金曜日のおじさん
@nekonotamaki
第1話 はじまりの金曜日
少子高齢化が進む時代、人々は都市部に集まり、地方は時代に置き去りにされていく。土地はあるのに人がいない。逆に都市部には路上でも肩が触れ合うくらいに人が溢れていて、そして土地がない。子供達は狭いマンションの一室にある狭い託児所で1日のほとんどを過ごし、空もなく、暗くなってからまた狭い自宅へと帰っていく。
「それをなんとかしよう!ってんで15年前に白野部長と居酒屋で話したのがこのプロジェクトの発端でさぁ…」
「はい」
「そりゃ便利さはここら辺に比べりゃ劣るけど、住みやすくて、穏やかな街を作りたいんだよぉ…」
「はい」
「都会は息苦しいよぉ…おじさんは広い草原と空が恋しい。なんかさぁ…牧場とかでジェラート食べてさぁ…動物愛でたいよ…」
塚原 誠(42)は居酒屋でべろんべろんに酔っ払っていた。15年目になるプロジェクトには構想の段階から関わっている。10年前にチームに正式に編成されてからは、まるで子供のように大切に育ててきたプロジェクトで、これまで紆余曲折ありつつも順調に進んでいた。が、何年間も好感触で、絶対に出店しますよ!応援します!という態度だった商業施設が急に難色を示してきて、営業担当は2週間毎日通って手を変え品を変え説得に当たっていた。その甲斐もあって、ついに今日改めて合意を得られたのだ。
「俺はこんなこ汚いおっさんだしさぁ、営業とかも慣れてないし、なんもできないんだけど…毎日毎日心配で不安でさぁ……」
「はいはい、わかりますよ」
「ありがとなぁ、和倉ぁ………あれ、いま何時?」
塚原はめそめそと泣きながら酒を飲み続けていたが、ふと周囲の客が減ってきていることに気がついた。
「そろそろ0時ですね」
「…………え、嘘ぉ、0時?」
「はい」
「………え、これすごいパワハラじゃない?アルハラ?ごめんな、タクシー代出すし今度なんか奢るし……あれ、これもパワハラ…」
揺れる手で鞄を探るが、財布がなかなか出てこない。頭はグラグラするし、視界も回る。焦る気持ちも相まってもうわけがわからなくなっていたら、目の前の部下がすっと立ち上がった。
「歩ける距離なのでいりませんよ。俺、塚原さんが酔っ払ってるの見るの楽しかったです」
「………え、」
「お会計してきます」
「ちょ、ちょっと待って、それはダメ…。…え、なにこれ立てないんだけど!?」
「飲み過ぎです」
ふ、と笑って会計しに行ってしまう長身の部下を背を見送ることしかできない42歳。塚原が5時間弱も付き合わせてしまった相手は、同じプロジェクトチームの営業担当の和倉宗介(32)。今回の商業施設の説得に毎日行ってくれた張本人であり、今日は労いと感謝を伝えるために飲みに誘った。はずだった。
「わ、和倉ぁ…、あ、財布、財布…」
なんとか財布を探し当てたところで、和倉はさっさと会計を済ませて席に戻ってきていた。
「ほんとごめん……これ、補填しといて…」
「ありがとうございます、って多すぎです」
「いや、あの、パワハラのお詫びも兼ねて……少ないくらいだから……」
和倉の手に、財布に入っていたありったけの5万円を握らせようとするが、拒まれる。当然のことではあるのだが、酔っ払いには判断がつかなかった。
「労いって言って誘っといてさぁ…俺の愚痴聞かせるなんてほんとさぁ…ごめんなぁ…」
もはやどう取り返したらいいか分からなくて、泣きながら和倉の手を掴む。なんとかその指をこじ開けて5万を握らせようとするが、開くことはなかった。
「…じゃあ、これ要らないんで、代わりにまだ付き合ってくれませんか?次は塚原さんのおごりで」
「え、まだ飲むの…?俺もう立てないよ…」
「ふふ、あ、ほら、タクシー来ましたよ」
「…いつ呼んだの…」
「肩、持ってください」
「あ、うん、ありがと…」
