妙に惹かれるところがあって、私は彼のことを書いている。内戦中に強襲を受けてばらばらになり、その後の行方はようとして知れない。

 無愛想で無口、不衛生で、ただ銃で人を撃つときは黒目がきりっとして美しい。

 

 彼が私を鉄血女と呼ぶのは、決まって飯時である。

 軍に同行させてもらう以上、足手まといにはなれない。最低限食事や軍の維持管理、工兵の作業は手伝う。

 私がスティーブに渡す椀にはあまり多く入れない。食べ過ぎると動きにくい。それに、軍の食糧は余裕がないから。


「鉄血女よお、俺の飯はどこへ行っちまうんだ?」

「みんなの椀の中に少しずつ」


 私が答えると、スティーブは椀を持っていない方の手で吸いかけの煙草をくるくる回し、馬鹿にするように笑う。

 

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二作品目:②三人称(彼女)、〈今〉を過去時制で、〈かつて〉を現在時制


 彼女は片田舎の山小屋、……そう言っておかしくない粗末な家に住んでいた。

 肩書きは持ち合わせていないが、作家くずれなりにあちこち赴き、取材を重ねてきた。そうして誰にも読まれない本を書いて、また取材への繰り返しだ。

 とはいえそんな生活も、さすがにこの歳では厳しくなってきた。かつて貰った『鉄血女』などという不名誉な渾名も、今では形無しだ。

 

 『鉄血女』と名付けた当人、スティーブが鉄砲に弾を込める。ぼろぼろになった手袋から覗く指の肌色、指先の手つき、どこか遠くを振り返るような黒い瞳。

 タバコを咥えながら、手慣れた動きでひとつひとつの弾を丁寧に詰め込んでいく。私はぼうっと彼の手元を見つめる。恋しているというわけではないが、そういう作業に没頭している人をずっと見ていたいのは、作家の職業病というやつだろう。


「何を見てる」

 

 スティーブが目線を上げないままに私へと尋ねる。


「弾込め。敵はもう来るの?」

「来るさ。鉄血とはいえ、お前みたいのが見つかればすぐさま蜂の巣にされるぞ。隠れてな」

「うん」


 まだ若い私が返事する。忠告に素直に従えているのは彼だからだ。長いブロンドを首の後ろに流すと、防空壕の奥へと進む。

 洞窟の奥は暗いが、書くしかできない私は戦えないかので逃げる。逃げ帰って書く。それだけである。


 鉛筆を握りしめて、執筆が止まっていた。私は慌てて続きを書き始めた。スペイン内戦の取材で訪れた民間軍の、兵隊として所属していたスティーブ。妙に惹かれるところがあって、私は彼のことを書き続けていた。内戦中、強襲を受けた際ばらばらになり、その後の行方はようとして知れない。

 無愛想で無口、不衛生で、ただ銃で人を撃つときは別人のように美しかった。

 

 彼が私を鉄血女と呼ぶのは、決まって飯時である。

 軍に同行させてもらう以上、足手まといにはなれない。最低限食事や軍の維持管理、工兵の作業は手伝う。

 私がスティーブに渡す椀には、あまり多く盛らないようにする。食べ過ぎると動きにくいし、軍の食糧は余裕がないから。


「鉄血女よお、俺の飯はどこへ行っちまうんだ?」

「みんなの椀の中に少しずつ」


 私が答えると、スティーブは椀を持っていない方の手で吸いかけの煙草をくるくる回し、馬鹿にするように笑う。

 

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所感:ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」イメージで書きました。過去への場面挿入は「——」など使いがちなのでタメになりました。

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