002-B:『複製される記憶』
事案名:〇〇高校における「複製される記憶」事案
発生場所:東京都世田谷区〇〇 〇丁目〇番地 私立〇〇高等学校
報告者:関係者複数名(匿名希望)
発生日時:2025年6月1日より断続的に発生(初回確認)
概要:
本記録書は、東京都世田谷区の私立〇〇高等学校で報告された、生徒間の記憶情報異常干渉に関する調査報告である。特定の個人が経験した出来事が、その周囲の複数の人間にあたかも自身の記憶であるかのように「複製」される現象が観測された。
事案詳細:
2025年6月上旬、〇〇高校の2年B組において、複数の生徒から奇妙な証言が上がり始めた。最初の報告は、生徒A(17歳、男性)が自身の昼食時の出来事を友人たちに話した際、「あれ?それ、俺も昨日食べたよな?」という反応があったことから始まった。しかし、生徒Aが話していたのは、前日に彼が一人で立ち寄ったコンビニエンスストアでの、特段珍しくもない限定サンドイッチの購入体験であった。友人は、そのサンドイッチの味やパッケージデザインまで詳細に語り、あたかも自分がその場にいて購入したかのように振る舞った。
この現象は当初、友人間での冗談、あるいは記憶の混同として処理された。しかし、類似の事例が複数報告されるにつれて、異常性が認識され始めた。
「オリジナルの記憶」と「複製記憶」: 常に一人の生徒が経験した「オリジナルの記憶」が存在し、それが複数のクラスメイトの頭の中に「複製」される形で発生した。複製された記憶は、詳細な感覚情報(味、匂い、視覚情報)を伴い、経験者本人と区別がつかないほどの鮮明さを持っていた。
記憶内容の無作為性: 複製される記憶の内容は、特別な出来事に限らず、通学路の風景、放課後の友人との会話、テスト中の思考、自宅での些細な行動など、ごく日常的なものが大半を占めた。
「感染」経路の不明瞭さ: 複製された記憶を持つ生徒同士は、必ずしも直接的な接触が多かったわけではない。しかし、2年B組の生徒に限定して発生していることが確認された。
感情の「上書き」: 稀に、複製された記憶が、本来の経験者の感情(例えば、そのサンドイッチが不味かったという感覚)まで伴って伝播し、複製された側の生徒が、あたかも自分が不味いものを食べたかのような不快感を覚えるケースも報告された。
事態の深刻化は、中間試験の期間中に顕著となった。ある生徒が試験中に解答に迷い、脳内で葛藤した思考のプロセスが、隣の生徒に複製され、その生徒も同じ箇所で同じように迷うという事例まで発生した。これにより、生徒たちの間で「誰かの記憶が入り込んでいるのではないか」という不安と疑念が広がり、学級崩壊寸前の状態に陥った。
調査と対策局の介入:
当対策局は、〇〇高校からの匿名報告を受け、直ちに調査チームを派遣。生徒たちへのヒアリング、教室内の電磁波・精神波測定、校内の歴史調査など多角的なアプローチで事案の解明を試みた。
精神波分析: 特定の生徒群(2年B組)の脳波パターンに、ごく微細ながら非同期的な共鳴現象が確認された。これは、思考や記憶の情報伝達に関わる脳内プロセスが、物理的な接触なしに同期している可能性を示唆する。
発生源の特定不能: 記憶の複製現象は、特定の生徒が「発信源」となっているわけではなく、複数の生徒間でランダムに、しかし一方通行(オリジナルの記憶→複製記憶)で発生していた。特定の物理的なトリガーも特定できなかった。
過去事例との比較: 過去の「情報汚染型精神干渉」事案や「集団幻覚」事案との比較を行ったが、記憶そのものが「複製」されるという点で、既知の事例とは一線を画していた。
最も興味深い発見は、2年B組の教室の床下から、建設当時(約50年前)に埋められたと推測される古い木製の学習机の残骸が発見されたことである。この机は、多数の生徒によって長年使用され、鉛筆の跡や落書き、教科書のシミなどが無数に残されていた。
事案の結末と対策局の見解:
対策局は、この古い学習机の残骸が、何らかの形で生徒たちの「記憶情報」を吸収し、それを無差別に放出する「記憶の拡散器」として機能している可能性が高いと判断した。長年にわたる多くの生徒の思念や学習記憶が蓄積され、それが特定の条件下で歪んだ形で干渉を引き起こしていたのではないか。
対策局は、生徒たちへの心因性ストレス軽減のためのカウンセリングを施し、当該教室の徹底的な清掃と、発見された学習机の残骸を秘密裏に回収・封印した。
その後、2年B組における「複製される記憶」事案の発生は完全に沈静化。生徒たちの精神状態は安定を取り戻し、通常の学校生活に戻ったことが確認された。
本件は「集団記憶複製現象」事案と分類される。物質が個人の記憶情報を吸収・保持し、それを他者に干渉させるという点で、従来の「残留思念」や「情報汚染」とは異なる新たなタイプの境界事象である。特に、その記憶がごく日常的なものである点、そして感情までが伝播する可能性を秘めている点は、今後の「境界事象」研究において、人間の意識と物質の相互作用に関する重要な示唆を与えるものとなるだろう。
回収された学習机の残骸は現在、「境界事象対策局」の厳重な保管施設にて、更なる分析のため隔離されている。その残骸から、まだ未知の記憶が複製される可能性は否定できない。
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