第2章:怠惰な配下たちとの遭遇
玉座の間から聞こえる微かな物音は、山本――いや、魔王ハジメウス・ザ・リフォームの好奇心を掻き立てた。従業員ゼロではなかったのか?その可能性に、彼の内に新たな活力が湧いた。かつてのブラック企業では、どんなに無能な部下でも、いないよりはマシだった。いや、むしろ、無能な部下をどうにかして「使える」ようにするのも、マネジメントの一環だったはずだ。
音のする方へ向かうと、そこは薄暗い廊下だった。壁にはひびが入り、天井からは水滴が落ちている。足元には、何かの骨のようなものが転がっている。まるで、廃校になった小学校の裏手のような、陰鬱な雰囲気だ。しかし、その先に、微かな光と、さらに大きないびきが聞こえてくる。
「おい、誰かいるのか?」
ハジメウスは、あえて声を張り上げてみた。すると、いびきがピタリと止まり、その代わりに、ガタガタと何かが倒れるような音が響いた。
「ひぃっ!だ、誰だ!?」
震える声と共に、廊下の奥から、奇妙な影が飛び出してきた。それは、背丈が低く、緑色の皮膚をした、痩せこけた生物だった。 ragged な布を身につけ、手には使い古された箒を持っている。ゴブリンだ。しかし、彼が知るゲームやファンタジー小説のゴブリンとは似ても似つかない。筋肉隆々とした凶暴な姿ではなく、まるで何日も食事を与えられていないかのような、哀れな姿だった。
ゴブリンはハジメウスの姿を見るなり、その場にへたり込み、箒を盾にするようにして震え始めた。
「お、恐れ多くも、魔王様でございますか……!?わ、わたくしめは、ただの清掃係ゴブリン、グルムでございます!」
「清掃係?」
ハジメウスは眉をひそめた。この城のどこに清掃された形跡があるというのか。しかし、グルムと名乗るゴブリンの怯えようは尋常ではなかった。まるで、彼が今にも食い殺されるとでも思っているかのようだ。
「安心しろ。別に食ったりしない。それより、お前、ここで何をしていた?」
「は、はい!わたくしめは、その、魔王様の玉座の間の……掃除を、しようと……」
グルムは視線を泳がせ、明らかに嘘をついているのが見て取れた。その手には箒があるが、埃一つ払った形跡もない。むしろ、彼自身が埃まみれだ。
「いびきが聞こえたぞ」
ハジメウスがそう言うと、グルムはビクッと体を震わせ、顔を真っ青にした。
「そ、それは……わたくしめではございません!きっと、風の音でございます!」
「風がそんなにいびきをかくか?」
グルムは言葉に詰まり、うつむいてしまった。その様子を見て、ハジメウスはため息をついた。これでは、かつての職場の無気力社員と何ら変わらない。いや、むしろ、もっとひどいかもしれない。彼らは少なくとも、表向きは仕事をしているフリはしていた。
「いいか、グルム。俺は魔王ハジメウス・ザ・リフォームだ。そして、この魔王城を『ホワイト企業』にする。その第一歩として、今日から『定時退社』を徹底する」
「て、ていじたいしゃ……?」
グルムはきょとんとした顔でハジメウスを見上げた。その目には、疑問と、かすかな希望のようなものが入り混じっていた。
「そうだ。そして、残業は一切なし。有給もちゃんと取る。そして、仕事中はきちんと働く。お前は清掃係だと言ったな?ならば、この城をピカピカに磨き上げろ。ただし、定時内だ」
グルムはまだ状況を理解しきれていないようだったが、ハジメウスの言葉に、彼の目には微かな光が宿った。
「わ、わかりました……!わたくしめ、頑張ります!」
その時、グルムの背後から、さらに大きな物音が聞こえた。それは、ズルズルと何かを引きずるような音と、それに続く、ドサッという鈍い音だった。グルムが怯えたように振り返ると、そこには、巨大なスライムが、床に溶け込むようにして眠りこけていた。その体は半透明で、中にはキラキラと光る硬貨のようなものが透けて見える。