塚原が歩けないとわかって、会計に立った時に呼んでくれていたらしい。普段会社であまり関わらない部下は、2人で飲むとやけに優しいということを初めて知った。横にしゃがむ和倉の肩に腕をかけると、担ぎ上げられるように立たされる。そのまま引き摺られながら歩いて、店の前のタクシーにやや雑に押し込まれた。
「住所言えますか?」
「…えーーーーっと……◯◯区…◯◯…15-2…?あれ?えっと、部屋は105………」
20年以上住んでいない実家の住所が咄嗟に脳裏に浮かんで消えていった。もっと新しいやつ、と回らない頭と舌でなんとか答えて、シートの柔らかさに体と意識が沈み込む。
「そこまでお願いします。塚原さん、寝ててもいいですよ」
「…ん」
「…塚原さんって、酔ったら記憶無くなるタイプですか?」
「俺は……無くなるタイプかも………………」
しょぼしょぼする目を閉じた瞬間に意識は飛び、ゴツンと後部座席の窓に頭を預けた。
「塚原さん、着きましたよ」
「…ぅん…」
窓にぶつけたような気がする頭は、いつの間にか和倉の方にもたれかかっていた。ヨダレが垂れているが、今の塚原にはそんなことを気にかける余裕もない。和倉は、ぐいっと自分の袖でヨダレを拭いてやって、塚原の腕を引く。
「とりあえず、タクシー出ましょ。立って」
「むり…」
「すみません、お釣りいらないので」
だらんと力の抜けた塚原をタクシーから引っ張り出して、腕を肩にかけて、さっき塚原が運転手に告げた105号室まで引きずる。
「塚原さん」
「…んん…」
「鍵、出せますか?」
塚原は完全に脱力して赤い顔をして、和倉の肩にまた涎を垂らしてスピスピと寝こけている。鍵の在処を聞いても返事はない。ごめんなさい、と呟きながら勝手に鞄のポケットの中を漁って鍵を見つけた。
中に入って電気をつけて、廊下に転がす。それなりに身長もある中肉中背の脱力している男は、1人で担ぐにはかなり重い。最後はやや雑に転がしてしまったが、筋肉が悲鳴をあげていて限界だった。ふぅと息をついて肩を回しながら、辺りを見回してみる。
おじさんが1人で暮らしている部屋がどんなものか気になっていたが、意外にも廊下は綺麗に片付いていた。リビングへ続くドアが開けっぱなしになっているあたりが、少し塚原らしさを感じさせる。暗くてよくは見えないが、リビングも特に散らかってはいなさそうだ。
「靴脱いで」
「…あれ、ここ…俺の家?ここで飲むの…?」
「入ってもいいですか?」
「…ん、いいよいいよ。連れて帰ってくれてありがとなぁ」
玄関に足を投げ出して床に寝転んだまま、ヘラリ、と笑って目を閉じる塚原に、和倉は少し眉を顰める。
「…塚原さん、まだ寝ないで。寝るならベッドまで行きましょ」
「…え、いいよぉ。俺汚いし、立てないし…眠いよ。風呂なら明日入るから…」
「じゃあお風呂入れてあげます。そこで寝たら背中痛くなりますよ」
「え、えぇ…」
和倉の事は、和倉が新卒の頃、つまり約10年前から知っている。部署は違ったが、全体の新卒紹介の時から目立っていたからよく覚えている。頭ひとつ背が高くて、学歴も申し分なく、挨拶でも新卒らしさを感じないくらい堂々としていた。そして、女性社員たちの話題に上る頻度も圧倒的に多い。どうやらかなりモテているようだし、塚原と同じ部署の女性と付き合っているらしいというような噂も聞いたことがある。
それだけ10年間色々と話には聞いていたが、今回同じプロジェクトに関わるようになるまでは絡みもなく、共に仕事をするようになってからも恐ろしい忙しさで5年が過ぎていったため、2人で飲みに行くなんて初めてのことだ。それなのに風呂に入れてもらうなんて、酔った塚原にも流石に受け入れることはできなかった。
「ま、待って和倉、風呂はいいよ…汚いから廊下にでも転がしといてくれたらいいし」
「居酒屋の分、まだ俺に付き合ってくれるんじゃないんですか」
「えぇ…」
