ペリシング
無ヶ 空
滅ぶ故
第1話 キミの使命
雨上がりのような匂い、どこからか滴り落ちてくる水の音。その水が頬にあたる冷たさで目を覚ます。
気だるげな体を起こして、周りを観察する。
主に石でつくられている、神殿のような場所だ。所々崩れており、苔むしている。長年放置されていたのだろうか。そして、自分の足元には謎の模様が彫られている。読み解くことは出来ないが、まるで自分が召喚されたみたいだ。
頭がぼんやりとしていて、記憶が曖昧である。
記憶を整理しよう。
僕の名前は、
――大丈夫、個人情報は思い出せる。
次に、自分の顔をぺたぺた触ってみる。子供らしい曲線の残る輪郭、友達に長いと褒められたことのある睫毛、肩より少し長い焦げ茶色の髪……。
それらは、自分が自分であることを証明させるには十分だった。
だが、自分はどうしてここにいる?今まで何をしていた?さっきまでは、学校の廊下で友達と話してた......?
自分の個人情報などは思い出せるが、直前の行動の仔細が思い出せない。親や友達はどうしているだろう。心配しているに違いない。向こうからしたら僕は明らかに行方不明だ。
だが、今はそれよりも自分の置かれている状況を把握したい。
自分の記憶は後からゆっくり整理しよう。きっと思い出せる。
そう思い、この、神殿のような場所から出ることにした。
霧がたちこめていて、視界良好とは言い難い。石でできた床を、カツン――カツン――と歩く音だけがやけに響いて聞こえる。
20メートルほど進んだところで、霧がだんだんと晴れてきた。
神殿のような場所から出ると、驚いた。
霧は完全に晴れ、足元には草花が広がっている。目の前には山々が連なっていて、緑の中に赤や黄、紫などの色が散りばめられている。そして、空気も澄み渡っているため、幾分か頭がスッキリした気がする。
――ふと、右側から視線を感じた。
視線の先に佇んで居たのは少女である。小学高学年くらいであろうか。緩やかにカールした腰まである白い髪、少しつり目がちで真ん丸な白い瞳。端整ながら、あどけなさを感じる顔。今まで見たことのないような美しい人で思わず見とれてしまった。
その子はすっと僕の目の前に来ると、静かに跪いた。
「お待ちしておりました。救世主様。
その姿からは想像できない、大人びた口調に驚くのが先か、僕に跪いたことに驚いたのが先か、はたまた“救世主”という言葉に驚いたのが先か、わからない。
全てが瞬きの間のように感じた。
少女は……、シャロン・ナイトは、僕の心境を見透かしたような目で言葉を続ける。
「私の使命は、あなたを守ること。そして、あなたには、この世界の滅亡を止めてもらいます」
もっと話を聞きたい気持ちはあるが、脳がその全てを理解出来る自信がなく、シャロン・ナイトの話に対して言葉を出せないでいる。
「戸惑うのも当然のことです。まだ、私のことを信用することはできていないでしょうが、落ち着いて話をするために、私に着いてきて頂いてもよろしいでしょうか?」
「うん、わかった」
そう答える以外の選択肢は無いような気がした。
シャロン・ナイトの3歩ほど後ろを着いて歩く。意外にも道は整備されていた。道と言っても立派なものではなく、せいぜい登山道ぐらいのものだ。救世主……?が、あの神殿のような場所に来ているか確認するために整備しているのだろうか。
そんな風にいろいろ考えていると、シャロン・ナイトは歩くのをやめた。目的地に着いたのだ。
そこは、木造の大きな家だった。周りの景観に溶け込むように緑が溢れているが、一目見て廃墟でないことはわかる。手入れされた緑が家をやさしく包んでいるのだ。多くの人が一度は憧れるであろう、素敵な家だと思う。
僕は、居間のような場所に案内された。しばらくして、シャロン・ナイトよりも幼く見えるが、よく似ている女の子がお茶と思わしきものを運んできてくれた。
「どーぞ。きゅーせーしゅさま。えっと……。しばしのきゅーそくを、おたのしみください……!」
「ありがとう。お名前は?」
「……。わたし、なまえ、ないの……!」
名前が無い?この世界の文化だろうか?一定の年齢に達しないと名前を与えられないというような……。
