SISTERS CE1221 - 姉妹の絆 -
ぎがている
第0話 プロローグ
共通暦1221年初夏
ヴァレスタ王国の首都ケルノヴィアにある王宮
初夏の陽光が白亜の城壁に踊り、ヴァレスタ王国の王宮は穏やかな午後の静寂に包まれていた。セレンティア連邦七王国の盟主格として千年の歴史を誇るこの古き城では、だが、その美しい静寂を破るように、東塔の第三階にある図書室から深いため息が漏れた。
「またマナーの授業よ」
十六歳のイザベラ・ルヴァントが、窓辺で古ヴェルディア語の『政治哲学概論』を閉じながらつぶやいた。
陽光が彼女の金色の髪を美しく照らし、ルヴァント王家特有の深い青い瞳には知的な光が宿っている。彼女の手は、既に五冊の書物を読み終えた証拠に、インクで薄汚れている。外では鳥たちが自由に空を舞い、城下町の人々が活気に満ちた声を響かせているというのに。
「『王女は優雅に歩くべし、王女は慎重に発言すべし、王女は決して城から出てはならぬ』...」イザベラは女官長の言葉を真似て、大げさに声音を作った。「もう飽き飽きだわ。私の頭の中には七つの王国の歴史と五ヶ国語の文法が詰まっているのに、それを使う機会がないなんて」
その時、扉が軽やかにノックされた。「お姉様、お茶にしましょう」
十三歳のマリアンナが、銀のトレイを手に部屋に入ってきた。姉よりも少し小柄で、栗色の髪を可愛らしく編み上げ、茶色の瞳には好奇心と悪戯っぽさが混在している。トレイには精巧な陶製のカップが二つと、湯気の立つポットが載せられている。その香りは明らかに、この王国では手に入らないはずの東方の茶葉のものだった。
「マリアンナ、それは...」イザベラの目が鋭くなった。
「オルダニア東方列島の『翡翠茶』よ」マリアンナは悪戯っぽく微笑みながら、カップに琥珀色の液体を注いだ。「昨日、クリスタン王国の商人フェルナンド様が、『将来の商売相手への挨拶』と言って持参してくださったの。オルダニア東方列島との航路で仕入れた貴重品ですって」
「フェルナンド・メルカトール」イザベラは眉を上げた。「例の大商人ね。クリスタン王国は連邦南部の商業王国だったかしら。父上が『若いのに商才に長けた男』と評していた」
「ええ、そして何より」マリアンナは頬を僅かに染めながらカップを姉に差し出した。「とても誠実で優しい方なの。昨日お話しした時、私の商業に関する質問に真剣に答えてくださって...商人の世界では女性が活躍するのは困難だけれど、能力があれば道は開けるって」
イザベラは妹の表情を注意深く観察した。マリアンナの瞳には、いつもの茶目っ気に加えて、何か新しい輝きがあった。
「それで、今日は特別よ」マリアンナは茶を啜りながら続けた。「そのフェルナンド様率いるクリスタン王国の香辛料商人視察団が、午後に城下の市場を見学するの。父上も軍事会議でモルガニア王国—連邦北東部の山間王国—に出かけているし、エルデリック宰相も同行してヘプタルキ評議会の準備をしているでしょう?」
イザベラの瞳が急に輝いた。「まさか、あなた...」
「ええ。彼らに紛れて市場を見学できるかもしれないわ。商人の娘として」マリアンナの目に、確信に満ちた光が宿る。「でも条件があるの」
「条件?」
「お姉様も一緒に来てもらうの。一人じゃ心細いし、それに...」マリアンナは声を潜め、周りに聞き耳を立てる者がいないことを確認した。「最近、街で妙な噂があるの。『銀仮面の盗賊』の話」
「銀仮面の盗賊?」イザベラは身を乗り出した。
「ここ一月ほどの間に、三件の盗難事件があったの。でも、被害者はすべて外国商人で、しかも奪われるのは決まって小さな袋や書類だけ。金貨や宝石には手をつけないの」
「それは確かに奇妙ね」イザベラは考え込んだ。「普通の盗賊なら、最も価値のあるものを狙うはず」
「そうでしょう?それに、目撃者の証言によると、その盗賊の剣技は相当なもので、まるで騎士のような戦い方をするって」マリアンナは興味深そうに続けた。「フェルナンド様も、『セレンティア連邦の治安が悪化している』と心配されていたわ。カルデシア砂漠帝国—大陸南部の商業大国—との交易路でも同様の事件があったそうよ」
イザベラは立ち上がり、窓からケルノヴィアの街を見下ろした。石造りの家々が立ち並ぶ中を、商人の荷車や市民たちが行き交っている。あの活気ある世界を、彼女は書物の中でしか知らなかった。
「マリアンナ、あなたは今まで何回城を抜け出したの?」
「...三回」マリアンナは苦笑いを浮かべた。「でも、いつも使用人に変装して短時間だけ。本格的に街を歩き回ったことはないの」
「そう」イザベラは決意を固めた表情で振り返った。「それなら、今日は特別な日にしましょう。私たちの本当の冒険の始まりとして」
「本当に?」マリアンナの顔が輝いた。
「ええ。ただし」イザベラは指を立てた。「完璧な変装をして、完璧に役を演じきること。そして何より、絶対に正体がばれないこと。約束できる?」
「もちろん!」マリアンナは勢いよく立ち上がった。「実は、もう準備は整っているの」
彼女は部屋の隅にある大きな衣装箱を指差した。「商人の娘用の衣装と、東方の化粧品。それに、クリスタン王国の方言も練習済みよ」
「あなたって子は...」イザベラは呆れたように、しかし愛情深く妹を見つめた。「いつからそんなに計画的になったの?」
「商売の基本は準備と情報収集よ」マリアンナは得意げに胸を張った。「フェルナンド様に教わったの」
二人は準備に取りかかった。イザベラは茶色の質素な外套と、農民が着るような簡素な麻のドレスを選んだ。普段は丁寧に編み上げられている金色の髪を、三つ編みにして布で覆う。高価な宝石類はすべて外し、手には働く女性らしい薄い手袋をはめた。
一方、マリアンナは商人の娘らしく、質は良いが派手すぎない深緑色のドレスを選んだ。腰には小さな革袋を下げ、中にはクリスタン王国の銅貨を数枚忍ばせている。彼女の栗色の髪は、商人らしく実用的な髪型にまとめられた。
「鏡を見て」マリアンナが姉に手鏡を差し出した。
イザベラは自分の姿に驚いた。王女らしい威厳と優雅さは完全に影を潜め、代わりに質素だが品のある商人の娘が映っている。
「完璧ね」イザベラは満足そうに頷いた。「それでは、マリアンナ・メルカトール嬢、行きましょうか」
「こちらこそ、イザベル・エルディス嬢」マリアンナも演技口調で応じた。「今日は良い買い物ができそうですわ」
つづく
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