ネクタイを解かれ、雑にジャケットを剥ぎ取られ、シャツのボタンが外されていく、慌てて止めようと手を重ねるけど、力は入らない。
「わ、和倉」
「サッと洗って着替えさせるだけですから」
「いやいやいや…」
知り合いだからこそ裸の付き合いには抵抗がある。いやここにいるのが知らない若者でもそれはそれで抵抗があるが。
和倉はまだ若いし全体的にシュッとしているし引き締まっているが、塚原はもう腹が弛みつつある立派なおじさんだ。おじさんのくせに恥じらうのもどうかとは思うが、若くないからこそ見せたくないものもあるお年頃だ。
そうこうしているうちに、洗面所まで引き摺り込まれる。抵抗しようとはするものの、視界はぐるぐるするし、力は入らないし、なんならもうなんで抵抗してるかすらよくわからなくなってくる。次第に力が弱まっている塚原から、和倉は容赦なく肌着も剥ぎ取った。
そしてついに、カチャカチャとベルトが外され、スラックスのファスナーがジーーーッと下りる音がする。
「なぁこれ、なんかまずくない…?本気なの…? 」
「本気ですよ。俺潔癖なんで、居酒屋帰りの臭いおじさんはちょっと…」
「…く、臭いおじさん…」
地味にショックを受けている間に、ついにパンツも降ろされ、やわやわのそれがぷるんと飛び出た。
「ふ。ふにゃふにゃ」
「部下にちんこ見られて笑われてる俺…」
「かわいいですよ」
「え」
どういう意味?小さいってこと?と一瞬思うが、酒に融けている脳みそではすぐに何かを考えていたという事実すら消滅していった。
「はは、全裸に靴下」
「あれ、俺もしかして…おまえに嫌われてた…?アルハラしたことで怒ってる?」
「怒ってないし、好きですよ」
「…え、好き…なんだ…」
後輩に好かれる事は素直に嬉しい。そもそもよく考えたら、何時間も愚痴に付き合わせた上に酔っ払って立てなくなって金すら払っていないおじさんなんか、タクシーに押し込んで放っておけばいい。それを家まで担いで着替えまで。善意と好意以外なんだと言うんだろう。
というかもはや全裸だし立てないし、服は着たいし、洗ってもらうより他の選択肢はその場に存在しなかった。
「はい、靴下も。洗濯機使ってもいいですか?」
「え…洗ってくれんの…?」
「ついでに俺にも部屋着貸してください」
「うん、どうぞどうぞ」
ポイポイッと洗濯機にシャツやらパンツやらをら投げ込んで、和倉もテキパキと脱いでいく。長身でスラッとして見える和倉だが、シャツを脱ぐと意外にもしっかりと筋肉がついている。そしてなんの恥ずかしげもなく全裸になるので、逆に清々しい。若いってうらやましい。
「なんかちゃんとしてんなぁ~」
「汚いの嫌なんです」
「俺の部屋綺麗じゃないよ、リビングの洗濯物とか見たら卒倒しちゃうかなぁ…おまえ」
「塚原さんち来てみたかったから、楽しみですよ」
「ふ、な~んも面白いもんないよ」
タオルも借りますよ、と全裸で腰にタオルを巻いた和倉が、床に寝転ぶ塚原を抱きかかえる。
「あれ、俺の腰のタオルは…?」
「もう見たんで」
「そういう問題…?」
ツッコミどころはさっきからちょこちょこあるような気がするが、足腰が立たず全裸で部下に洗ってもらおうとしている42歳のおっさんに強くツッコミを入れる権利はないなと思い、口をつぐんだ。
風呂場まで運ばれてどしんと床に降ろされ、シャワーをかけられる。雑ではあるが、熱い体にぬるめのシャワーは気持ちよかった。1人じゃ家までなんとか辿り着いたところで、風呂にも入らず服も着替えずあのまま床で寝ていただろう。そして翌日の身体と頭の痛みに悶えるのだ。
「頭、こっちに持ってこれます?」
「ん…」
和倉が椅子に座って呼ぶので、頭をなんとか和倉の方に差し出すと、その太ももに塚原の頭を置いてわしゃわしゃとシャンプーをしてくれる。自分でやる100倍気持ちいい。大人になってから、美容院以外で他人にシャンプーをして貰ったことなんかない。
「……なぁもう5万受け取れよぉ」