「スライム……?」
ハジメウスが呟くと、グルムは慌てて説明した。
「あ、あれは、経理係のスライム、プルルでございます!いつも、あのようにして、どこかでサボってばかりで……」
「経理係のスライムか。なるほど」
ハジメウスはプルルに近づいた。プルルは、ハジメウスの足音が近づいても、微動だにしない。完全に熟睡しているようだ。
「おい、プルル。起きろ」
ハジメウスが声をかけると、プルルの体がピクッと震え、ゆっくりと目を開けた。その目は、まるで眠気と混乱に満ちた、ぼんやりとしたものだった。
「んん……?だ、誰でありますか……?わたくしは、今、夢の中で、美味しそうな金貨を数えていたであります……」
プルルは、まるで子供のように目をこすりながら、のろのろと体を起こした。その動きは、まるでゼリーが揺れるようだ。
「私は魔王ハジメウス・ザ・リフォームだ。そして、お前は今日から、この魔王城の『経理部長』に任命する」
「け、経理部長でありますか!?」
プルルは驚きで体を大きく揺らした。その衝撃で、体内の金貨がカチャカチャと音を立てる。
「そうだ。お前は経理係だと言ったな?ならば、この魔界の経済を立て直すのがお前の仕事だ。ただし、定時内だ。残業は許さない」
プルルは目を丸くしてハジメウスを見つめた。その表情は、驚きと、戸惑いと、そして微かな期待が入り混じっていた。
「残業なしで、金貨を数え放題でありますか!?」
「いや、数え放題ではない。きちんと帳簿をつけ、予算を管理するのだ。そして、無駄をなくし、効率的に働く。それが経理部長の仕事だ」
ハジメウスは、プルルに基本的な経理の概念を説明し始めた。プルルは、最初はぼんやりと聞いていたが、次第にその半透明な体が微かに輝き始めた。彼の体内の金貨も、以前よりも明るく輝いているように見えた。
「なるほどであります!わたくし、頑張るであります!」
プルルは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、目を輝かせた。その純粋な反応に、ハジメウスは少しだけ安堵した。少なくとも、彼らは「やる気」がないわけではない。ただ、その「やる気」の出し方を知らないだけなのかもしれない。
「よし、グルム、プルル。お前たち二人が、この魔王城のホワイト化計画の最初のメンバーだ。まずは、この廊下を綺麗にすることから始めよう。プルルは、この城の財政状況を把握しろ。そして、今日の定時までに、それぞれの報告書を提出すること。いいな?」
「はい!」 「であります!」
二匹のモンスターは、それぞれの返事をした。グルムは早速箒を手に取り、床の瓦礫を掃き始めた。プルルは、その場に座り込み、体内の金貨を数え始めた。その指先(のようなもの)は、驚くほど器用だった。
ハジメウスは、二匹のモンスターの様子を満足げに眺めた。彼らはまだ、かつてのブラック企業で飼いならされた無気力な社員のようには見えない。しかし、彼の言葉に、彼らの心に、微かな変化の兆しが見えた。
「さて、まずは『朝礼』から始めるか。モチベーションの向上には、まずそこからだ」
ハジメウスは、かつての会社で培ったマネジメントの知識をフル活用するつもりだった。この異世界で、彼は「残業ゼロ」の理想郷を築き上げる。その道のりは長く、困難なものになるだろう。しかし、彼の心には、かつてないほどの情熱が燃え盛っていた。
その日の午後、魔王城の玉座の間では、奇妙な朝礼が行われていた。魔王ハジメウスと、清掃係ゴブリンのグルム、そして経理係スライムのプルル。三者三様の「従業員」が、それぞれの目標を語り、そして魔王の言葉に耳を傾けていた。魔王城の新たな歴史が、今、静かに、しかし確実に動き始めていた。
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