0.1%-逆転無罪を連発した裁判官

龍玄

第1/6話 平野母子殺害事件

 これは、刑事裁判の鉄則とも言われる「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従い、有罪判断に必要とされる「合理的な疑いを超えた証明」の基準の論理も突き詰めれば冤罪防止のためのものと考え、確固たる証拠を重んじ、検察の創造したストーリーに惑わされず、精査する判事魂に優れた裁判官の話だ。


 退官直前に逆転無罪を連発した福崎伸一郎・元大阪高裁判事(71)。高裁裁判長の1年半の間に一審の有罪を35件破棄し、うち7件に逆転無罪を下している。


 世間の目を最も引いた事例が、平野母子殺害事件だ。


 2002年(平成14年)4月14日、大阪府大阪市平野区のマンションで、林麻友(当時28歳)が犬の散歩用の紐で首を絞められて殺害され、斗真(当時1歳)は浴槽に沈められて水死させられた。その後、マンションの部屋は放火された。2002年(平成14年)11月16日、林麻友の夫の母親の再婚相手で義父の刑務官・林健充被告(当時45歳)が殺人容疑で逮捕され、12月8日には現住建造物等放火の容疑で再逮捕、12月に殺人罪と現住建造物等放火罪で起訴された。起訴に伴い法務省は森健充被告を起訴休職とした。

 捜査の過程で林健充被告は、被害者夫婦の借金の連帯保証人になっていること、被害女性に夫婦の生活に干渉したり脅迫したりするメールを送っていたことが判明した。恋愛感情が受け入れられなかったことや連帯保証した借金を滞納して夫婦が行方をくらましたことに憤り、母子を殺害して証拠隠滅のために放火したことが犯行動機とされた。  

 林健充被告は犯行を否認した。直接証拠はなかった。公判では間接証拠の信用性と評価が最大の焦点となった。


 検察側は、マンション階段の灰皿にあった吸い殻のだ液成分と林健充被告の血液のDNA型が一致した点、犯行時間帯に林健充被告の車を複数の住民が目撃している点、犯行時間帯に携帯電話の電源を切るなど林健充被告が不可解な行動をしている点、犯行日に妻を迎えに行くという約束を果たしていない点を挙げ、林健充被告が犯人であると主張した。


 一方、弁護側は、林健充被告はマンションには行ったことはなく、林麻友の住所は知らなかった。林健充被告は林麻友に携帯灰皿を渡した事があり、そこに残っていた吸い殻が被害者の手によってマンション階段の灰皿に捨てられた可能性がある。犯行時間帯にマンション近くに駐車したことは認めるが、行方をくらませた被害者を探していたためである、と主張し、無罪を主張した。


 2005年(平成17年)5月6日、論告求刑公判が開かれ、検察側は「冷酷、残忍な犯行。幼い命まで奪っており、酌量の余地は一片もない。遺族の処罰感情もしゅん烈」として死刑を求刑した。

 2005年(平成17年)8月3日、大阪地裁は「マンション踊り場から見つかった吸い殻のだ液と被告のDNA型が一致するとの鑑定結果や目撃証言などを精査すれば、被告が犯行に及んだと証明されている。強固な殺意による残忍で悪質」として無期懲役の判決を下した。

 判決では、林健充被告の「現場には行っていない」とする公判の供述は「漠然としていて不自然な点が散見され、信用性に乏しい」と判断された。なぜ信憑性がないのかの説明はなされていない。また、犯行の動機として「被害女性に恋愛感情を抱きながら拒絶され、被害女性の夫の借金の一部で保証人になっていたものの、被害女性夫婦が行方をくらますなどしたことから強い憤りを覚えた」と推定した。


弁護側・検察側ともに控訴。


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