「要らないです」
「俺もう酒もそんな付き合えないよ…」
「流すので目瞑っててくださいね」
言われて目を瞑ってはいるが、目にかからないように手でカバーしながら流してくれているのがわかる。手つきが優しいし、目を瞑ったことでまた睡魔が迫り来る。
「…はーー気持ちぃーー」
「寝てていいですよ。どうせ動けないんですし」
「んーーー…」
棘があるような、優しいような。けど間違いなく手つきは優しくて、ぐ、と後ろに倒すように力を入れられたら、大人しく和倉の足に全体重を乗せてしまう。
そして、また意識が飛ぶ。
そこからはもう断片的に。時々目は覚めるけど、ぼんやりと状況を把握してはまた寝落ちてしまうということを繰り返す。
「……くすぐったい…」
「はいはい」
「和倉ぁ…気持ちいー…」
「………」
和倉は、幸せそうにうとうとしている塚原をささっと洗ってしまった後、仕方なくバスタオルをかけてそのまま浴室の床に転がす。そして自分は浴槽の中でシャワーを浴びた。自分の体を拭いた後、全裸で床に倒れている塚原を拭いていると、ふにゃふにゃのそれが目に入る。持ち主と同じように真っ赤になってぐったりとしている。
「…ふ、」
なんとなく、ペちん、とそいつをはたいてから、勝手に棚から出したパンツを履かせてやった。
筋肉なんかさほどついてないくせにずっしりと重いその身体を引きずって、ちょっとワクワクしながら、見たら卒倒すると塚原が言っていたリビングへと向かう。
そこは広めのLDKで、想像していたよりも綺麗に片付いていた。キッチンの作業台に所狭しとビールの缶が並べられていたり、洗濯物の山がソファにあるくらいで、床には意外と物がない。見回すと、引き戸でつながる洋室にベッドが置いてあるのが見えた。もう寝息まで立てていてどんどん重くなるおじさんを、ベッドまで連れて行く。
「よいしょ」
最後はもう投げるようにしてベッドに下ろす。
「塚原さん、服着ましょ。すっぽんぽんじゃ風邪ひきますよー」
そう言いつつ、和倉も全裸である。外で着ていたスーツを着るのも嫌だし、パンツは洗濯中だし、脱衣所にあった塚原の着替え置き場らしき棚には1枚しかなかった。
「あそこの洗濯物の山を漁ってもいいですか?俺にも貸してください」
「んー…いいよ…」
ペチペチと頬を叩いて聞くと、寝ながら返事が来る。絶対寝てるけどまぁいいか、と山を勝手に崩して、パンツと部屋着らしきものを着る。パンツは勝手に履いたら苦情が出るかもしれないけど、最悪お金を積んで買い取ろう。塚原の服も出そうともう少し漁ったところで、服ではない固いものが手に触れた。
「…?」
なんだろうと手に取って山から引き摺り出しそれを見た瞬間、頭の中が弾け飛ぶくらいの衝撃を受けた。酔いが一瞬で覚めたような、逆に酒が全身に駆け巡ったような感覚に立っていられなくなって、その場に座り込んだ。心臓が倍の大きさになったんじゃないかというくらいにバクバクと鳴る。
「………」
これは夢なのか?現実なのか?急に分からなくなる。もしかしたら酔っ払って見た夢なのかもしれない。思わず塚原を見ると、本人はパンツだけの姿でガーガーと口を開けて涎を垂らして眠っている。頭の中ではまだ爆発が起きているが、とりあえずあの寒そうなおじさんをなんとかしようという気になり、震える手でそれを元に戻し、塚原に着せる服を取り出した。
脱力している人間に服を着せるのはなかなか難儀で、コロコロ転がしながらなんとか着せた。その間も頭の中はずっと火花が散ったようにチカチカと考えが巡って、心臓はバクバクして身体は熱いし、塚原が重いのも相まって、汗が止まらなかった。塚原はそんな和倉の気も知らず、ぐーぴーと呑気な寝息を立てる。
「…………」
和倉は、汗だくで真っ赤になった顔で、塚原をじっと見下ろした。
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