魔女図書館の最強賢者、二度目の人生は見習い司書に
メソポ・たみあ
第1話 〝賢者〟の死と転生
ある日、一人の魔女が死んだ。
その魔女は世界でただ一人〝賢者〟と呼ばれた人物。
そして〈魔女図書館〉と呼ばれる知の宝庫の創設者にして、初代館長。
彼女は様々な偉業を成し遂げ、ありとあらゆる魔法を会得したと謳われる、世界で最も偉大な魔女だった。
されど遂に老衰には勝てず、誰に看取られることもなくひっそりと息を引き取る。
その最期は、数多くの〝本〟に囲まれていたという。
▲ ▲ ▲
「ヤバい、もう無理。死ぬ」
――人生には
しかも往々にして、その瞬間は突然訪れるモノだ。
私の場合のソレは、「今日は種から植えた果物を一日で成熟させる魔法でも本に書き記すか~」なんて呑気に考えていた矢先のことだった。
いきなり胸が苦しくなり、すぐに動悸が激しくなって上手く呼吸できなくなった。
たぶん心臓という臓器が寿命を迎えたのだろう。
いや、よくよく考えれば突然の出来事でもなかったかもしれない。
この時私の年齢はとっくに百歳を超えており、魔法を使ってどうにか肉体年齢を三十歳くらい若返らせていたのだが、それでも老衰には勝てず身体の節々にガタが出始めていた。
不老不死の魔法なんかも研究したりしたけれど上手くいかず、その方法を記した本も見つからなければ成功したという話も聞くことはなかった。
どうやら魂というのは必ず肉体から離れようとする性質があるらしく、それを阻止する研究を行うには流石に時間も資料も少なすぎた。
私ですらそんな状態なので、不老不死は今後しばらくの間は実現できないと思う。
少なくともあと数百年は無理なんじゃなかろうか。
だから若返りの魔法を使って誤魔化していたが、それも限界らしい。
なんかもうすぐ
そうやって目を逸らし続けてきたが、いよいよ我が人生も大詰めっぽい。
周囲に人の気配はないし、目につく物と言えば大量の本ばかり。助かる見込みはないだろう。
「うぅ……こんな時のために、用意していた
不老不死の魔法は、終ぞ成し得なかった。
けれど私だって魔女の端くれ。
実現できないなら仕方ないよね、などと安直に受け入れられるほど素直な性格はしていない。
不老不死が無理ならと、その迂回策は既に研究しておいた。
まだ人体には試していないので完成とは言い難い魔法だけれど、この時のために用意してきた魔法なのだ。
ならば今使わずにいつ使うというのか。
「……〝
魔力を練り、詠唱し、発動。
次の瞬間、私の身体は白い光に包まれる。
これはちゃんと魔法が効果を発動した証拠。
つまり成功の証だ。
自分の魔法の成功を見届けた私は、
「ぐふっ」
もはやここまで、と床の上に倒れる。
ああ、儚い人生だったな、などと思いながら。
そうして意識が徐々に遠のいていくが……そんな時にふと「あっ、やべ」と思った。
よりにもよって、死の間際に思い出してしまったのだ。
死ぬまでにはどうにかせねばと思いつつ、結局ほったらかしになってしまっていた――私が若い頃に書いた〝黒歴史本〟たち。
アレを処分していなかったことを。
あの本は文字通り私の黒歴史であり、恥ずかしい過去。
若気の至りで書いてしまった、我が人生の汚点。
捨てねば燃やさねばとずっと思っていたのだが、それでも自分が書いた本であり文章。
可愛さ余って~などと言うつもりはないが、中々踏ん切りがつかず今の今まで大事に取っておいてしまっていた。
アレが人様の目に触れるのは……。
……でもまあ、大丈夫かな?