その問の答えはすぐに、シャロン・ナイトの言葉によって解決された。
「私たち、ナイト家では兄弟、姉妹の中で1番優秀な者にのみ正式な名前が与えられるのです。そして、名前が与えられるということは同時に、救世主様の側近になる義務を与えられるということなのです」
「そうなんだ……」
この世界が、自分の世界と違うものだという事実を改めて突きつけられた気がした。
「それでは、早速ですが、この世界を救済する方法を説明させていただきます」
そう言われ、体がピクリと動き、居住まいを正した。
「まず、この世界が滅亡の危機に瀕したことは今までにも多くありました。そのたびに、あなたの世界から救世主が選ばれてきました」
「今までにも多く?どうしてそんなに滅亡の危機が訪れることになったの?」
果たして、世界の滅亡というのはそんな簡単に起きるものなのだろうか。少なくとも、安心して暮らすことは出来ないだろう。
「原因はわかりません。ですが、滅亡の予兆として体のどこかににマークのある人が5人産まれるのです。マークの1部にはそれぞれ違った数字が書いてあり、カウントダウンのようにその人の誕生日を迎えると数字がひとつ減るのです」
「数字がゼロになるとどうなるの?」
「ゼロになった人間は生き続けることができますが、1人の数字がゼロになると、この世界の一部が崩壊し、“無”になります。実際にそうなってしまった場所もあるので、5人全員の数字がゼロになると、この世界は完全なる“無”になると考えられています」
シャロン・ナイトは少し顔を歪ませてそう言った。恐らく、“無”となった場所にも人がいたのだろう。どの程度の被害なのかはわからないが、あまり考えたくないと思った。
だが、知らなくてはいけない。自分がこの世界を救済するのだから。実感は無いが、やれる人が自分だけなら、何がなんでもやらなくてはいけない。
「数字をゼロにしないようにする具体的な方法は?」
「はい、それは、マークの付いている範囲を破壊することです」
――破壊?人間の体の1部を?
「破壊って、何?」
「ここでの破壊の意味は、原型を留めない程に対象を壊すことです。方法は、切っても、爆破でもなんでも構いません」
抑揚のない声で機械的に言われるものだから困惑が強まった。人が傷つくことをなんとも思っていない訳では無いであろうことは、これまでの会話でわかっている。故に、言いたくないことを、心にできるだけ負担をかけずに言うためだと推測出来た。
でも、だから何だ?殺すとは言っていないが、心臓にマークがあれば心臓を破壊しなくてはいけないのだろう?他のところにマークがあったとしても、そこを破壊すれば生活に大きな支障をもたらすことになるだろう。
そう考えたところで、最初に思い浮かんだ疑問が再び現れた。
――どうして僕が救世主に選ばれた?
どれだけ人間がいたと思っている?その中で僕が選ばれるか?いや、選ばれることはある。だが、僕は何も特別なことは無い。はずだ……。失っている記憶のうちにその答えがあるかもしれない。だいたい、なんで僕は記憶がはっきりしないんだ?この場所に来させられたことに関係があるのか?わからない。僕は、何も知らない。
シャロン・ナイトに聞こうとしても、次から次に溢れ出してくる疑問のせいで頭が混乱し、言葉を出そうとしてやめるという行為を繰り返している。どれだけ時間が経っているのかわからないが、シャロン・ナイトはそんな僕を黙って見つめている。僕の思考がある程度整理されて、僕が言葉を発するのを待っているのかもしれない。
――いろいろ考えてみても、何も答えは出なかったが、今シャロン・ナイトに聞くべきことをまとめることは出来た。
「僕はまず、どこに行けばいい?」
「まずは、1番近くのマーク所有者、テルミドール様の元へ行きましょう。」
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初投稿作品『ペリシング』を読んでくださりありがとうございます。
5話から小ネタを載せています。是非ご覧ください!
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