どうせ誰の目に留まることもなく塵となって消えていってくれるでしょ。
恥ずかしいからこれまで誰にも読ませたことなかったし、世間に一度も公開していない不出の本だし。
っていうかお願いだから、誰にも知られることなく消滅していってくれ――そんなことを薄れゆく意識の中で考えつつ、私は深い眠りについた。
▲ ▲ ▲
――私は本が好きだ。文章が好きだ。
子牛の革が使われた表紙をめくり、ややくすんだ白色の紙に記された文字の列に目を落とすと、スッと心が和らぐ。
そしてザラザラとした感触の紙を指先で摘まんでページをめくる、あの瞬間をこよなく愛している。
なんというか、本を読んでいると自分の世界に入り込めるのだ。
本に記された文章は書き手である著者と対話させてくれるし、またその文章を咀嚼する自分自身とも対話させてくれる。
ある意味では、本という存在は自分を見つめ直す機会を与えてくれていると言えなくもない。
私は幼い頃から本の虫だった。
何故それほど本の虜になっていたかと言うと、遊び相手がいなかったから。
私は孤児だった。
物心つく前に両親が他界し、孤児院に引き取られたけれど、幼い頃は身体が弱く病気がちであまり外に出られず、他の子たちに交じって遊ぶことができなかった。
ハッキリ言って、私は孤児院の中で浮いた子供だった。
一緒に遊ぶ友達がいない、会いに来てくれる親族もいない、加えて孤児院での生活はお世辞にも裕福とは言えなかったので、必然的に時間を潰す趣味は限られた。
そんな私が孤児院の本棚に置かれた書物に関心を抱くのは、当然だったのかもしれない。
本棚から全く知らない本を手に取り、最初のページをめくった瞬間、私は本の虜となった。
だから私は本が好きだ。
本ばかり読んで、読んで、読んで……気がついたら本の虫となっていて、分厚い紙の束が表紙という名の二枚の板に挟まれてさえいればとりあえず目を通すという、我ながら恐ろしい雑食ぶりと暴食ぶりを発揮するまでになっていた。
十二歳で孤児院を出た頃にはある程度体力もついて外に出られるようにもなっていたが、それでも変わらず本ばかり読んでいたので、施設の大人たちからも子供たちからもすっかり変人扱いされていたほどだ。
まあ、そんな私でも好きな
それは
魔法に関する知識が記された本は、特に読んでいて面白いと思えた。
魔法のなにがそんなに面白いのかと問われると少々答えに窮してしまうが、敢えて言うならば〝世界観〟であろうか。
私が生きるこの世界『アルカディア』において、魔法とは学問の一つだ。
魔法という学問を一度学び始めた者は、その魅力に抗えなくなる。
知れば知るほどもっと知りたくなるし、その根源もその行き着く果ても見たくなってしまう。
人を魅了してやまないなにかが、魔法にはあるのだ。
魔法という存在には魔力がある。
ここだけ切り取って聞くと「なんのこっちゃ」と思われるだろうが、人を魅了してしまう魔力がある、という言い方をすればニュアンスが伝わるだろうか?
魔法とは、魔法という名で呼ばれる一つの世界。
一度その世界に足を踏み入れれば出られなくなる、果てなき探求心の渦の中。
そしてその渦の中に、無限とも思える知が広がっている。
なればこれを独自の世界観と称さず、なんと称すればいいだろう?
かく言う私も、そんな魔法の魅力にすっかり盗り憑かれてしまった者の一人。
魔法に関する本を読み漁っている内にただ読んでいるだけでは満足できなくなり、自分で魔法を研究するようになって、遂には自分で魔法に関する本を書き記すようにまでなった。
本の虫がいつしか書き手になるという現象は珍しくもないし、魔法の魅力を知ればさもありなんだと思う。
まあ、もっとも……私の場合、他の人々と比較してちょっと常軌を逸していたかもしれないが。
なにせ、自分で書き記した本を含め世界中の魔法に関する本を集めて、
魔法に関する本を読み、魔法を会得し、魔法に関する知識を本へと書き記す――。
世間ではそんな女性を指して〝魔女〟と呼ぶ。それは私も例外ではない。
だから私が創設した図書館は
――〈魔女図書館〉と。
▲ ▲ ▲
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
私が聞いた第一声は、そんな言葉だった。
直後、自分の身体がヒョイッと持ち上げられる感覚。
手足が自由に動かせず、首に力が入らない。
あと瞼が異様に重い。全然目が開けられない。
でも、これは間違いない。
私の魔法が成功したのだ。
意識はハッキリしてる。
自分が何者であるかの記憶もちゃんとある。
魂が新たな肉体に定着した証拠だ。
私が死ぬ直前に自らにかけた魔法、【
これは肉体から魂を切り離して新たな肉体へと定着させることで、生き物を〝転生〟させる魔法。
前世では人体に対して使ったことがなく、最初の被験者が自分自身という一発勝負だったが、どうやら上手く成功してくれたらしい。凄いぞ私。
よーし、自分の転生を祝って、ここは盛大に産声を上げてやろう。
「おぎゃあ」
「よしよし、元気に泣いてくれたわね」
おそらく助産婦さんらしき人が、優しい手つきで頭を撫でてくれる。
しかしすぐに私の身体は彼女の下を離れ、新たな人物へと手渡された。
「さあロベリアさん、娘さんを抱いてあげてくださいな」
「ああ……私の可愛い赤ちゃん……」
どうやら私を産んでくれた母親らしい。つまり二度目の生を受けた私のお母さんということだ。
前世、私に子供はいなかった。
そもそも結婚自体をしなかったし。
けれど、お腹を痛めて子を産む大変さは理解しているつもりだ。
同業の魔女の出産に立ち会ったことが何度かある。
魔法で出産を手助けするというのは私が暮らしていた地域では一般的だったし、私自身様々な魔法の心得があるからぜひ、と頼まれることが度々あったからなのだが……一番最初に立ち会った時には、当事者でもないのに思わず失神しそうになってしまった。
赤ちゃんを産むのってこんなに大変なのか……私無理かも……と心底思ったものだ。
だから私を産んでくれた彼女に感謝するし、尊敬する。
本当に凄いと思う。
前世で私は孤児だった。
だから親孝行というモノができず、親の顔すら碌に知らずに一生を過ごしてしまった。
なら今世ではちょっとくらい親孝行してもいいだろう。
自分を産んでくれてありがとう、と礼をしたって罰は当たるまい。
なにか考えておかなきゃ。
「ほらあなた、抱いてあげて」
「ああ」
「優しくね?」
「わかっているとも」
そんな会話を聞いたすぐ後、また別の人物の腕に抱きかかえられる。
今度はゴツゴツとした感触のたくましい手で、おそらく母親の旦那さん――私のお父さんだろう。
「うん、いい子だ。キミは俺とロベリアの希望だ」
「トドックさん、お子さんの名前はもう決めておいでなのですか?」
「ああ。この子は――メルティナ。メルティナ・ロウレンティアと名付ける」
メルティナ・ロウレンティア――。
それが今世での私の名前か。
なんだか変わった名前かも?
メルティナという響きの名前は珍しいように思う。
それにロウレンティアという性も聞いたことがない。
名も性も珍しいとは、少々不思議な心地である。
でも気に入った。
せっかく二度目の人生なのだ、親がつけてくれた名前を堂々と名乗ってやろう。
今この瞬間から、私はメルティナ・ロウレンティアだ。
「メルティナちゃん、いいお名前ですね。それではそちらで出生記録をつけさせて頂きますね」
助産婦さんがそう言うと、カリカリというペンで文字を書く音が聞こえてくる。
まだ目を開けられないので不明瞭だが、彼女の言葉を信じるなら私の出生記録を書いているのだろう。
ふーむ、わざわざ出生記録をつけるとは、なんと几帳面な。
私が前世で生まれた地域では貴族や富裕層などの上流階級以外、そんな律儀なことはしなかった。
都市部か田舎の農村かによって差はあれど、基本的に中流階級より下の人間の出生はざっくりとしか記録されず、せいぜい地域の首長に当たる人物が把握している程度だったのに。
もしやこのロウレンティア家というのは、貴族の家系なのだろうか?
裕福なのは助かるが、貴族特有の品行とかマナーとか社交辞令を押し付けられるのはちょっとな……。
前世でもそういうのが面倒くさくて、貴族とは距離を置いていたし。
私からしてみれば、本を読んで魔法を研究する以外のことは大概時間の無駄だから。
親孝行はしたいが、できれば自由に生きられると――なんて思っていると、
「メルティナ・ロウレンティア。パトラ地方ノースウッド領リサリ村、ロウレンティア家長女、帝暦1017年7月10日生まれ……と」
助産婦さんが出生記録を書き終えたらしい。
……のだが、彼女の発言を聞いた私は「ん゛?」と思った。
帝暦という暦には聞き馴染みがある。
前世において私の臨終の地ともなった『聖プロトゴノス帝国』にて使われていた暦であり、国の建国年を帝暦1年とするため、帝暦1017年ということは『聖プロトゴノス帝国』の建国から1017年が経過したということになる。
そんな帝暦で暦を数えているということは、ロウレンティア家の人々は『聖プロトゴノス帝国』国内の人間であり、私が二度目の生を受けた地域もまた同国の領地内と見て間違いないだろう。
しかし、しかしである。
記憶が正しければ――私が倒れた年は〝帝暦517年〟だったはずだ。
……え? あれ?
助産婦さんの言葉が本当なら……私が一度死んでから、既に
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